スーツか?タキシードか?ドレスコードでもあるのか?
時間が戻ってから、既に一週間が経過していた。その間、何の成果も上げられていない。それもそのはず、藤代 悠を観察すると言ったものの、肝心の本人があの日以降、学校に来ていないのである。
まだ一週間、彼女の死が訪れたわけではない。仮にそうだったら、テレビでその報せを聞かないわけがない。前回がそうだったのだから。
何にせよ、全く進捗がない状況である。
「で?どうなのよ。藤代とは」
「…」
時刻は既に夕方になっている。今日も成果は無し。
「まぁ、ドンマイ。仕方ないだろ。相手は、人気全盛期のアイドルだ。そうそう会う機会はないだろうし。そう落ち込むなって」
「ああ、雪之丞。君はなんて良い奴なんだ。君は最高の友達だ!」
「感謝は素直に受け取るが、その気持ち悪い喋り方はやめろ。藤代に嫌われるぞ」
「それは困る」
雪の言葉を受け、一瞬で真顔になる。
そんな僕たちは今、学校近くのファミレスで近況報告をしている。ほとんど僕のことだけど。
「にしても、あれから一回も連絡ないのか?友達が出来たのは初めてなんだろ。もう少し何かあってもいいと思うんだけど」
「うん、一回もない。初めてって言っても、高校に入ってからだから、それまではいたと思…うっ!?」
念のためと思い確認していたスマホが、メッセージを受け取り震える。
「雪…」
「どした?」
「う、噂をすれば」
「まさか…」
「藤代さんから、連絡が来た」
「まじか。で、なんて?」
『マシロくん』
「え?それだけ?」
「これから返信するんだろ」
『はい』
『今、時間は大丈夫?』
『大丈夫です』
『なんで敬語?』
『ごめん。大丈夫』
『まぁ、いいけど』
『今週末、何か予定はある?』
週末は確か、雪と遊ぶ気でいたけど…
「雪、今週末って二人で遊ぶんだよな?」
「その予定だな」
「じゃあ、そう伝えよ」
スマホの画面を操作して、その旨を入力する。
「って待て待て待て!藤代から何かあったんじゃないのか?」
「うん、週末の予定を聞かれて…」
「この大馬鹿野郎がー!」
「うわ!何するんだ。ちょ、スマホ返せよ!」
いきなり僕のスマホ奪おうと、掴みかかってくる。
「俺より、藤代を優先しろよ。バカでも分かることだろ」
「予定を言うだけだろ。…返せ」
なんとか、スマホを死守する。
「あ…」
だが、その画面を見ると…
『週末はるあはたらまらまはたは』
意味の分からない文章が送信されていた。
「おい!雪。どうしてくれるんだ。変な文章送っちゃったじゃん!」
「折角の機会を棒に振ろうとしたんだ。自業自得だろ」
「くっそ…」
そんなやり取りをしている間に、返信がくる。返信なのか?
『これはどういうこと?何かの暗号?』
『これは』
『間違えただけ』
『よかった。壊れたりしたわけじゃないんだね』
『それで予定はある?』
チラリと雪の顔を見る。
「俺とのことはいいからな。暇だって言っとけ」
「分かったって」
『特にないかな』
『それならちょっとデートしない?』
「えっ!?」
思わず、立ち上がって大きな声を上げてしまう。
「びっくりした~。どうした、急に」
正面にいた雪がかなり驚いている。周りも何事かと僕を見ている。
「いや、大丈夫」
「絶対大丈夫じゃないだろ」
何事も無かった様に座る。
うん、一旦落ち着こう。冷静に。見間違いかもしれない。
改めて、スマホの画面を見る。
『それならちょっとデートしない?』
「見間違いじゃなかった…」
「今度は、どうした?」
「これ」
「おお。ちょうどいいじゃん」
「けどさ…」
「いいから、さっさと返事してやれよ」
「そうだな。えっと、僕では力不足なので…」
「って、この大馬鹿野郎がー!」
今度は、ものすごい勢いで頭を叩かれる。
「痛った!?え、なに?」
「なに?じゃねよ。なんで断ろうとしてんだよ。普通、逆だろ。受けろよ、その誘い」
「ちょ、痛い。やめ、痛いって」
容赦なく、僕への攻撃を続けてくる。
『やっぱり壊れてる?』
「ちょっと、雪、ストップ!返信するから」
「断るなよ?」
執拗なチョップ攻撃は止んだものの、その目はまだ燃えていた。
「…分かった。覚悟を決めるよ」
これも、藤代 悠を助けるため。ていうか、それが目的なんだから。忘れちゃいけない。
『壊れてない。大丈夫』
『ていうかデート?』
『そう!じゃあ土曜日ね』
『時間は十一時でどう?』
『わかった。集合場所はどこにしよう?』
相手は、芸能人だ。極力、人のいない場所の方がいいかな。
『駅前のショッピングモールに行きたいから、駅で待ち合わせでいいかな?』
『それ大丈夫?』
『なにが?』
『藤代さんってバレたらまずいんじゃない?』
『大丈夫だよ』
『じゃあ週末よろしくね』
『こちらこそよろしく』
僕の返事に対して、なぜか謝罪するネコのスタンプが送られてきた。なぜ謝っているのだろうか。
「ふぅ~」
特に動いたわけではないが、どっと疲れた。
「ちゃんと了承したんだろうな?」
「ああ。土曜日に駅前に行くことになった」
「それなら、よし」
うんうん、と大きく頷いている。一体、何様なんだ雪は。
「デートか…」
雪には聞こえないように呟く。
デートって一体、何するんだ!どんな服装で行けばいい?相手が、あの藤代 悠ならスーツか?タキシードか?ドレスコードでもあるのか?どうすればいいんだ…
────
「お母さーん、聞いて聞いて!」
二階にある自分の部屋から、勢いよくリビングへと移動する。
「なぁに、そんなに慌てて」
「私、デートすることにした」
「デートってあんた。そんなことしていいの?アイドルでしょ?」
「大丈夫だよ、私って意外と影薄いし。それに、相手はただの友達だから」
「でもねぇ…」
「そんなことより!」
体を大の字に広げて、アピールする。
「どんな服、着たらいいかな?」
「それは自分で考えなさいな」
「ちょっとくらい協力してくれてもいいじゃーん」
「お母さんは、その子のこと知らないからね。その子の好きなものとか知らないの?」
そっか、マシロくんの好きな服装かぁ。あれ?でも、どんなのが好きなんだろう?
「私もよく知らないや」
「じゃあ、お母さんは力になれないかな」
「そっか。じゃあ、もう少し考えてくる」
マシロくんの好きそうな服装かぁ。やっぱり、アイドルっぽいのが良いかな?それとも、清楚っぽいの?逆に、黒っぽいのもいいかも。
「悠」
「ん?なに、お母さん」
名前を呼ばれて、立ち止まる。
「頑張って。応援してるから」
「うん?……うん!」
たぶん、芸能活動のことかな?でも、なんで今?
「ま、いっか。ふんふふ~ん♪週末、楽しみだな~」
こんなに浮かれてるのは、高校生になってから初めてかも。
でも、その前に仕事と学校。ああ、忙しすぎて目が回るよ~。