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第1話「魔獣のエサ」

「リーフ。俺が言ったことを覚えているか?」

「はいっ」


 俺が呼びかけに反応し、すぐ後ろを歩いていた少女――リーフが元気よく頷いた。

 鮮やかな緑髪をなびかせ、同じく緑色をした瞳は好奇心に彩られ、周辺をもの珍しげに眺めている。

 すらりと長い背は下手な男より高い。

 不可抗力で何度か裸を見てしまったことがあるが、まあ、なんというか……身長に見合った立派なモノをお持ちだった。


 有り体に言えば、リーフは美が頭につく少女だ。

 しがないおっさんである俺が隣を歩くのが申し訳なくなるくらいの。


 しかし、その中身は見た目とは裏腹にとんでもない。


「トラブルに首を突っ込まない、何でも力尽くで解決しない、です!」

「よろしい。もうドラゴンを素手で討伐したり、猛毒の池を平然と泳いだり、伝説の剣豪の一太刀を喰らっても平気な顔をしないでくれよ?」


 ここパラスフル大陸では、歴史に名を残した女傑のことを特別な名前で呼ぶ。


 ――〝魔女〟と。


 彼女は――リーフは、そのうちの一人。

 不死の肉体を持つ、最古で、最強の魔女だ。


 ここまでに通った国は彼女がいろいろとやらかしたため国外追放されたり、妙な団体に追いかけ回されたり、新たな神として信仰されたりしてしまった。

 同じ轍を踏まないよう、繰り返し言い聞かせる。


「とにかく、大人しくしていてくれ」

「大丈夫です!」

「……心配だ」


 返事はとてもいい。

 しかし、彼女が忠告どおりに大人しくしてくれたことはまだ一度もない。


「さあ〝絶景〟を見に行きましょう!」


 無邪気に笑うリーフ。


 そもそも、俺のような男と伝説の魔女がどうして行動を共にしているのか。

 事の発端は三ヶ月前。

 俺が冒険者に魔獣を押し付けられ、死にかけた日まで遡る。



 ▼ ▼ ▼


「悪いなーおっさん!」

「未来ある若者のために死んでくれや!」

「ぐ……」


 こちらに背を向け、高らかに笑う二人組の若い冒険者たち。

 言いたいことは山ほどあった。


 しかし、脇腹の痛みのせいで声を出すことはできなかった。

 俺のすぐ傍で唸る魔獣にやられたんじゃない。


 あの冒険者たちにやられたんだ。

 あいつら、魔獣から逃げるために俺を囮にしやがった!

 動けないよう、ご丁寧にナイフまで刺して!


「ま……待て……!」


 痛みを堪え、うめくように手を伸ばす。


「へっ、誰が待つかよ! そのまま魔獣のエサになってろ!」

「じゃあな! 見知らぬおっさん!」


 冒険者は礼儀知らずが多い。

 専門的な知識も、仕事の伝手もない。

 そういった人間たちの受け皿として冒険者ギルドが存在しているので、あながち間違いではない。


 大半の奴らは確かに粗野だが、根は決して悪い奴らじゃない。

 多少いがみ合おうとも、少し話をすればすぐに分かり合える。

 だから驚いた。

 他人を犠牲にして、ヘラヘラと笑えるような冒険者が存在していることに。


 ここまでのクズは初めてだ。

 礼儀知らずを通り越えた、ただの犯罪者だ。


「く、そ、がぁ!」


 恨んでも、呪っても、この窮地から逃れられる訳も無い。

 俺は冒険者たちを諦め、目の前の現実を直視することにした。


 後方わずか数メートル先で飢えた魔獣が一匹、唸り声を上げていた。


 あの冒険者たちがどれほど強いかは知らない。

 ひとつ分かるのは、俺より弱いということはない、ということだけだ。

 俺は単なる画家で、戦闘は本職じゃない。


 あいつらが尻尾を巻いて逃げたということは、この魔獣は少なくとも俺の手に負える相手じゃない。

 となると、取れる方法は逃走一択。

 刺されたナイフを手で固定しながら、ゆっくりと立ち上がる。


 魔獣はまだ仕掛けてこない。

 奴からすれば俺は皿の上に乗ったごちそうみたいなモンだ。

 少しばかり暴れたところで「今日のエサは活きがいいな」程度にしか思わないだろう。


 くそ。

 こんなところで死んでたまるか!


「ふぅ――」


 一呼吸、息を吐いてから周辺を見渡す。

 鬱蒼と茂る旧エルフの森。

 かつては人間種族を寄せ付けない未開の地だったが、エルフ種族の絶滅により今では珍しい植物が採れる場所として重宝されている。

 近隣にはいくつか村があり、東に逃げればすぐ人里に辿り着けるが……そちらには行けない。


 村は小さく、魔獣を相手にできるような傭兵は常駐していない。

 こいつが村の存在に気付けば、もっと被害が拡大する。

 それだけは避けなければならない。

 魔獣が強靭な爪で大地を掴み、こちらに飛びかかってきた。


「これでも食らえ!」


 俺は懐から取り出した絵の具の原料を、大きく開いた魔獣の口に投げ込んだ。

 色の付いた鉱石を細かく砕いたものだ。

 絵の具の具材なので色は綺麗だが、もちろん食べれるようなものではない。


 魔獣は突然口に広がる味にのたうち回り、大きく嘔吐(えづ)いた。

 今のうちに逃げよう。


「俺のかわりに、それで我慢しといてくれ」


 傷口を抑えながら、北の崖を目指す。

 ロープを繋いで滑り降りれば、四足歩行の魔獣はもう追って来られないはずだ。


「ぐ……」


 動くたび、腹から激痛が走る。

 抜けば痛みはマシになるが、ナイフの代わりに止血するものがない。

 痛みを堪えるか、出血多量で動けなくなるか。


 俺はわずかでも動ける時間を伸ばすため、後者を選択した。


「……よし」


 よたよたと走りながら、なんとか崖にたどり着けた。

 普段ならしっかり木が体重を支えられる強度を持っているかなどを調べるが、そんな暇はなかった。

 一番崖に近い位置に生えているものを選び、ロープを取り出そうとした瞬間。


「ごっ!?」


 俺は、崖を飛んでいた。

 自分の意志で飛んだんじゃない。


 思っていた以上に早く復活した魔獣に跳ね飛ばされたんだ。


「あ――」


 走馬灯が頭の中を掛け巡り、俺は死を覚悟した。


「ぐあああ!?」


 衝撃が身体を駆け抜ける。


 痛い。

 痛い。

 痛い……が、それはまだ生きているという証拠でもあった。


 崖の中腹に出っ張りがあり、そこに偶然身体が引っかかってくれたおかげで転落死は免れられた。

 魔獣は崖下を除き、俺を探している。


「……運に助けられたな」


 作戦通り……とはいかなかったが、結果的に逃げることは成功できた。

 しかし、危機はまだ去っていない。


「畜生、血が止まらねえ……」


 落ちた弾みでナイフが抜け、腹から血が溢れてきていた。

 せっかく魔獣を撒けたのに、このままだと出血多量で死んでしまう。


「何か……何か止血するモノはないのか!?」


 助かりたい一心で周辺をまさぐると、山の壁を埋める蔦の隙間から風を感じた。

 このままここにいても野垂れ死ぬだけだと、俺は一心不乱にその蔦をむしり取った。


「洞窟……か?」


 蔦を払い除けると、山の斜面にぽっかりと穴が空いていた。

 先に何があるのかは分からないが、とにかく進もう。



 ▼


「なんだ、ここは……」


 ほどなくして、ありえない光景が目の前に広がる。

 緑豊かな円形の空間。

 位置的には山の中をくり抜いた場所のはずなのに、なぜか暖かい日差しが降り注いでいる。

 不思議な場所だった。


「……綺麗だ」


 俺は死にかけているという状況を忘れて、この美しい風景に魅入っていた。いや、呑まれていた。

 そしてその風景の中に、さらにありえないものを発見する。


 少女だった。

 緑色の髪を腰まで伸ばし、身に纏っているのは金の刺繍が入った荘厳なローブ。

 髪と同じ色合いをした緑の瞳は、俺の方を見てぱちくりとしていた。


「あれ? あなた、どこから入ってきたんですか?」

「あ……俺は」


 少女の疑問に口を開こうとした、そのときだった。

 魔獣の咆哮が、この美しい空間の中に広がった。

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