お互いの連絡先はないのだから
雪と由良先輩が付き合い始めて一週間が過ぎた。その間、僕と弥子先輩、初瀬先輩とで散々いじり倒した。
主に雪が怒っていたが、その様子が満更でもなさそうだったあたり、二人の関係は順調なのだろう。
「いつも一緒にご飯食べてるし」
「だね。あたしたちは蚊帳の外ってか」
「そりゃそうでしょ。あそこに割り込むのは難しいですから」
僕は雪の、先輩たちは由良先輩の抜けた穴を埋めるため、二人を真似して一緒にご飯を食べるようになった。
「ていうか、真白くんが私と付き合ったら、あそこに混ざれるくない?ダブルデート的な?」
「かもしれませんね」
「そうなったら、あたしが一人になるけど?」
「そこは…ほら…瑠伽も彼氏を作れば」
「そもそもあたしが新屋くんと付き合うってのもアリでしょ?」
「ちょっと私の真白くんを奪うつもり?」
「いや、弥子先輩のじゃないですから。それに、僕はお二人のどちらとも付き合いませんから」
「それは、あたしに魅力がないってこと?弥子はともかく」
「なにぃ!?」
「そうじゃないです。単純に僕にその気がないだけです」
新しい友達が出来たのはいいけど、このやり取りは面倒だな。
「さては新屋くん。既に好きな人がいるなぁ?」
「なぬ?」
「…まぁ、そんなところです」
事実として僕は彼女、藤代 悠に惹かれているだろう。彼女と共に過ごした、あの一か月で。
「そっか~その子に告白とかしないの?」
「しませんよ。向こうは僕のことなんか知らないですから」
もうあの関係は忘れられたものだから。
「ちなみに、誰?」
「言いませんよ」
「いいじゃん、別に。同じ学年?クラスは?」
「言いませんって。じゃあ、僕は先に戻ります」
「あぁ、真白くんの恋バナ聞かせて~」
「あたしも興味あるんだけど…」
「また、機会があれば」
たぶん、その機会は一生ないだろうけど。
……
教室に戻ると、そこには雪もいた。
「真白、お前もしかして」
「なに?」
「あの先輩二人のどっちかと付き合ってんのか?」
めちゃくちゃニヤついてる。これが持つものの余裕か。
「そんなわけないだろ。てか、先輩たちと同じこと言うなよ」
「んだよ。違うのか」
「雪は上手くいってるみたいだな」
「まぁ、おかげさまで」
「特になにもしてないけどな」
結局は雪が自分でしたことだ。僕たちはほとんど見守っていただけ。
「あ、若波のこと聞きたいか?話してやるよ」
「いいよ。僕が聞きたいんじゃなくて、雪が話したいだけだろ」
「だから、聞いてくれよ~」
そんな自慢話を始める雪を他所に、僕の視線は別の方向を向いていた。
廊下を移動する人だかり。その中心には決まって彼女がいる。
「藤代さん…」
周りに、雪にも聞こえないくらいの声で呟く。
彼女の死まで、残り二週間。ちょうどいい頃合いかもしれない。
「おーい、聞いてるのか真白」
……
次の日、僕の姿は平日にも関わらず学校にはなかった。もちろん、休みではない。
僕はテレビ局近くのカフェにいる。ここなら彼女が出てきた時に見つけやすい。
あと二週間。これから僕のすることは、ただ彼女の傍にいる。
運命の日は変わらない。でも、彼女を襲うものが何なのかを特定することは出来るかもしれない。今回は今ままで以上に情報がある。その全てを利用する。
一度目は分からないけど、二度目の前回は二週間前くらいにストーカーが現れた。とはいえ、その原因である僕とは今回は関わっていない。あの男が現れる可能性は低い。現れたとしても、あの凶行に及ぶことはないはずだ。
もし、人の手による死ではないなら、あり得るのは…
「事故死か…」
何かの事件に巻き込まれる可能性もあるけど、前回も前々回も目立った事件はなかった。たぶん、その可能性は低い。もちろん、ないわけじゃない。僕の行動がその未来を変えているかもしれない。
だから、最後までどの可能性も捨てきれない。警戒し続けるしかない。
と、そろそろ学校が終わった時間に彼女も出てくる。
「ここは前回と同じか」
前回はここでストーカーについて聞いた。つまり、もうストーカーはいる可能性がある。
ただ、今回は僕に電話をすることはない。僕のスマホにも彼女のスマホにも、お互いの連絡先はないのだから。
「さて…」
荷物を持って、店を出る。
前回はこの時点で、ストーカーの存在に気づいているから、車で送ってもらうはずだけど、今回は違う。
「普通に電車で帰るのか」
実に彼女らしい。いつも周りに気づかれないことを嘆いていたのを思い出す。それは今の彼女も同じみたいだ。
同じ電車に乗って、今日は僕も帰ることにする。あとは、彼女も帰るだけのはずだから。
……
そんな日が続いて一週間が経った。その間、学校には行った。彼女が学校に行くのに合わせて。
学校に行くかどうかは合わせられる。でも、休日の動きまではわからない。そもそも、僕は彼女の住所を知らない。さすがにそこまでは教えてもらってない。
いや、休日だけじゃない。平日だって全てを把握しているわけじゃない。
可能性のありそうな場所に行っても、彼女は現れなかった。僕の行動で変わっているのか。そもそもの見当違いか。
後者ならいいけど、もし僕のせいで何かが変わっているとしたら…
「手に負えないな」
そうなったら、どうしようもない。僕の想像を超えてくる。
でも、この一週間前の今日なら分かる。前回は、雪と彼女のプレゼントを選んでいた時に会った。それなら、そこに行けばいい。
あの時、彼女は息抜きに来たと言っていた。それなら、僕の行動は関係ないんじゃないだろうか。
「真白!」
でも、僕の行動で変わることもある。
「雪。なんでここに…?」
「それはこっちの台詞だ」
「由良先輩はいいのか?何か言われるんじゃないか?」
「今、それは関係ない」
珍しく、怖い目をしている。
「ずっと何やってんだよ。学校にもほとんど来てないだろ」
「雪には関係ないよ」
「ないわけないだろ!みんな心配してる。若波だって、和泉先輩も初瀬先輩も。何かあるなら言ってくれ。俺たちは友達だろ?」
そんなことを言ってくれるのは、雪だけだ。
「それなら、全部が終わったら話すよ。今度こそ上手くいくから」
「よく分かんねぇけど、忘れんなよ。その言葉」
「雪の方こそ忘れるなよ」
そこで、ふと違和感に気づく。
藤代 悠がいない。もうこの辺りに来てもおかしくないはずなのに。
「雪、学校で藤代さんを見たか?」
「なんで藤代?…はぁ、いたよ。お前は来てないから知らないだろうけど」
「なっ!?」
学校にいた?前回はこの時間まで仕事のはずでは?まさか、僕のせいで何か変わった?でも、彼女とは関わっていない。変わりようなんて…
いや、焦ることはない。多少の変化はあるだろう。それに、彼女の死は今日じゃない。
「で、なんで藤代?」
「それも、終わったら話す」
「結局全部、終わってからか。まぁ、真白が何か悪いことしてなくてよかったよ」
そんなことはしない。している暇がない。
今の僕がすることは一つだけだ。