キューピットの役目は終わり
雪と由良先輩のデートを見守ったあの日から、週が明けた月曜日。
一日ぶりに会った雪の様子が少しおかしいことに気が付いた。そして、速攻連絡を取った。弥子先輩と初瀬先輩に。
「それで、真白くん。我々二人を呼び出した用件とは?」
「はい。とりあえず、これどうぞ」
「おお、気が利くねぇ」
「ありがと」
呼び出した先輩二人にジュースを献上する。
「お二人を呼んだのは他でもありません。雪のことです」
「雪之丞に何かあったのか?」
「八坂くん、まさか…」
合わせた様に不安そうな顔をする。
「いえ、何かあったというわけではないんです。というか、分からないんで」
「じゃあ、何が?」
「なんかおかしいんですよ。明らかに様子が。上の空っていうか。だから、由良先輩はどうですか?」
なにかあったとすれば、原因は間違いなく由良先輩だ。
「うーん、若波に変わった様子はないかな。瑠伽は何か気づいた?」
「あたしも何も。いつも通りだった」
「ふーむ…」
となると、おかしいのは雪の方だけか。そうなると、分からなくなるぞ。
「そういえば、若波って雪之丞が好きなんだよね?」
「だろうね」
「そうですね。由良先輩本人は気づいてないみたいですけど」
「え、あれで?」
「はい、あれで」
「マジで?」
「マジです」
「マジか…それに雪之丞は?」
「気づいてます。この前聞きました」
そう、由良先輩は気づいてないけど、雪は気づいている。
「…もしかして?」
「ん?なになに?なんか思い当たることがあった?」
「あたしたちにも共有して。新屋くん」
「ちょっと待ってくださいね…」
今、思い当たったことを確認してみる。
あり得ないことじゃない。むしろ、今までそうならなかった方がおかしいくらいだ。
「もしかして…ですけど」
「うん」
「…」
「雪は由良先輩のことを意識し始めたんじゃないですかね?ついに」
「ほぅ…」
「なるほどね」
あの様子のおかしさは、今まで意識しなかった由良先輩を意識し始めて、そのことでいっぱいになっている。最近あったことを加味すれば、あり得ることだ。
「ふむふむ。新屋くん」
「はい。初瀬先輩」
「あたしと弥子で若波にあれから何かあったか聞いてみるから、新屋くんは八坂くんを頼んでいい?」
「任してください。ばっちり聞いてきます」
親指をたてて自信をみせる。
「弥子もそれでいい?」
「私も雪之丞の方に行っていい?」
「えっと、別にいいんじゃないですか?」
「ダメに決まってるでしょ。あんたはこっち」
「えぇ~」
「じゃあ、よろしく」
話しを切り上げたものの、昼休みの時間では少し短かったか。でも、次は雪から何か聞いてからだな。
……
「雪、ちょっといいか?」
放課後になり、帰ろうとする雪を引き留める。
「…今度じゃダメか?」
「ダメだな」
「そうか…」
もし、一度でも逃げたらもう聞けない気がした。
「どこか行くか?」
「いや、ここでいい。すぐに人はいなくなるだろ」
「ああ。よく知ってるな。いつも早く帰るのに」
「まぁな」
前に雪が教えてくれたから。覚えてないだろうけど。
「で、なんの話だ?」
ほどよく人がいなくったタイミングで雪から話し始める。
「今朝からの雪の様子について」
「…」
「めっちゃ嫌そうな顔するじゃん」
「実際嫌だからな。この話」
だろうな。だから、僕にも何も言わない。
「どうせ、あの先輩二人にも話すんだろ?」
「ああ。てか、もう話した」
「はや…」
「それで事情を聞くことにした」
「それって、若波にもか?」
「そっちは先輩たちに任せた」
「あいつに聞いても何もわからないけどな」
「雪が変わったから?」
「…」
また嫌そうな顔をする。でも、もう諦めたように笑う。
「まったく…笑うよな。今になってようやくだぜ?若波はずっとだっていうのに」
「まぁ、今更って感じだけど笑い話ではないな」
「どうせなら笑ってくれよ」
「上手くいったら、その時は盛大に笑ってやるよ」
「上手くいくか?」
「それも今更だな。そもそも雪は気づいてるって言ってたじゃないか」
「あの時とは…違う。もしかしたら、俺の勘違いなじゃないかって…」
「それはないだろ」
他人の僕から見ても、先輩たちから見ても明らかなんだから。
「じゃあ、どうするんだ?何もしないのか?」
「それは…無理だろ。何もしないなんて」
「なら決まりだな。明日、先輩たちに話そ」
「いや、それはやめてくれよ」
この後、普通に先輩たちに報告した。
その結果、意外にも二人で話しをするまでは、これ以上囃し立てるのは無しの方向になった。あの先輩たちは意外と大人だった。初瀬先輩が止めたのかもしれないけど。
……
次の日。
場所は学校。時刻は放課後。天気は晴れ。絶好のお散歩日和である。
だが、そんなことをしている暇はない。今は散歩より大事なことがあるからだ。
「雪之丞の調子は?」
「めっちゃ緊張してました。あんな雪は初めて見ました」
「まぁ、ヘラヘラしてるよかいいでしょ」
「由良先輩は?」
「若波はいつも通りだった。呼ばれた理由に気づいてないいじゃないかね」
「自分の気持ちにも気づいていませんからね」
そんな話をする僕たち三人は今、中庭の茂みに隠れている。
「てか、告白の場所を中庭にするなよ。寒いわ」
「うん。せめて中がよかった…」
「仕方ないじゃないですか。誰かに聞かれたら困るんですから」
「もう私たちが聞いてるけどな」
「それな」
「僕たちはいいんですよ」
関係ない人って話で、僕たちは例外と思ってるんだけど。
「にしても、昨日の今日で告白までするなんて、漢気あるな。雪之丞」
「それな」
初瀬先輩の語彙が「それな」だけになってきた。と、そこへ…
「あ、雪が来た」
「やっとか。若波は?」
「いませんね」
「あとから来るパターンか」
「それな」
そこへすぐに由良先輩もやってくる。
────
「お待たせ、雪ちゃん。ごめんね、遅れちゃって」
「大丈夫。俺も今来たところだから」
「でも、なんで中庭?一緒に帰るんじゃないの?」
「いや、そうじゃなくて…」
今更になって逃げたくなってきた。既に逃げられる段階ではないけど。でも、本当にいいのか。俺なんかを本当に好きなのか。今までかっこいい姿なんて見せたことあったか?そんな俺を好きになるのか?やっぱりやめた方が…
「雪ちゃん?体調でも悪いの?」
黙った俺を見て、若波が心配そうに顔色を窺ってくる。
「それは大丈夫。その…話しがあるんだ」
ここまで来たんだ。もう覚悟を決めろ。
「そうなんだ。じゃあ、私も話していい?」
今、思いついたように俺の言葉を遮る。
「いいけど。俺の後じゃダメか?」
「すぐ終わるから」
「それなら、まぁ」
もう覚悟は決めたんだ。そう簡単に揺らいだりしない。
「じゃあ、私から」
こほん、と一つ咳払いをする。
「私は雪ちゃんのことが好きです。ずっと昔から」
「え……?」
今、なんて?なんで、若波が先に…
「聞こえなかった?私は雪ちゃんが好きって言ったの」
「違う。なんで?お前が先に言うんだよ。だって、気づいてないんじゃ…」
「なにが?」
まるで分からないと言った感じで首を傾げている。
「若波が俺を好きなのは知ってた。でも、お前はその気持ちには気づいてないと」
「そんなわけないでしょ。昔から私は雪ちゃんが好きだよ?ずーっと前から気づいてるよ」
「…」
開いた口が塞がらないとは、まさにこのこと。衝撃だ。まさか、若波が自分の気持ちに気づいていたとは。
「はい。私の話は終わり。次、雪ちゃんの番」
「俺の話は、お前がもうしたよ」
「え、どういうこと?」
それには気づかないのか。
「俺も若波が好きだってこと」
「えぇ!?そうなの!?」
「そんなに驚くことか?」
驚いたのはこっちだっていうのに。
「だって、雪ちゃん今まで全然そんの素振りみせなかったから」
「最近、気づいたんだ」
「そっか~私の努力が報われたよ~」
「努力?」
「今までどれだけ雪ちゃんにアピールしてきたか」
「あー…」
今までの行動は全部そういうことだったのか。
「だから、嬉しい!雪ちゃんが私を見てくれて」
「随分と遅いけどな」
「それでもいいの。これから、その分を取り返していくから。雪ちゃんも一緒に」
「それは大変そうだな」
でも、楽しみだ。これから若波と歩く道のりを想像すると。
────
「まさかの展開だ」
「いや本当に」
「びっくりですね」
三者一様、全員が同じ反応である。まぁ、当然だ。無自覚だと思っていた由良先輩が実は自覚ありで、しかもここで告白するなんて。誰が予想できただろうか。
「まさか、若波が先に言うなんて」
「あれには驚いた。おかげで寒さを忘れたよ」
「でもまぁ、結果的に上手くいったのでよかったですね」
「そうだね~」
由良先輩の行動には驚いたけど、これで三人のキューピットの役目は終わり。勝手にしたことだけど。無事、ハッピーエンドだ。
「それはそうと、二人はもう行った?」
「あ、手繋いで帰ってますね」
「早速いちゃつきやがって」
弥子先輩がめっちゃ悪態ついてる。
「じゃあ、中に戻ろ?熱が引いたら寒くなってきた」
「もしかすると、あの二人が熱源だったのでは?」
「マジか。熱すぎる」
「今度温まりに行くか」
「そうですね。今日はお預けってことで」
というわけで、温まりに行くことが決まった。