第8話「御伽噺の中」
「これでよし」
盗賊たちの死体を茂みの中に隠す。
森の奥なら放置していても良かったが、ここは人通りのある街道だ。
見えないようにしておいて、町についたら兵士に連絡をしよう。
その間、リーフはずっと膝から崩れ落ちた体制で泣き続けていた。
「いい加減泣き止めって」
「だって……だって……」
最強の魔女は、俺が描いた絵にやけにご執心だ。
作者としては嬉しい限りだが、ここまで泣かれるとさすがに心が痛む。
俺はリーフに視線を合わせ、肩に手を置いた。
「町についたらまた描くから。今はそれで納得してくれないか?」
「…………はい」
ひとしきり涙を流し切り、落ち着いたのか。
それとも俺の慰めに納得してくれたのか。
リーフは袖で涙を拭いながら頷いた。
「さて。ここでは寝れなくなったな。場所を変えよう」
「どうしてですか?」
「どうして、って……」
泣いた烏が何とやら。
すぐに元の調子に戻ったリーフの天然な返しに、俺は茂みの中へ視線をやった。
さすがに死体の傍では眠りたくない。
「荒事が起きた直後のせいで気持ちが高ぶってしまってな。散歩して気分を鎮めたいんだ」
「散歩すると気分が落ち着くんですか?」
「ああ」
いくら向こうから襲ってきたとはいえ、相手は同じヒトだ。
殺人ダメ絶対、なんて言うつもりはない。
そんな綺麗ごとを抜かしていては一人旅なんてできやしない。
殺伐としたこの世界を生きるためには、ある程度の冷酷さが必要だ。
しかし、やはり魔物を討伐することとは訳が違う。
俺はいま、気分がささくれ立っている。
通常の精神状態にはない。
俺よりも多く人を殺めたリーフも、そういう状態かと思ったが……。
「リーフ。君は何ともないのか?」
「? はい」
俺の問いかけに、リーフは首を傾げていた。
殺人に対して何の感慨も持っていないらしい。
魔女は、精神の構造からして人間とは違うのかもしれない。
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「そうそう。今回は仕方なかったが、できるだけ殺人は控えてくれ」
月夜を歩きながら、俺はリーフにそう諭す。
「どうしてですか?」
「面倒くさいからだよ」
諸々の手続きなども含めて、数日間は拘束される。
それしか術がないなら仕方ないが、リーフは魔女だ。
殺さずに相手を無力化するだけなんて訳はないはず。
「もしかして、さっきのヒトたちも殺したらまずかったですか?」
「今回は仕方ないって言っただろ」
頭に手を置こうとして、すぐにそれを引っ込める。
さっきから事あるごとに理由をつけ、リーフに触れようとしている。
頭を撫でようとしたり、肩を抱き寄せようとしたり、髪に触れようとしたり。
魔女――もとより、出会って間もない女性に対してすることではない。
まだ気分が落ち着いていないせいか、人肌のぬくもりが欲しくてたまらない。
こういう気分に陥ってしまうのも、殺人の良くないところだ。
「基本的にやむを得ない場合以外の殺人は控えてくれ」
「わかりました」
「素直でよろしい」
と言いつつ、また頭を撫でようとする右手を左手で叩く。
無意識と理性。
今のところは理性が勝っているが、やはり俺の自制心は当てにならない。
「模倣術の奴は惜しがられるかもな」
この国は罪人に対して容赦がない。
牢に入れ、刑に服させるほどの余裕がないからだ。
ほとんどの罪人は捕まった瞬間、即座に死刑が当たり前となっている。
しかし、一部使える能力を持っている奴は強制労働という形で罪を償わせる方法を取っている。
模倣術の使い手は貴重だから、使いたい場所はいくらでもあるだろう。
まあ、こっちは命を脅かされたんだ。
「そっか。それなら仕方ないね」で済む話だ。
町についたとき兵士に報告する用の言い分を考えていると、リーフが何の気なしに提案してきた。
「でしたら、生き返らせますか?」
「なに?」
「さっきのヒト、生き返らせますか?」
「いや……え? そんなことができるのか?」
「まだ死んでから間もないですし、大丈夫ですよ」
まるで簡単な仕事であるかのように、彼女はとんでもないことを言った。
死者を蘇らせる?
そんなものは御伽噺の中でしか存在しないもののはずだ。
「生き返らせるって……誰でもいけるのか?」
「いえ、魂と体が残っている場合だけです」
リーフ曰く、身体は一部でも残っていれば治癒で元に戻せるが、魂だけは彼女の力を以てしてもどうにもならないらしい。
魂は肉体の傍を一定期間――個人差があり、半日で消える者もいれば半年経っても残る者もいる――さ迷ったあと、消えてしまう、とのこと。
「……」
「あれ、どうしました?」
「いや、何でもない」
今更ながらに思う。
もしかして俺は、とんでもない魔女を世に解き放ってしまったんじゃないだろうか、と。




