最悪の考え。どうしようもない勘違い
十二月十四日。残り一週間になった。前回と比べて語るべきことは少ない。それもそのはず。僕は藤代 悠と関わっていないから。
それでも、変わったことはある。まず、彼女が車での移動になったこと。つまりは、ストーカーが存在しているということ。
前回の直接の死の原因になったあの男かもしれない。だとしたら、僕は顔を知っている。予め見つければ、何か行動を起こした時に止められる。
先回り出来る算段がある一方で、問題もある。それは、移動が車になったこと。電車なら一緒に乗れるが、事務所の車となるとそうはいかない。こうなってしまっては、後を追うことが困難になる。
とはいえ、車移動の時は比較的安全といえる。それなら、僕が警戒すべきは学校だ。前回は朝早い時間にも関わらず、あの男は現れた。二十一日は、早い時間から学校にいる必要があるだろう。
……
一日、また一日とその日が近づいてくる。
週末の彼女の行動は分からない。前回はプレゼントを選ぶのに必死だったからな。
真っ白なマフラーを身に着けた彼女と雪は、とても綺麗だった。今でも、はっきりと思い出せる。
でも、最後に見た彼女は赤く染まっていた。真っ白だったマフラーも。
今回は真っ白なマフラーはないけど、あんなことにはさせない。助けてみせる。
そして、週末が過ぎ、十九日の月曜日。
その日、彼女は学校に来ていた。いつも通り、朝には人に囲まれて。
「今日はちゃんと来たか」
人だかりを見る僕の前に雪が割り込んでくる。
「まぁね」
「真白が不良生徒になってしまって、親友の俺は悲しいぜ」
「なってないから」
「あ!雪ちゃん、おはよう」
そして、その後ろからもう一人現れる。
「若波、遅かったな」
「ひどいよ。一緒に行こうって言ったのに…って新屋くん!今までどこ行ってたんですか!心配しましたよ」
「ちょっと不良少年になってました」
「そういうのは事前に言っておいてください。弥子ちゃんと瑠伽ちゃんには連絡しましたか?二人も心配してましたから」
「後でしておきます」
「今!してください!」
「あ、はい…」
その勢いに圧倒され今、連絡した。
そして、昼休みに呼び出された。
「真白くんや」
「はい」
「バックレたくなる。そんな時もあるよね」
「だとしても、返事くらいはしようよ」
弥子先輩は肩を組んでくるが、初瀬先輩は常識的な反応だ。
「瑠伽、そんなに責めないであげて。またバックレちゃうよ」
「もうしませんよ」
「本当か~?」
雪がめちゃくちゃ疑いの目を向けてくる。
「本当に。する理由がないから」
「何か理由があったんですか?」
「それは…全部終わったら話します」
「なにそれ?いつ終わるの?私たちから逃げる言いわけじゃないの?」
「違いますよ。二十一日に終わるので、その次の日に」
「ほ~んとに~?」
今度は初瀬先輩が、疑いの目を向けてくる。
「じゃあ、今日は思う存分付き合ってもらうから」
「すみません。終わるまではちょっと…」
「それなら終わってから、あたしたちが満足するまで付き合ってもらうから」
「はい、それならいくらでも」
「ねぇねぇ、それって私たちもですか?」
「当たり前でしょ。若波と雪之丞も一緒だ」
「えぇ…」
雪が心底嫌そうな顔をしている。僕がいない間に何かあったのか?
……
次の日はいつものように学校に行った。この前日の藤代 悠は一日仕事で学校にはいない。
だから、雪や先輩たちと過ごした。
でも、放課後までは付き合わなかった。
ユウは運命の日は二十一日から変わらないと言っていたけど、自分の目で確かめたくなってしまう。
もしかしたら、僕の行動で時間だけでなく日にちまで変わったらと、思ってしまう。
そして、彼女が無事であることを確認してから帰路についた。
……
十二月二十一日。三度目の運命の日。もう一度、この日が来た。
その日、藤代 悠は朝から学校にいた。
本来なら一日仕事、特に自身の誕生日というイベントがあるはずなのに、なぜ?
とはいえ、好都合かもしれない。これなら、午前中は彼女の様子を窺える。
問題は午後か。学校には迎えの車が来ると思うけど、懸念すべきはイベントの最中か。
そして、予想通り彼女は午前で学校を抜けるようだ。昼休みに職員室から出てくるところを見かけた。
だが、何か問題があるようだ。電話で誰かと話すその声は少し焦っていた。
「そんな…迎えの車はないんですか?…ええ、理由はわかりました。でも今、私は…はい、はい。わかりました。では、スタジオの最寄り駅までは自分で行きます」
どうやら迎えが来れなくなったらしい。これでは、移動中に狙われてもおかしくない。前回のような男がいればの話だけど。
と、彼女が動いた。僕も適当に理由をつけて早退しよう。
「雪、僕は今から早退する。先生には体調が悪くなったとでも言っといてくれ」
「はぁ?おい、そんな理由が通じるかよ!」
教室に戻るなり、雪にそれだけ言ってカバンを持って出る。
出来るだけ早く出てきたものの、見失ってしまった。
でも、彼女は電話で最寄り駅に行くと言っていた。それなら、おそらくバスか電車。そのどちらかなら、電車だろう。
学校の最寄り駅を目指して走る。
駅の入口にはそこそこ人がいる。だけど、僕は彼女を見つけることが出来た。他の人が気づかなくても僕は気づく。彼女の存在に。
改札を通る後ろ姿を追って、僕も続く。
そして、ホームではもうすぐ電車の到着を報せるアナウンスが流れる。
ホームに着いても、彼女は立ち止まらず奥へと進んでいく。しきりに周りを見ながら。
電話の内容からも分かっていたけど、やっぱりストーカーはまだいるんだ。
同じ車両に乗れるように、少し距離を詰める。
ふと、彼女が僕を見た気がした。そして、それと同時にさらに奥へと進む。
まるで、何かから逃げるように。まさかと思い、また距離を縮める。
そして、しきりに周りを見ていたせいで、電車を待っていた人とぶつかってしまう。その反動で足取りが覚束なくなる。
そして、駅に電車が入ってきた瞬間、彼女の身は線路上へと投げ出される。
それを認識した瞬間、手を伸ばした僕を彼女は見ていた。
今までにない、怯えた目を僕に向けて。
その瞬間、僕の中に一つの考えが浮かぶ。最悪の考え。どうしようもない勘違いをしていたという考えが。
同時に、彼女の体はその身に受け止めきれない衝撃を受ける。そして、周囲を凄惨な現場へと変える。
「まさか…僕が…」
浮かんだ考えは消えることなく、肥大化していく。それしか考えられなくなる。
「なんで…ちがう…僕はただ…」
周りの人があげる悲鳴は今の僕は届いていない。ただ、思い当たった現実だけが僕を支配する。
「だって…僕は彼女を…助け…る…」
違う。僕は彼女を助けようとしていた。でも、実際にしたのは全く逆だ。最後に見たあの目が語っていた。
僕は彼女を…
「なんで…なんで…僕は助けようと……」
僕が………殺した。
「あ………ああああああああああああ!!」
三度目の死は僕自身だった…