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架空取引

作者: ガンダム

①オミクロン株なるものが脅威を奮う2022年1月のとある日、私はというと通帳の引き落とし額に脅威を奮われる事態が起こった。数ヶ月通帳記入を怠っていた私は、思い立って銀行に記帳に行った。この時の私にはこれから警察沙汰になることなど、予想だにしなかった。

最寄りの駅前のATMコーナーで記帳を済ませて取引状況を何となく確認した。もっとも私は取引といえるものを頻繁にやってはおらず、確認に時間はかからない。その筈であった。さっさと中身を確認してさっさとバッグに通帳をしまおう、と考えていたその時だった。私の目は23から始まる6桁の数字に突如として釘付けとなる。しばらくの間銀行内で呆然としていた私は、取引履歴を頭の中で蘇らせる。私はクレジットカードを数枚所持しており、確かにその6桁の数字が掲げられている会社名には見覚えがある。それは私の携帯電話会社のクレジットカードである。携帯電話会社がクレジットカードを発行し、コンビニが銀行を作る昨今、随分と時代は変化を遂げたものである。そして一昨年まで似たような金額が引き落としはされていた。当時は保険料を年払していたので、当時は1月になると22万円ほどの引き落としがほぼ毎年あったのだ。しかしその保険は解約済であり、他にも思い当たる取引はなかった。スルーしてしまうにはあまりにも金額が大きすぎた。

更にメールも来ており、よく分からない会社名が記載されており92000円となっていた。早速携帯電話のかいしに連絡をする。オペレーターらしい女性が出る。

「どうされましたか?」

身に覚えがない取引をされた可能性がある旨を話すと、一気に緊張感が高まるのを感じた。

「取引記録を確認致しますので少々お待ちください。担当変わります。」

上席らしい男性が出る。高額な買い物の取引履歴を教えてくれた。高額取引は5件ほど、30万円ほどに及ぶという。しかし、会社名に思い当たる節はない。私のクレジットカードには家族カードなるものがあり、妻も利用している。一応妻に訊いてみてから再度連絡する旨を告げ、その日は終わった。

帰宅後妻に訊いてみると、やはり身に覚えがないという。これは知らないうちにとんでもないことに巻き込まれているのかもしれない、という思いで、翌日はろくに仕事に集中出来なかった。

仕事が終わると早速携帯会社に再び連絡を入れた。

「昨日見覚えのない取引に関する連絡をした者です。」

「はい。ご連絡ありがとうございます。それではお名前をお願いします。」

名前を名乗り、履歴を確認するとオペレーターから上司らしい人に代わり、状況を告げる。訊けば、高額取引は2021年10月末から続くが、誰かにパスワードが流れている可能性が高いこと、メールアドレスも私が数年前に設定したものに1つ追加登録されており、取引内容はその追加されたメールアドレスに届いており、本来の私のメールアドレスは着信拒否のような形になっていることが分かった。そこで私のパスワードが急遽変更されることになり、初期化したパスワードを教えてもらい、その上司との会話を終えた。

今度は、今後の対策を練るということで、違う部署の方に電話が回される。今回の件は、取引金額はおそらく戻ってくるが、調査に3か月ほどかかるということであった。そして、まずはこの電話でパスワード変更をしてしまいましょう、という話になった。やり方を逐一説明してもらい、パスワード変更が完了となった。

「それでは早速なのですが、アップルストアよりダウンロードしていただきたいアプリがあるのです。」

私が利用しているアプリが正常なものか、不正アプリを取り込んでいないか調査することになった。それには遠隔操作なるアプリを導入しなければならないらしい。70%から始まった私の携帯電話の充電は、この時点で20%になっていた。私の携帯電話は古いiPhone 7で、5年位前に購入したものをまだ使っている。充電がすぐになくなり、燃費が驚くほど悪い。私は焦りと共に遠隔操作なるアプリを導入する。そしてアプリ一覧の画面へ誘導される。

「下の方にゆっくりスクロールしていってください。・・・ここまでのアプリは怪しいものはなく正常ですね。」

私と同じ画面を向こうの電話口の担当者も見られるようになっているらしかった。どうやら、私の利用するアプリは全て正常なものらしい。この時点で充電は10%となった。

「この電話途中で切れるな。まぁ、切れたらまた明日にでもかけ直そう。」

と私は考えていた。

「では次に・・・」

まだ続くらしい。また私は新たな画面に誘導される。どうやらクレジットカードでよく利用する会社を登録出来るらしく、明らかに私が、もとい、私の家族が誰も利用しないであろうような会社名が羅列されていた。

「その画面にある中で利用されている会社はありますか?」

中には昔からある有名なデパートも記載されていたが、私はこれまでそのデパートで何かを購入したことはない。他にも聞いたこともないような会社名が羅列されている。

「いや、全て利用したことがない会社ばかりです。」

「では全ての会社名を削除してしまいましょうか。」

私は言われた通り全ての会社名を削除する。

「はい、その操作で大丈夫です。」

向こうにはやはりこちらの画面が遠隔で見えているようである。この時点で充電は1%。もういつ電話が切れてもおかしくない。

「では次に・・・」

まだまだ続くらしい。メールアドレスの設定である。私の正規のメールアドレスの他に、見たことのないメールアドレスが確かに登録してある。電話口の指示通りに削除する。

「以上になります。」

ホッとため息が出る。

「先程申し上げたように、調査終了するまで3か月ほどかかります。順調に進めば1か月ほどで終わるかもしれませんが、調査終了次第連絡を差し上げます。」

「はい。」

「その時までにやっておいていただきたいことがありまして・・・」

その後途中で電話が切れることもなく、最後の挨拶まで終えた。充電1%で10分以上話したことになる。意外と行けるものだと一人苦笑した。

3日後の休みの日、私は某派出所の前にいた。


② 私は近所の某派出所の前にいる。携帯電話の会社の担当者に警察に届け出るように依頼された為である。

「ご協力いただきたいことがあります。」

充電1%で気が気でない私に追い討ちをかけるかのように担当者が言った。途中で電話が切れてはまずい、と思いながら私は次の言葉を待つ。「警察に行って被害届を出していただきたいのです。その時に案件番号を教えてもらってください。次回のお電話で調査結果をご報告致しますので、その時に被害届を出した警察署名と担当者名、そして案件番号を教えてください。」

調査に最短でも1か月位かかるので、その間に警察に届けてくれればいい、というセリフを最後にようやく電話が終わった。1時間弱かかったが、もっとずっと長く感じられた。

その派出所には数年前に携帯電話の紛失届を出す為に一度訪れたことがある。当時は派出所の中に通され、中央テーブルに椅子が置いてあったものだが、今は撤去されているらしい。私の学生時代に一人暮らしをしていた安アパートの玄関よりも狭い、入り口を開けてすぐの所が実質的な受付場所になっているようだ。一人しか入れないスペースである。

物を置くスペースもなく、私は荷物を持ったまま、立ったままで、携帯電話会社の担当者に話した出来事を、ほぼそっくりそのまま話し始める。そして担当の警察官はA4の白紙の用紙にメモを取る。

携帯電話会社と同じような問答を繰り返すこと約20分、管轄の警察署に連絡を入れる。派出所で処理出来る案件かの確認らしい。そして私の現状を説明し終わると、こう言ってきた。

「これから本署に行っていただけますでしょうか。どうやら派出所で被害届は出せないようでして・・・」

「では日を改めて伺います。」

「いつになりそうですか。」

「・・・。いや、やはりこれから伺います。」

「承知しました。」

私は次の休みの日に行こうと思ったが、これからすぐに出頭しなければならないような雰囲気があったので、警察署に直行することにした。地図を使って行き方を説明される。地下鉄で2駅半位の所だった。通過したことはある場所である。地下鉄に乗って行く気はさらさらなく、早歩きで行くことにした。

緊急事態宣言が出ていた頃には、少なかった人通りも随分と賑わってきた。商店街も活気を取り戻してきたかに見える。そんな中30分位歩いてようやく目的地に辿り着く。

怪訝そうな顔をした署の警察官に

「何かご用ですか。」

と尋ねられたので、長旅で疲れた私は仏頂面で派出所から依頼されたから来署したのだ、というような言葉を吐き捨てた。ようやく事態を呑み込んだ受付の警察官が

「今刑事が来ますからお待ちください。」

どうせ来るまで時間がかかるだろうと思い、トイレを済ませて戻ろうとすると、受付の前に刑事らしき若い男が立っていた。簡単な自己紹介を済ませ、事情聴取が始まる。連携していないのか、と突っ込みたくなるところを我慢し、またしても状況の説明を始める。先程の交番の再現か、と思いほど見事に同じようなA4白紙に同じようなメモを仕上げる。素晴らしい手作業である。一通り話し終えると、別の生活安全課という課に連携した方がいい、という結論になり、私の近くで刑事が今しがた私が話したことを生活安全課の警察官らしき女性に説明する。数分後、その女性が私の目の前に現れて簡単な自己紹介、そして

「携帯会社の方からクレジットカードの解約、といった話はされましたか。」

とその婦人警官に言われた。

「いいえ、特には。」

「不正取引がこのまま続く可能性があります。クレジットカードの解約、もしくは再発行を考えた方がいいと思います。あと、メールアドレスの変更も。」

「絶対に考えた方がいいと思います。」

別の年配の男性警察官も同調する。

更に婦人警官は続けた。

「今回の件ですが、今後どうされたいですか。」

面倒なことにはなりたくない。不正取引が分かっているのはその時点で5件ほど、金額にして30万円余りである。この金額が返ってくれば良い、と答えた。

「案件番号を発行するように言われたと思います。発行しますので、別室にご案内します。」

そういって上の階に案内された。広い室内の奥に四畳半程度の狭い部屋があり、そこに案内された。取調べ室らしい。その婦人警官は、先程階下で刑事が書き残したA4のメモ用紙を持っていた。そこで三度説明を繰り返す。婦人警官は、メモ用紙を確認しながら私の説明を聞き、メモをしていない情報を書き足す。そして免許証とクレジットカードの現物を見せる。クレジットカードをいつ使ったか聞かれ、最近ではクレジットカードを出した覚えがないことを話す。ただパスワードは番号によっては盗まれやすい為、気をつけるように言われた。

そして

「これから案件番号を発行します。少々お時間をいただくので、その間携帯電話会社やクレジットカード会社に連絡して解約又は再発行の手続をして下さい。」

部屋に一人になると私は携帯会社に連絡を入れた。が、混んでるようで繋がらない。そのうちに婦人警官が戻ってきて案件番号を書いた付箋を私に差し出した。ようやく解放された私は表に出た。外はすっかり暗くなっていた。長い半日だった。

③ 警察署を出て、定期券の範囲の最寄りの駅まで歩くことにした。約30分程度の道のりである。久しぶりの警察署であった。

私は学生時代に財布の入ったセカンドバッグを盗られたことがある。場所はボーリング場であった。私は友人と来ており、セカンドバッグをすぐ脇に置いておいた。その日はけっこうボーリングの調子が良かったのを覚えている。調子に乗った私は財布の入ったセカンドバッグを気にすることもなく、ボーリングに熱中していた。帰り際に振り返るとバッグはなくなっていた。ボーリング場の受付に行って確認するも無駄だった。その後警察に届け出たのかは覚えていないが、最終的に財布の中身以外は発見されたことを記憶している。

その次は友人の別荘に行った時のことである。駅前の公衆電話から誰かに電話をかけて、その公衆電話に財布を忘れたのだ。5千円札一枚を入れた記憶があるが、それは結局出てこなかった。交番の警察官だかに

「5千円なら安いもんだよ。」

とか変な慰められ方をされたのを覚えている。

その次は、四国に一人旅に行った時である。私はバッグを2個持っており、その時は奇しくもその日に宿に着いたら洗濯をしようと入れた洗濯物が入ったバッグをそのまま盗まれた。犯人もガッカリしただろうな、と苦笑したものである。

最後に経験したのが異国の地・オーストラリアのことであった。大学に入りたての頃の最初の夏だったように思う。当時オーストラリアやニュージーランドに憧れていた私にとってユースホステル主催のオーストラリア語学研修の旅は実に魅力的なものであった。ユースホステルとは学生向けの安い宿泊施設であり、私は一人旅において愛用していた。私はオーストラリア旅行を励みにアルバイトに勤しんだ。

出発当日、空港には私の同士ともいえる人間が10名ほどいた。その人達と共に一路南国へ向かった。そしてシドニーのユースホステルに宿泊することになった。翌日から語学学校の授業が早速開始される。その学校の掲示板に面白い情報が掲載されていた。私達のような短期留学生に為にホームステイ制度があるという。金額は日本円にして1週間1万円で食事付だったと思う。その時私はユースホステルの2人部屋に同じツアーに参加した日本人男性と宿泊していた。私自身ホームステイに憧れていたし、同室の男性も1人部屋になる方が良かろう、と考え私は即座に申し込み、ユースホステルを後にした。

ホームステイ先は夫婦と子供2人の4人家族であった。ホームステイ初日は子供の友達が数名ホームステイ先の家に遊びに来ていた。外国人である私を物珍しそうに見物しに来たのであろう。私はおあつらえ向きの遊び道具を持っていた。電子辞典である。英和辞典も和英辞典も使えるこのおもちゃは1時間ほどの話題作りには十分だった。

学校の休みの日には家族全員で海岸にドライブに行った。良い家族だったと思う。30年ほど経った今もたまに思い出す。あの子供達も今はもう中年だと思うと、光陰矢の如しがピタリと当てはまると感じる。

次の休みの日だったと思う。その日もホームステイのお母さんが弁当を持たせてくれた。私は一人で海に行きたくなった。電子辞典やら本の辞典やら色々とバッグに入れ込んだ為、砂浜で勉強してみたいというような思いがあったのかもしれぬ。砂浜に座り込んで弁当を食べているとハトが50羽くらい集団で寄ってきた為、恐怖のあまり逃げた。

そろそろ帰ろうと思い、帰る前に用を足したくなり、トイレの個室に入ったところ水浸しであり、お世辞にも綺麗とはいえない。更には、コートや荷物を引っかけておくでっぱり等もない。その時私のバッグは色々と詰め込んでいた為重かった筈だが、背中に背負ったまま用を足すべきだった。が、迷った挙句トイレの前の廊下に荷物を置くことにした。危険を承知しているつもりであった為、1分足らずで用を済ませて出て来たのであるが、荷物は忽然と消えていた。

そこの建物の受付らしき所に行って落とし物について尋ねても意味不明のような表情をされる。わたしは居ても立っても居られないようになり、交番に向かった。私が片言の英語で話すと理解はしてもらえたようで、別の警察署に行くように指示された。被害届が必要なので、交番レベルでは対応出来ないのであろう。道中、人に尋ねながら警察署に到着したのは夕方であった。簡単に被害状況を聴取された。我ながら異国の地でよく行動出来たと思う。保険に入っており帰国後振込があった。電子辞典と分厚い辞書2冊とウォークマンとディスクマンの分である。その他にもあったかもしれぬ。若かりし日の苦い思い出である。

コロナ禍といい、今回の事件といい、50代を目前に控え、関わりたくないことが襲ってくる。巻き込またくないものに巻き込まれる。私の人生、まだまだ紆余曲折が続きそうである。だが一方でそれも経験値のあることも理解している。今後の人生、紆余曲折ばかりであろうが、精一杯楽しみたいと考えている。

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