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第7話「大切なモノ」

「へへ。抵抗しようとしたって無駄……っておいおい!?」


 リーフが無言で前に進む。

 彼女を羽交い絞めにしていた盗賊が歩みを止めようとするが、まるで意に介さず彼を引きずっている。


「おい、女相手に何やってんだ!」

「違うんだ、この女……とんでもねえ馬鹿力だぞ!?」


 盗賊が慌ててナイフを目の前にちらつかせ、歩みを止めようとする。


「止まりやがれ! このナイフが見えてねえのか!?」


 リーフには無意味な脅しだ。

 首を切断しても死なないんだから、ナイフが危険物であるという認識すらないだろう。


「うるさいです。邪魔しないでください」


 視界を遮られたことを不愉快に感じたのか、リーフは手を背中に回し、盗賊の胸倉を掴んだ。

 演劇のヒーローがマントを脱ぐような動きで、盗賊を放り投げる。


「ぶげ!?」

「へぶ!?」

「あぎ!?」


 大の男を投げたとは思えないほどの速度。

 投げられた盗賊が他の盗賊とぶつかり、三人はそのまま折り重なって動かなくなった。


「な、な、なん、なんだあの女――」

「手元が留守になっているぞ」

「ぎゃああ!?」


 俺にナイフを突きつけていた盗賊の隙をつき、腕を取って関節を逆に極める。

 戦闘は本職ではないが、間抜け顔を晒している奴に反撃することくらいはできる。

 そして、弱いが故に手加減はできない。

 すぐさま盗賊の喉を斬り裂き、絶命させる。


 悪いとは思わない。

 先に命を狙ってきたのはこいつらだ。


 ……ただ、気分のいいものではない。


「――ふぅ」


 リーフは急いで焚火からノートを救出していた。

 火の勢いが弱かったおかげか、幸いにも端が焦げている程度で済んでいる。


「エルバさん、絵は無事です!」

「そいつは良かっ――」


 安堵した次の瞬間。

 リーフの身体が、火柱を上げて燃えた。



 ▼


「リーフ!」


 突然の熱波に顔を背け、片目を閉じる。

 火柱側を向いている方の肌がじりじりと焼ける感覚が痛覚を容赦なく刺激した。


(魔獣か!?)


 人間種族が使う魔法では自然現象の再現はできない。

 できるのは魔物か――あるいは、エルフ種族が使っていた精霊術のみだ。


 しかし俺の予想を裏切り、出てきたのは人間だった。


「揃いも揃って愚図が」

「か、(かしら)


 他の盗賊よりもやや年嵩(としかさ)のある男は、手のひらで炎を弄びながら部下たちを睥睨(へいげい)する。

 盗賊は四人組ではなく、五人組だった。

 四人組と思わせ油断を誘い、奴らがやられれば油断した隙をついて魔法を放つ。


 実に嫌なやり方だ。

 しかも使っているのは属性魔法であって、属性魔法ではない。


「その技、模倣術か?」


 俺がそう口にすると、盗賊の頭は口笛を吹いた。


「こりゃあ驚いた。まさか俺の術を知っているとはな」


 魔法には、二つの種類がある。

 誰でも使える一般的なものと、それを独自の技術で昇華させたもの。

 後者のことを、俺たちは〝術〟と呼んでいた。


 術は種族や部族の秘儀とされ、他の者は使うことができない。

 それを可能にするには三つ、方法がある。

 その種族に取り入り、技術を聞き出す。

 魔法の構成を見ることができる目で見て盗む。

 そして最後の一つが、模倣術を使う。


 模倣術は他種族の術を真似ることに特化したものだ。

 威力は本家よりも数段落ちるが、幅広い分野で応用が利く。


 この盗賊は模倣術を使い、エルフの精霊術を模倣し、操っている。

 それがリーフを燃やした炎の正体だ。


「魔法に詳しいな。さては旧ヴァンパイア地方の出身だな?」

「さあな。昔のことは忘れちまったよ」


 俺がとぼけると、盗賊の頭は唇の端を歪めた。


「まあいい。俺の術を見られたからには、ここで燃えカスになってもらうぜ。さっきの女のように――な……」


 未だにごうごうと燃える火柱の中に、影が見えた。

 既に焼け落ちているはずの人影は一向に倒れる気配がない。

 影が、こちらに向かって一歩、動いた。


「え?」


 盗賊の頭が、素っ頓狂な声を上げる。


「……エルバさん」


 炎の中から、リーフの声がした。

 聞いただけで胸が締め付けられそうになるほどの、悲痛な声だ。


 炎から、影が姿を現す。

 その変化は劇的だった。

 炭のように黒くなっていた肌が、炎の領域から出た端から元通りに再生していく。

 どういう原理なのか、カチューシャや服といった装飾品までもがそのまま戻っている。

 身に着けているものも、彼女の能力の範囲内にあるのだろうか。


 しかし、持っている物までは直らなかったらしい。

 リーフは、朝のあの時のように――いや、それ以上に、ぽろぽろと涙を零していた。


「絵、燃えちゃいました……」


 空になった両手を胸の前で握り締め、喪失を嘆いていた。


「て――てめぇぇ! 俺の炎を喰らって、なんで生きていやがる!?」


 盗賊の頭が大きな声を出すと、リーフは溢れる涙そのままに彼を睨んだ。


「あなたたちのせいで」

「く、来るなぁ!」


 盗賊の頭はリーフに向かって、何度も炎を投げた。

 彼女はそれを避けもしない。

 すべて直撃した。

 しかし肌も髪も服も、瞬きの間に再生していく。


「ば――化け物ぉ!」


 盗賊の頭は模倣術を風に切り替えた。

 剣よりも鋭い風の刃がリーフを切り裂く。

 しかし、結果は同じ。

 首を落としても、胴を分断しても――それらが落ちる前に再生する。

 端から見ると、リーフが手品を使って風の刃を通り抜けているようだ。


「なんで……なんで効かねえんだよおおぉぉ!?」


 まごついているうちに、リーフは盗賊の頭の元まで到達した。

 彼の腕を掴み、ひねり上げる。


「離せ、離――ぎゃあああ!?」


 リーフが力を込めると、男の腕が枯れ木のようにへし折れた。


「おい、お前っ、こいつを止めてくれぇ!」


 まさか襲ってきた相手の命乞いを聞く日が来るとは。

 助けを求めてくる盗賊の頭に、俺は首を横に振った。


「その子の大切な(モノ)を奪ったんだ。お前の大切な(モノ)を奪われても文句はないだろ?」

「そんな……そんなバッ」


 リーフの振り上げた拳が降ろされる。

 盗賊の頭はそれきり動かなくなった。

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