【短編】旦那は元気で留守がいい
冒険者を引退した。
朝から迷宮に入り、夕方に帰る頃には、荷物を抱え町に帰るのも一苦労になった。
35歳。
歳には勝てない。
いくらベテランといえど、体力の低下と肉体の衰えは死に直結する。
一応、上から四番目の銅等級冒険者だった。人数が一番多い等級で、それなりに一人前と認められる位だ。
このまま、町で安定した仕事もあったが、自由な冒険者をやっていた俺には苦痛すぎる。
心機一転。
条件のいい村へ移住することを決断した。
移住する地は、用心棒と狩人を任せたいツエル村にした。
賃金の高い、商業ギルドの御者なんかの話もあったが、断った。
町を出発した瞬間、護衛に雇った者でさえ、盗賊かと疑わなければいけない仕事はごめんだ。
ーーー
牛車を2台引き連れ、ツエル村に引越した。
元冒険者が移住してくると、聞いていた村人からは大歓迎を受けた。
下位等級では、村に来た時の歓迎も変わっていたと思う。土地と家を貰い、女房候補もいると村長から言われている。
村を案内され、森へと向かう山道に、俺の土地と二階建ての家はあった。
畑を耕し、解体と保存肉を仕込む小屋も建てた。
順風満帆。
素晴らしい引退生活だ。
ーー女難さえなければ。
村へ来た初日の晩、ジェシカという未亡人が夜這いにやってきた。
外衣を羽織り、挨拶も早々に全裸で襲ってきたのだ。抵抗をすると、恥をかかせるのかと耳を引っ張られ、「乱暴されたと言いふらす。」と脅しを受けた。
未亡人で、よっぽど寂しいんだと、渋々一晩を共にした。
びっくり事件だった。
とにかく激しい。
「ここを突いて欲しいのよ!わかった?わかった?」
「だから、わかったと言っているじゃないか!本当に腰骨が潰れちまう。」
俺は微かな呼吸をし、ジェシカは喘ぎ声ではない、叫び声と奇声をあげていた。
たまに、そんな女がいると酒の肴に聞いた事があったが、まさか本当にいたとは唖然となった。
笑い事ではない。
次の日も。
次の日も。
そのまた次の日も。
勘弁してくれ、と言うとさらに興奮する。
もう、あの安産型に胸やけを起こしている。
ジェシカはどうかしている。
頭を抱える事しかできない。
ジェシカの亡くなった旦那は、森で神隠しにあったと言われているが、逃げたのではないかと正直思っている。
鍛冶屋のオヤジは、「そりゃ、押しかけ女房だ!」とゲラゲラ笑っていた。
たしかに、ジェシカはよく体を擦り付けるように抱きついてきた。自分で調合した石鹸の香りを、俺にマーキングしていたのだ。その事がきっかけで、見事に女房候補の話はなくなった。そもそも、性欲がかつかつで、女を見るのも嫌になっている。
村という部落を利用し、さらにジェシカは男を知り尽くしていた。
お手上げだ。
尻に引きづられる夫となった。
そんなおり、オリビアとバーバラから一夫多妻でもいいと、女房の申し出があった。
そんな馬鹿な、である。
ジェシカと同じ年頃で、オリビアとバーバラは、酒に溺れず乱暴者ではない俺に惹かれたと、村長から話が回って来た。
正直、俺はモテているらしい。
何より食いっぱぐれがないのだ。
充分な畑があり、鹿肉や猪肉を常に貯蔵している。牛も二頭飼っている。
俺は、このままジェシカに支配されるのが怖かった。案の定、やはり相談すると気でも触れたかのように怒っていた。
「ふざけんじゃないわよ!!子どもができたら、去勢してやる!」
俺は、結婚の申し出を受けた。
商業ギルドの御者になった。
ーーー
御者の仕事は、何より平和で安全である。
ゆっくりと時間が流れ、命の危険はたまにしか訪れない。
出発した瞬間から、なんだかんだと言っていたが、こんな素晴らしい仕事は他にはない。
週に、各家庭に一日だけ帰っている。




