助ける手段とプレゼントを
あのデートが終わった休み明け、僕が今抱える問題は、あの日受け取ったメガネのことだ。あの後、藤代 悠に連絡をしてみると…
『藤代さん今いいかな?』
『どうしたの?次のデートの予定?』
『そうじゃなくて』
『メガネどうすればいい?』
『普通に学校で渡してくれればいいよ』
『それは無理』
『なんで?』
『殺されるかもしれない』
『そんな凄惨なことにはならないと思うけど』
『じゃあ、また学校で連絡するね』
『わかった』
『その時に渡す』
『いつでもいいように持ってきてね』
と、学校で渡すことになったものの、一向に連絡がない。かといって、僕から言うのも気が引ける。
今朝、彼女の姿を見かけたから、学校に来ているはずだけど。その時、渡せたらよかったのに。なんで、あんな朝早くから、周りに人がいるんだ。人気が過ぎる。流石はアイドル。
「よぉ、真白」
「おはよう、雪」
ぞくぞくと教室に人が増えてくる。メガネを渡そうと思って、いつもより早く来たけど、意味なかったな。
「で、どうだった?土曜日は。楽しかったか?」
早速、その話題か。まぁ、そうだろうとは思っていたけど。
「楽しかったよ、普通に」
「普通ってなんだよ。やっぱり、あれか?お忍びって感じだったのか?」
「僕もそう思ってたよ。でも、違った。変装なんて一切してないし、隠れたりもしなかった」
「まじか。それで、バレなかったのか?」
「不思議とね。本人も、悲しいくらいにバレないって言ってた」
「そんなもんなのか?俺なら、絶対気づくけどな」
「まさか、アイドルがこんな所にいるとは思わないからじゃない?」
「かもな」
丁度いいタイミングで、先生が教室に入ってくる。
「はいはい、全員席に着け~」
ぐだぐだと、教室中を人が移動する。そんな中、机の上にあるスマホが震える。まさか、と思い確認すると…
『マシロくん』
『メガネ持ってきた?』
『持ってきてる』
『よし』
『時間できそうだったらまた連絡する』
『わかった』
最後に、謝罪するネコのスタンプが送られてきた。また、このスタンプだ。
それにしても、よかった。忘れたわけではなかったみたいで。まぁ、連絡できないのも無理はないか。朝から、人に囲まれていたから。
そうして、次に連絡が来たのは三限目の授業が終わってからだった。
『マシロくん』
『はい』
『私は今から仕事なので帰ります』
『頑張って』
『ありがとう』
『なので今から例の物を待ってきて』
今から!?もう休み時間は終わるけど。
『今からは授業始まるけど』
『だからこそだよ』
『今なら誰もいないから』
『でもそれって僕が遅刻しない?』
数秒、返事が滞る。
『じゃあ頼んだから』
『下駄箱の所で待ってるからね』
『あれ僕の意見は?』
僕の返信には、既読だけがついて、なにも返ってこなかった。
「まじかよ…。行くしかないか」
今から、行ったら遅刻確定だけど、例の物を渡す機会ではある。仕方ない、彼女の今後に役立つなら、僕の一度の遅刻くらい痛くない。
クラスの皆にバレないように、一瞬で例の物を持ち、教室を出る。
最後に時間を確認した時、始業の一分前だった。ああ、もう急ぐ意味はないか。
廊下を蹴る足の力を緩め、速度を落とす。
階段を下りる所で、チャイムが響き渡る。
「次の授業、先生だれだったっけ」
場合によっては、大変なことになるな。優しい先生でありますように。
密かに願いながら、一階に着く。
「あ、マシロく~ん。こっち、こっち」
声を潜めて、手招きしている。
「はい、これ。じゃあ僕はすぐ戻るから」
遅刻するにしても、時間は短い方がいい。それで罪は軽くならないけど。
「待って。お礼するから、待って」
「いや、お礼なんていらないけど」
再び、階段を向いていた体を彼女の方に向ける。と…
「はい。どうよ?似合う?」
さっき渡したメガネを掛けていた。その姿に思わず、一瞬見惚れてしまう。
「…まぁ、ちょっとは知的に見えるんじゃない?」
「そんなこと言って~。ドキドキしてるのバレバレだけど」
「なっ!?そんなこと…」
「と、私急いでるから。メガネ届けてくれてありがとう。じゃあね」
元気良く、手を振って去っていく。
改めて思う。彼女を、藤代 悠を守りたいと。最初は、そんな気なんて全然なかったけど、今は彼女のあの笑顔を守りたいと思う。
僕なんかで、それが出来るのなら。
……
その日、家に帰ると、テレビに藤代 悠が映っていた。どうやら生放送らしい。今日帰ったのは、このためか。
「あら、この子。最近よく出てるよね?確か、アイドル?だっけ。随分と若いけど」
僕の肩越しにテレビを見ている母さんが、話し始める。
「そう、アイドル。今、一番人気なんだ」
「詳しいのね。こういう子が好きなの?」
「同じ学校なんだ」
「えぇ!?そうなの?」
今までに聞いたことないくらい大きな声を上げる。
「同じクラスだったりしない?まさか、友達だったり」
「そんなまさか」
「そうよね。あんたじゃ、無理よね」
自分の息子に向かって、その言い方はひどいな。それに、僕が否定したのは、同じクラスであることであって、友達であることまで否定したつもりはない。まぁ、そのことを言う気なんてないけど。
……
次の日、藤代 悠は学校に来ていた。
昨日、あれだけテレビに出ながら、学校にも来るとはすごい体力だな。
だけど、そんな彼女に関心している場合ではない。彼女の死が訪れる、十二月二十一日まであと二週間ほどだ。
これと言って、変わった様子はないがどうなるかは分からない。なにせ、前回がどうやって死んだか不明だからだ。分かっているのは、時間だけ。だから、その時間にだけは彼女を一人には出来ない。
そのためには何か策を考えないと。藤代 悠を連れ出すにしても、何か理由がいる。その理由を作らないと。
「十二月…何かあるかな」
「どうした?十二月がなんだって?」
「十二月の二十一日に藤代さんをどうにか…」
と、そこで言葉を飲み込む。
これ以上言ったら、僕の魂胆が露見してしまう。
「二十一日っていったら、うってつけのことがあるじゃねえか」
「なにそれ?」
そんなおあつらえ向きなことがあるのか。
「マジで知らないのか。その日は藤代の誕生日だろ」
「そう…だったのか」
それは…また…なんでその日なんだ。あの日、藤代 悠は誕生日でありながら、死んでしまったのか。
「そんなのって、ないだろ…」
「え?なにが」
思わず、口に出ていた。
「いや、都合がいいと思っただけ」
「そうか。で、真白。何をするつもりなんだ?」
「それは…今から考える」
「ノープランかよ」
確かに、今知ったんだから何も考えてなかったけど、これはチャンスでもある。彼女を連れ出す口実に出来る。後は、その提案に乗ってくれるか、だけど。
「可能性はあるよなぁ、たぶん」
「いや、だから何が?」
二十一日、藤代 悠の誕生日に向けて、考えないと。彼女を助ける手段とプレゼントを。