第12話「おしおき」
リーフは静かにフォークを皿の上に置き。
ゆらりと立ち上がり。
冒険者に掴まれていた手をひねり、逆に胸ぐらを掴み持ち上げた。
そして、ぽい、と、まるでゴミを投げ捨てるかのような仕草をした。
「ぶべぇぇぇぇぇぇ!?」
その小さな動作で、冒険者の一人が店の外まで吹き飛んでいく。
「え、え……?」
残された一人は、飛んで行った相棒とリーフを交互に見やりながら、困惑した声を上げる。
「ちょうどよかったです」
にこり、と、リーフは微笑む。
見る者の心に安らぎを与えるはずの笑顔なのに、何故か今は寒気を覚えた。
「私もあなたたちとお話したいと思ってたんですよ」
「え、あ……えぇ!?」
「あなたも外に出てください」
「ほげぇ!?」
残った冒険者の胸ぐらも掴み、放り投げるリーフ。
細腕の少女が大の男を投げるというありえない構図に、店員は夢でも見ているのかと何度も目を擦っていた。
「おいリーフ、いったい何を――」
「大丈夫です。ちょっとお話するだけです。殺しませんから」
「発言が物凄く不穏なんだが!?」
俺とあの冒険者の確執は既に話をしていた。
その時は「そうなんですねー」という程度の反応だった。
今回もさらりと流すのかと思っていたが、様子がおかしい。
「追加のパスタが来る頃には戻ります。エルバさんはここで待っていてください」
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――と言われたものの、黙って待っていることなんてできなかった。
人外の力を振るうリーフだが、それを除けば基本的には素直な少女だ。
俺の忠告を破ったりはしないだろうが、なにぶん常識というものを知らない。
忠告を曲解しているという可能性も十分にある。
例えば、誰も殺さなかったが建物はいくつか崩壊させてしまった、とか……。
冒険者に負けるとは露ほども思わないが、そういった面での心配は多分にあった。
建物の影に隠れ、こっそりと様子を伺う。
冒険者たちに気付かれるかと思ったが、幸いなことに彼らはリーフに血走った目を向けるだけで俺には気付いていない。
頭に血が登っているとはいえ、銀等級らしからぬ迂闊さだ。
「てめぇ、いきなり何すんだ!?」
「俺たちを誰だと思ってやがる! 『ドラゴン狩り』の異名を持つ銀等級パーティ『ダブルファング』だぞ!」
(ドラゴン狩りの異名を持っている奴らが、なんで魔獣相手に逃げたんだよ)
心の中で突っ込みつつ、リーフの反応を見やる。
「あなたたちが誰かなんて知りません。けど、言っておきたいことがあります」
「あぁ!?」
「エルバさんは弱いんです」
……。
……。
……。
(なんか俺、陰口言われてないか?)
俺と同様、虚を突かれ、ぽかん、とするなんとかファングの二人。
彼らを気にすることなく、リーフは続ける。
「お腹を刺されただけで死にそうになるくらい、脆い身体なんです」
(いやそれ俺だけじゃないぞ)
「魔獣も追い払えないくらい、戦う力を持っていないんです」
(ほとんどの人間がそうだと思うんだが)
「脆くて弱いですけど、すごく物知りで、私を外に連れ出してくれて……あと、すごくドキドキさせてくれます」
いろいろと誤解を招きそうな言い方だが、俺の描いた絵が彼女の琴線に触れている、ということだ。
嬉しい反面、なんだかむず痒い。
「これからもずっと、私をドキドキさせてもらいたいです。だから――」
何の気負いもなく、リーフは一歩、足を前に出した。
「あのヒトに酷いことをするヒトは、私がおしおきします」
(……リーフ)
俺を守ろうとすること。
その理由は「絵を描いてもらいたい」という利己的なものだ。
家の利権を拡大しようとしたかつての家族と同じ?
家と繋がりを持とうとしたかつての婚約者と同じ?
――いや、違う。
リーフの言葉を聞いた時、胸の中に温かい何かを確かに感じた。
彼女は利己的な理由だけで俺を守ってくれているんじゃない。
うまく言葉で表現できないが、そういう確信が心の中にあった。
「はん。何を言うかと思えば」
リーフの宣言を聞き、冒険者たちは吐き捨てた。
「要するにあのおっさんにべた惚れしてるってことだろ」
「趣味の悪ぃ女だ。眼鏡でもした方がいいんじゃねえか?」
やはりというか、冒険者たちは俺とリーフの仲を誤解していた。
まあ、あの言い方はそう思われても仕方がない。
「違います。ドキドキしてるんです」
「あっそ」
すれ違った話は訂正されることなく進んでいく。
何も構えを取ることなくずんずんと近付いてくるリーフに、冒険者たちは左右から手を伸ばした。
「いいこと思いついた。お前をとっ捕まえて、あのおっさんの前で無理やりひん剥――」
「てい」
彼らの元に到達したリーフが、ぺち、と彼らを叩いた。
たったそれだけで、二人は地面を盛大に滑りながら吹き飛んでいく。
「おごぁぁぁぁぁ!?」
「ぶべああ!?」
「あれ……これだけ手加減してるのに、そんなに吹き飛ぶんですか?」
形の良い眉をひそめながら、リーフは手を握ったり開いたりしている。
……あれで一応、手加減したつもりらしい。
「弱いヒトを殺さずにおしおきするって難しいです……」
「こんのクソアマああああ!」
冒険者が、とうとう得物を抜いた。
俺のいる位置からでも鳥肌が立つほどの殺気と怒気を振りまき、リーフに迫る。
「あ、いいこと思いついた」
そんな彼らの様子など毛ほども気にせず、リーフは、ぽん、と手を打った。
冒険者の剣を身体で受け止め――やはり防御するという意識はないらしい――、両手で二人の首を掴む。
そして。
ぽき。
「あ」
冒険者の首から、鳴ってはいけない類の音がした。
あり得ない角度まで折れた冒険者がぶくぶくと泡を吹き、白目を剥いて痙攣し――動かなくなる。
「生き返ってください」
「……は!?」
しかし、次の瞬間には首が元の位置に戻る。
リーフの蘇生術。
人々が追い求める究極の秘術は、とてつもなくあっさりと行われた。
「お、俺たちは……」
「いま、首が……」
「どうですか? 一度死んだ気分は」
ぽき。
またしても、冒険者の首が折れ曲がる。
口から泡を飛ばして苦しみ、そして四肢がだらんと下がる。
「生き返ってください」
「――は!?」
「こうやって、殺しても生き返らせればいいんです。これならエルバさんとの約束も守れます」
まるで名案を思い付いたかのように、リーフはにこりと微笑んだ。
「一体、何がどうなって」
「『エルバさんを傷つけてごめんなさい』と謝ってくれれば開放します」
困惑する冒険者に、リーフは反省を促す。
もちろん、それを簡単に了承するような奴らではなかった。
「はぁ!? 誰があんなおっさんを――」
ぽき。
「ごぼ……」
「あなたたちが反省するまで、何回でも死ぬ苦しみを味わってもらいますね」
▼
「あの御方を傷付けて申し訳ありませんでした……もうしばぜん……ゆ、許じて」
数えること六回。
ようやく、冒険者たちは反省の言葉を口にした。
項垂れる彼らを前に、リーフは満足そうに両手を合わせた。
「おしおき完了です」