三度目の十一月二十一日
三度目の十一月二十一日。それは僕が失敗した何よりの証。だから、もう同じ死を繰り返させない。
二度目の反省を踏まえて、僕は自ら藤代 悠には関わらない。僕が近くにいれば彼女に死を招くのなら、ただその時を待てばいい。
彼女に凶器が牙を剥く時、僕が守れればそれでいい。
彼女と話せないこと、彼女の輝く笑顔を一番近くで見られないこと、もうプレゼントを渡すこと、その全てが出来ない。
それでも、藤代 悠が助かるのなら、生きていられるのなら僕の気持ちは些細な事だ。
「いってきます」
三度目の同じ朝だ。
……
一か月前に戻った初日は、藤代 悠は学校に来ていた。前回は初めから声を掛けようとしていた。
でも、今回は違う。
だから、昼休みの時間になっても購買には行っても、彼女の横を素通りする。お互い、話しかけることもなければ、見向きもしない。それでいい。それで…
今までと変わらずに過ごして、最後に彼女を助ける。一度目をなぞる形だ。
一度目の死の場所は分からない。でも、時間は分かっている。だから、その時間だけは絶対に近くにいなければならない。
逆を言えば、それ以外の時間は離れておけばいい。簡単なことだ。
「はい、頼まれたコーヒー」
「サンキュー…って俺はコーヒー飲めねぇよ!」
前回と同じでは味気ないと思って、コーヒーを買ったけど僕と同じで飲めないらしい。
「じゃあ、飲める人にでもあげていいよ」
「はぁ、ついでに新しいの買ってくるか」
とぼとぼと教室を出ていく。
「結局、買いに行くことになるなんて」
今の僕に頼んだのが運の尽きだったな。
────
「はぁ、誰かコーヒー飲めるやついたかな?」
真白のやつ、俺がコーヒー飲んでるとこなんて見たことないだろうに。
「えーと、そういえば若波なら飲めるかも」
というわけで、一つ上の階の二年の教室へと向かう。
「確か、三組だったような…」
外から教室の様子を窺ってみる。
「うーん、わからん」
「そこの君、うちのクラスに何か用かい?」
「ん?」
そんなことをしてると、後ろから声が聞こえる。
「そう、君だよ。ここは一年の教室じゃないよ~」
「それは分かってます。ここに用があって…」
「誰?呼んでこようか?」
「ありがとうございます。若波…由良 若波っていますか?」
「ほほう、若波の知り合いかぁ。…彼氏?」
急に距離詰めてきた。この人は若波の友達か?
「いや、違いますよ。俺は…」
「まぁまぁちょっと話そうじゃないか。時間はあるでしょ?」
「え?ちょ、っと、俺は若波に用が…」
そんな抵抗空しく、近くの空き教室に連れていかれる。
中に入ると、既に一人待っていた。
「こんな所に呼んで、どしたの?」
「聞いて~この子、若波の知り合いで~」
「一年…?てか、なんで連れてきたわけ?」
「興味あるじゃん?若波の男事情」
「あーね」
もう一人が妙に納得したような顔をする。俺はこれからどうなるんだ。
「とりあえず、お互い自己紹介といこうか」
「もしかして名前も聞いてないの?」
「うん」
「マジかよ…」
俺も、マジかよって感じ。
「それは今からするから。私は、和泉 弥子。弥子って呼んでいいよ」
「あたしは初瀬 瑠伽。こいつと若波と同じクラス」
「はぁ。俺は八坂 雪之丞です」
「雪之丞…変わった名前だね」
「あんたほどじゃないでしょ、弥子」
「なに~?私のどこが変わってるって?」
「いきなり後輩を拉致ってくるとこ」
うん、それは確かに変わってる。
「ちょっと、今頷いたでしょ」
「いえ、そんなまさか」
「ほんとに~?」
「それより、肝心の若波は?」
「置いてきた。私らだけで話そうと思って」
「なんで置いてくる?」
「だって~」
「だってじゃないから。若波も呼ぶから」
「え~」
よかった。まともな人がいてくれて。初瀬先輩には感謝しないと。
「ありがとうございます。初瀬先輩」
「いいよ。こっちこそごめんな。迷惑かけて」
「大丈夫です。驚きはしましたけど迷惑だとは思ってないので」
初瀬先輩が連絡をしてから、一分も経たないうちに若波はやって来た。
「雪ちゃん!大丈夫!?」
ドアをものすごい勢いで開けて。
「やっほ~若波にお客さんだよ~」
「弥子ちゃん、それは普通教室で言ってほしかったです」
「ほんとにな」
若波という助け船が来たのはいいけど、この状況からは逃げられそうにないな。
────
昼休みの終わりを告げるチャイムは鳴っても、雪は帰ってこなかった。一体、どこまで買いに行ったんだ?
驚くことに戻ってきたのは放課後になってからだった。そして、かなり疲弊した様子で。
「雪、あれからどうしたんだ?」
ともなれば、友人を心配するのは当然だ。
「ああ、いや…まぁ…」
返事すらまともにしない。本当に何があったんだ?
そんな疲れ切った友人を心配していると、クラスメートが僕を呼ぶ。
「新屋くん」
「ん?」
「あなたを呼んで欲しいって、二年生の先輩が」
二年生?先輩に知り合いはいないはずだけど。
「わかった。ありがとう」
用件はそれだけだったらしく、そそくさと教室を出ていく。
その姿をなんとなく見送って、教室の入口を見る。長い黒髪が印象的だけど、やっぱり知らない人だな。
「あの…」
「あ!君が真白くん?」
「え、あ、はい」
いきなり名前で呼ばれて少し狼狽える。僕を名前で呼ぶ人なんて家族と雪、それに…藤代 悠くらいだ。
「えーと、雪ちゃん大丈夫そうですか?」
「雪ちゃん…雪之丞のことですか?」
「はい。今日のお昼から帰ってこなかったじゃないですか」
「そうですね。帰ってきたと思ったら疲れ切ってました。何か知ってるんですか?」
「それは…その…」
言いづらそうに苦笑している。知ってるんだ。
「とりあえず、ここで話すのも他の人の迷惑ですから移動しませんか?雪ちゃんも連れて」
「わかりました。呼んできますね」
この提案を断る理由はない。藤代 悠のことは、今は待つことしかできない。それに、雪のことが気になるのも事実。
……
場所を近くのファミレスに移して、改めて軽く自己紹介をする。
「えーと、では改めまして。私は由良 若波です。高校二年生です。部活は入ってません。雪ちゃんとは幼馴染です。特技は…えーと、雪ちゃん。私の特技って…って寝てる!?」
まったく軽くない自己紹介は、雪の状態に気づいて中断となる。この人、由良先輩と雪は幼馴染なのか。それなら、先輩の雪ちゃん呼びにも納得だ。
「雪ちゃ~ん、起きて~」
隣に座っている先輩が雪の肩を揺するが、起きる気配はない。ちなみに、僕は二人と向かい合う形で座っている。
「寝かしてやりましょう。相当な苦労があったようなので」
「そうですね」
「あと、一応僕も自己紹介を。…新屋 真白です。雪とは高校で知り合った仲です。一応、僕の親友です」
「おお~!親友!いいね」
小さく手を叩いてはしゃいでいる。なんか可愛らしい人だな。
「それで、早速ですけど雪がこうなった原因を聞いてもいいですか?」
「うーん、それはですねぇ、簡単に言うと私の友達が原因です」
「まさかとは思いますけど、雪が襲われた、とかじゃないですよね?」
「ちょっと…質問攻めに合いまして…」
困った様に苦笑する。その顔は可愛らしいけど、言ってることは恐ろしいな。
「それであんなに疲れるものですかね?」
「あの先輩二人、容赦がなさ過ぎた」
僕の疑問に答えたのは、倒れ伏していた雪だ。
「俺と若波について根掘り葉掘り聞かれた。なんでそんなに聞きたがるのか、まったく分からない」
のっそりと上体を起こして、なにがあったか説明する。
「それはたぶん、今まで私にそういう話が無かったからじゃないかな」
「そういえば、そんなことを言ってたような…」
「ああ…そういう」
でも、それはそうだろうなと、納得してしまう。誰が見たってそう思う。彼女の、由良先輩の雪に対する態度だけが特別だから。このことに雪は気づいているのだろうか。
「あ、雪ちゃん。喉乾いてない?何か持ってきてあげるね」
「助かる~」
甲斐甲斐しく雪の世話焼きをしている。これ、気づかないわけないよな。
「なぁ、雪」
「ん?」
「お前、気づいてるよな?」
「なにが?」
「……まぁいいけど」
「…気づかないわけないだろ」
そのまま白を切るかと思ったら、あっさりと白状した。
「だったら、どうして?」
「どうしてだって?決まってるだろ。あいつがその気持ちに気づいてないからだ」
「そっか…」
自分で決めているなら、それでいい。いや、でなくとも決めるのは雪だ。僕じゃない。
「はい、お待たせ~。これは新屋くんの分ね~」
「ありがとうございます」
特に頼んだわけでもないのに、よく気が回る人だ。
「それで?何の話をしてたの?」
「いや、それは…」
「若波が鈍いって話」
「えぇ!なにそれ、ひどいよ。初対面の新屋くんにする話じゃなくない?ていうか、私鈍くない!」
「はいはい、自覚のないやつは皆そう言うからな」
「もぉ~!」
由良先輩がぷりぷりと怒っている。仲いいなぁ。この二人を見ていると微笑ましい気持ちになってくる。
雪に質問攻めしたっていう先輩二人の気持ちが分かるような気がする。
今度話す機会とかないかな。この二人について会話が弾むと思う。また、聞いてみるか。