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第19話「つまらない」

 ブラックドラゴンが火山地帯を根城にしていた頃、付近には小さな人間の集落があった。

 巣の中心に妙な石を置き、それを日がな崇める奇妙な集まりだ。


 ブラックドラゴンにとって人間は取るに足らない生き物。

 向こうから干渉してくることもないので、長らく両者は近くにいながら関わりのない生活をそれぞれ送っていた。



 変化があったのは、十年前の餌不足だ。

 空腹に耐えかねたブラックドラゴンは、村の外れにいた人間の子供を喰った。


 ――おいしい。


 取るに足らない存在だと思っていた人間が、その日を境に極上の餌に化けた。

 それからブラックドラゴンは、腹が減る度に人間を襲った。

 村の人間が一人、また一人と減っていく。


 そして気付けば、人間は一人もいなくなっていた。


 その頃には普段の餌不足は解消されていたが、ブラックドラゴンは満足しなかった。

 舌が、完全に人間の味を覚えていた。

 弾力のある肉。

 ほどよい噛み応えのある骨。

 身に纏った布切れは邪魔だったが、血に浸して啜るという使い方を知ってからは必需品になった。


 人間を喰いたい。


 その一心で、ブラックドラゴンは新天地を求めて空へ羽ばたいた。



 ▼


 ブラックドラゴンは旅の中で、人間に関してある程度の学びを得ていた。

 一対一なら負ける道理はない。

 しかし、群れで来られると途端に分が悪くなる。

 奴らは知能が高く、罠を張り巡らせ、的確にこちらを追いつめてくる(さか)しい生き物だ。


 さらに、人間の中には稀に強力な個体がいることも学んだ。

 そういった個体は大きな人間の巣にいることが多い。


 ブラックドラゴンはさらなる安住の地を求め、大陸を南下する。

 そして目についたのが、雲を突き抜けるほど巨大な山だ。

 住みやすそうで、寝床としても申し分ない。

 何より、すぐ近くにほどよい大きさの人間の巣がある。


 ――あの場所を住処にしよう。


 しかし、一つ問題が発生した。

 山には、既に先客がいたのだ。

 青い鱗のドラゴン。

 群れを成さねば生きることもできない、脆弱な同族の集まりだ。


 ブラックドラゴンは気にせず、彼らの縄張りの中へ押し入った。

 当然、激しい抵抗に遭うが――ブラックドラゴンからすれば、彼らは非常に弱かった。

 炎も、風も、牙も、爪も。

 漆黒の鱗の表面に傷を付けることもできない。


 適当に彼らを弄びながら、ブラックドラゴンは人間の巣の様子を探った。

 前回は、規模が小さすぎた。


 これほど大きな巣なら、適度に数を調整しながら喰えば勝手に増えてくれる。

 餌を調達する手間はもうなくなる、という訳だ。


 ――そろそろ飽きてきたし、縄張り争いを()した遊びはもう終わらせよう。


 ――そして、人間を好きなだけ喰らうんだ。


 ブラックドラゴンは舌なめずりをしながら、満身創痍になったドラゴンたちを見据えた。


 ――?


 不意に、太陽が陰った。

 鳥が通り過ぎでもしたのかと、ブラックドラゴンは天を見上げた。


 しかし、見上げた先に居たのは鳥ではなかった。






 ――人間、だ。


 緑色の髪をした人間の雌が、何故か空にいた。

 そいつは一直線にブラックドラゴンの方に落ちてきながら、後ろ足を突き出す。


 ブラックドラゴンは、溜めた魔力を空に放った。

 特殊な器官から生成されたガスと魔力が結びつき、あらゆる生物を一瞬で葬り去る黒炎と化す。

 翼を持たない人間が空中で避けられる訳もなく、雌は成す術もなく燃え落ちた。


 ――何だったんだ、一体。


 視線を元に戻した瞬間。


「えーーーーーい!」


 ブラックドラゴンの脳天を、ありえないほどの衝撃が襲った。



 ▼


 ブラックドラゴンは生まれて初めて眩暈を覚えた。

 視界が揺れ、後ろ足で立っていられなくなり――ずん! と頭の位置を下げる。


「あれ?」


 鈴を転がしたような鳴き声がした。

 そちらに視線を向けると、先ほど炭にしたはずの人間の雌が、何故か無傷で首を傾げていた。


「今ので身体を貫けたはずなんですけど……思ってたより硬いですね」


 ――人間が、調子に乗るな!


 ブラックドラゴンは彼女が無傷で立っているという奇妙さを捨て置き、地面を舐めさせられた怒りの感情を優先した。

 炎を吐くと、人間の雌は慌てて横に逃げる。


「おっと。ちゃんと防御もしないとエルバさんに心配をかけちゃう」


 ブラックドラゴンに人間の言葉は分からない。

 しかし状況から察するに「あの炎を喰らうとマズい」とでも言っているに違いない。

 当然だ。

 この炎に耐えられる生物など、同族以外に存在するはずがないのだから。


「しっかりしないと。私はエルバさんの相棒なんだからっ」


 ……それにしては随分と能天気な顔を晒しているが、ブラックドラゴンは気にせず炎を吐いた。


「よ、ほ」


 人間の雌は小さく、なかなか当てることができない。


 ――これならどうだ!


 ブラックドラゴンは魔力を変化させ、広範囲に炎を吐いた。

 正面のほとんどを覆う炎の波に、人間が取れる選択肢はたった一つ。


「ほい――あっ」


 ブラックドラゴンは、ジャンプした彼女をすかさず前足で掴んだ。

 このまま身体をねじ切り、血を啜ってやろうと力を込める。


 ――……?


 しかしどうしたことだろう。

 人間の細い身体は、一向に潰れる気配を見せない。


 それどころか……押し潰す力と抵抗する力が、拮抗している。

 いや、拮抗どころか、押し返されて……。


「あなた、なかなか力が強いですね」


 にま、と、彼女は笑った。


 ――!


 彼女が何を言っているのかは相変わらず理解できない。

 できないが――ブラックドラゴンは、ありえない感情を生まれて初めて抱いた。


 背筋が凍るような、命を握られる感覚。





















 その感情の名は『恐怖』だ。



「これは久しぶりに……ちょっとだけ本気でやれそうです」


 ――!


 ブラックドラゴンは反射的に炎を吐いた。

 人間の首から上が炭化し、焼失する。


 ――!?!?


 しかし瞬きするよりも早く、元通りに再生した。


 ――なんなんだこいつは!?


 ブラックドラゴンは力任せに彼女を地面に叩きつけた。

 人間の細い身体なら、その衝撃だけであらゆる箇所の骨が砕けるはずが―― 一度地面を跳ねた彼女は、何事もなかったかのように両足で着地する。


「もう、せっかく力比べしようとしたのに」


 彼女は止まらない。

 すぐさまブラックドラゴンとの距離を詰める。


 ドラゴンの中でも上位種に位置するブラックドラゴンを前に、怯える素振りもない。

 まるで面白い玩具を見つけたときの子供のように、笑っている。


 ――これなら、どうだ!


 ブラックドラゴンは翼を広げ、炎を吐いた。

 風魔法で道を狭めることで炎の勢いを最大化する、正真正銘の『必殺技』だ。


 どういう力で再生しているのかは不明だが、これなら――。


「ん。これじゃ前に進めません」


 炎の中で、彼女の声がした。


「そうだ。炎が身体を焦がすよりも早く再生すればいいんだ」


 何を言っているかは分からない。


「それなら何の問題もありません」


 ただ一つ、分かることは。

 『必殺技』が、まるで効いていない、ということだけ。

 炎を押し広げ、彼女が一直線に向かってくる。


 ――に、逃げ……。


 ここで初めて、ブラックドラゴンは『逃げる』という選択を取った。

 翼をはためかせ、身体を上昇させる。


「待ってください」


 しかし、すんでのところで彼女の両腕に尻尾の先を掴まれてしまう。


 ――離、せぇ!


 後ろ足で彼女を蹴る。

 ぐしゃり、と確かに骨が軋む感触があったのに、尻尾を掴む腕は些かも力は衰えない。

 むしろどんどん強くなり、どんな剣でも傷つけることの叶わないブラックドラゴンの鱗が、彼女の腕の形に変形していく。


「逃がしません……よ!」


 数トンを誇るブラックドラゴンの身体が、少女の細腕によって地面に叩きつけられる。

 自分自身の重さによって、ブラックドラゴンは硬い鱗と皮膚を貫通してダメージを受けた。


 叩きつけは一度で終わらない。

 彼女は尻尾を掴んだまま、背負い投げの要領で同じ工程を繰り返した。


「えい! えい! えい! えい! えい! えい! えい! えい! えい!」


 最後の一撃とばかりに、ブラックドラゴンの巨体がぐるぐると振り回され――そして、放たれる。

 遠心力によって破壊力を増した投げは、ブラックドラゴンの巨体を山の麓に直撃させ、身体の半分以上を岩肌の中へめり込ませた。


「あれ? もう終わりですか?」


 ――……。


「やっと調子が出て来たのに……」


 ブラックドラゴンが最後に聞いた言葉は、肩透かしを食らったような、とても不満げな声だった。


「つまんないです」

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