藤代 悠が死んでもいいというのなら
また意識は別の空間へと移る。
「また…ここか…」
「うん、また。君が殺したからね」
「…」
不思議なことにその事実を聞いても、狼狽えることはなかった。それ以前にさっきまで泣き喚いていたのが嘘みたいだ。
「怖いくらいに落ち着いているな、今の僕。もしかして、感情を失ったとか」
「それはここに来るにあたって精神状態をリセットしたから。あんな状態じゃ、まともに話しができないからね」
「そんな力まであるのか。万能だな」
「それで、今回の出来事をどう捉える?」
世間話は終わり、とでも言うように話が切り替わる。
「思ってもみなかった。あれだけ警戒していたストーカーは僕だったなんて。僕が…彼女を殺すなんて」
「そう、君は二度目の反省として関わることをしなかった。その結果、ストーカーは君になり、君が死を運んできた」
「全部言わなくても分かってる」
彼女が車を使うようになったのも、駅で怯えるように周りをみていたのも、全部僕だ。僕から逃げるためだった。
助けようとして、彼女を殺した。全く逆のことをするなんて、皮肉にもほどがある。
「もう…無理だ…助けるなんて…」
「諦めるの?」
「僕に何が出来る?彼女の死を知りながら、二度も助けられなかった。そんな僕に…」
出来ない。僕にそんな力なんてない。なかったんだ。
「チャンスはまだ一回だけある」
「無駄だ。また同じになる。僕が殺すことになる。それなら、もう…」
やり直したくない。また、僕が殺してしまうくらいなら、何もしたくない。
「わたしは、君に救われてほしい。それに、藤代 悠を助けてほしい」
「…」
「これで最後。君にチャンスをあげる」
周囲が霞んでいく。また、戻るのか。
「もう何もしたくないなら、そうしておけばいい。もし…」
「…」
「もしも、藤代 悠が死んでもいいというのなら」
「…」
……
意識が再び戻ってくる。もう日にちを確認する気もない。
もう何もしたくない。彼女の死に関わりたくない。
でも…
「死んでもいいわけないだろ…」
その言葉は誰にも、彼女にも届かない。
────
始業のチャイムが鳴っても真白が来ていない。今までこんなことはなかった。とはいえ、まだ一回だけ。そういうこともあるだろう。
……
次の日になっても、真白は来ない。風邪なら二、三日休むことくらいある。風邪を引いたとは聞かないけど。
……
そこから休日を挟んで、週が明けた月曜日。
また、真白は来なかった。朝の始業のチャイムが鳴っても。昼休みのチャイムが鳴っても。終業のチャイムが鳴っても。
「風邪…なわけないよな」
ここまでくれば、何か別の理由だと思う。それが何なのか、わかるとしたら…
「先生」
「どうしたの?八坂くん」
「真白…新屋はどうしてずっと休みなんですか?」
「新屋くんが心配?」
「友達ですから」
「そっか…」
ふっと、小さくため息を吐く。
「実は先生も怪しいとは思っていたの」
「風邪じゃないってことですか?」
「でも、新屋くんのお母さんがそう言っているから」
「…」
真白のお母さんは何か知ってるのか?真白が学校に来ない理由。
「八坂くんに頼むことじゃないかもしれないけど…新屋くんのことお願いしてもいいかな?」
「頼まれなくたって行きますよ。俺も気になるので」
「じゃあ、お願い。もし、何か分かったら先生にも教えて」
……
早速、その日の内に行くことにした。ただ、真白の家を知らなかったので、先生に教えてもらった。
「新屋……ここか」
表札を確認して、呼び鈴を押す。
少ししてから、女性の声が聞こえる。
『はい』
「こんにちは。俺は真白のクラスメートの八坂です。その…真白の様子が気になって」
『ちょっと待ってて』
そこで一旦、通話が切れる。その数秒後、玄関が開く。
「どうぞ、上がって」
「お邪魔します」
家に上がると、リビングへと案内される。そこに真白の姿はない。
「えーと、八坂くん、だったよね?」
「はい、八坂 雪之丞です」
「それで…真白のことよね」
「はい。先生からは風邪を引いたって聞いてます」
「それは嘘」
「分かってます。本当はどうしてですか?」
「私にもそれは分からないの。先週から急に塞ぎこむようになって」
「なにも聞いてないんですか?」
「なにを、どう聞いたらいいか分からなくって。こんなことは初めてだから」
俺も、真白と関わってから初めてだ。
「それ、俺が聞いてもいいですか?」
「いいの?」
「俺が出しゃばっていいなら」
「お願いします…」
深々と頭を下げられる。
「頭を上げてくださいよ。これは俺が勝手にすることですから」
こういう時、なにを言えばいいのか全然わからない。めっちゃ焦る。恨むぞ、真白。お前のせいでこうなったんだからな。
そんな恨み節を抱えながら、真白のいる部屋の前に立つ。
一度、深呼吸をしてから、ドアをノックする。
「真白。俺だ。雪之丞だ。ちゃんといるのか?」
ドアの向こうからは一切の返事がない。まさか、倒れてたりしないよな。
それを確認するためにも、ドアノブに手を掛ける。
「開けるからな」
一応の断りを入れて、ドアを開ける。
「…」
そこにはベットの上で蹲る真白がいた。
「いるなら、返事くらいしてくれよ」
「…」
その言葉にすら返事はない。
部屋を見回して、諦めて床に座る。クッションの一つもなかった。
「真白。何があった?」
「…」
俺も、真白のお母さんも、先生も聞きたがっていたことを聞く。でも、真白は答えない。
「まぁ、言いなくないならいいや。代わりに、俺の話を聞いてくれ」
「…」
「今日も含めてお前のいなかった四日間、俺は意外と苦労したんだぜ?昼飯を食う時なんて一人だし、誰か誘おうと思ったけど俺って意外と友達いなかったわ。それでよぉ、若波を…幼馴染を誘おうと思ったら、若波と同じクラスの先輩二人も付いて来てよぉ。マジで大変だった。めちゃくちゃ聞いてくんの。俺と若波について。何もないって言ってんのに」
あれはマジで疲れた。解放された後、しばらくは動けなった。なんで、あんなに聞いてくるのか。
「まぁ、悪い人たちじゃないんだけどな。若波の友達だし。俺も、その先輩たちとは友達になって一緒に昼飯を食べるようになった。でも、なんか足りないんだよ。何かわかるか?」
「…」
「お前だよ、真白。俺としては、お前にもいてほしい。きっと楽しいぞ。あと、あの二人を俺一人で相手するのはしんどい。これが本音」
「…」
「とまぁ、俺の話はこんな感じ。真白は話す気になったか?」
「…」
「まだか。何があったかは言わなくてもいいけど、学校には来いよ。俺が寂しくて死んでしまうかもしれない」
死ぬのは言い過ぎだけど、寂しいのは本音だぞ~。
「じゃあ、今日は帰るわ。真白が生きてるのは分かったし」
「…」
最後まで徹底して、真白は無言だった。
部屋を出て、リビングへと戻る。
「八坂くん、どうだった?」
「とりあえず、生きてることは分かりました。話しは出来なかったですけど」
「ごめんなさい」
「謝らないでください。こんなことで真白の友達やめたりしないですから」
「ありがとう」
「今日は帰りますね。まだ学校に来ないようなら、また来ます」
「本当に…ありがとう」
そんなに頭を下げられることはしてないけどなぁ。特に進展はなかったし。
……
その後も、真白は学校に来ていない。その日の出来事をメッセージで送ったり、直接言いに行ったりとしているが、真白が動かない。
そんな日が続き、月が替わり十二月となる。