12.悪だくみ
都はいつもの調子に落ち着いた。
しかし見える人には見えていた鬼の宴。
亡者の消滅とあの鬼の宴を結びつけるものは居ない。
むしろあの鬼の群れがいつ都を襲ってくるのか。戦々恐々の毎日である。
世に流行る噂と相まって、人喰い鬼、土蜘蛛討伐の声はいや増していた。
精鋭を集め、今や鬼の隠れ家を見つけるばかりである。
「返り討ちに する」
物騒な言葉が、月雲の長の口から飛び出した。
普段は物静かではあっても、内裏で人を焼いた御仁である。
「お役目ゆえ 今 都を離れるわけには いかぬ。
しかし このまま座して待てば 何かの弾みに 月雲の幼子が 襲われる」
冥府の使者の役目を持つ月雲の一族。
彼らの役目は、亡者に黄泉の飯を振る舞い、黄泉の入り口に案内することである。
あふれる都の死穢に対し、一族総出でかからなければ間に合わない。
間に合わなくなったがゆえに、目立つ手段で一掃したのが、先の鬼の宴であった。
しかし呪によって形を保っている月雲の一族の、特に幼い子供の姿は世間一般から見て歪である。
一度人に見つかれば、鬼と間違えて狩り殺される恐れがあった。
「大枝山の山中に それらしい棲家を呪で作り そこを本拠と思わせる。
いつ そこを襲うか 陰陽師が決めて 伝えてほしい」
「……人間が襲ってくる日時を、俺達を使って確定しようという事か。
陰陽師が吉日と言えば、ほぼ間違いなくその日になる」
「そうだ やはり否か?」
今日、月雲の長が清明の屋敷に来ているのは、人間を返り討ちにする算段の相談である。
「……それをすること自体は問題ない。
誰も見つけられなかった鬼の隠れ家を探し当てたのを手柄として、色々口出しできるだろう。
討伐が失敗したところで、誰かが禁を破っただの言い繕えばいくらでもごまかしはきく。
何ならお前らが人の奇襲で怪我でもする方が目覚めが悪い。
ただな……」
逡巡するような清明の様子を見て、長は目を伏せた。
「やはり 人死には 避けたいか。
手加減は するつもりだが」
「いや……お前らに、はっきり凶相が出ている。何かが起こる」
黙り込んでしまった二人を、左見右見する月雲だけが、部屋の中で動いていた。
「無理を言って すまなかった 我ら自身で 何とかする」
「いや、手伝わなくても、きっと後悔する」
立ち上がった長を清明が止めた。
「討伐隊が出る日付、必ずそちらに伝える」
「……清明は 良いやつだな」
周囲に例の気配があった。
しかし在る事は分かっても、けして掴めない。縛れない。
霧か霞の気配である。
長が言葉を続ける。
「討伐に来た人間にも できるだけの事はすると約束する。 我らに仇を成すなら その限りではないが」
しかし、この霧か霞がもし何かの悪意とするならば。
「違う。人間を信じるな、疑え、警戒しろ。
少しは邪知暴虐の氏神を見習え。
見ているこっちが不安になるぞ。このあほう」
清明の物言いに珍しくきょとんとした長は、いつになく子供のような笑顔を見せた。
「永らく こうして 一緒に 悪だくみしてくれる友が 居なかったからな 気を付ける」
月雲は兄を見送ると、屋敷の中に引き返した。
微動だにせず、物思いに沈む清明の顔を覗き込む。
清明の顔は晴れていなかった。




