運命の日、前日
運命の日、前日。いつもと変わらない時間が流れる。いつも通り起きて、いつも通り学校に行く。そんないつも通りの中、明日は違う日になるだろう。
ただ、それは少し違うだけだ。藤代 悠が少し危険な目に合うだけで、それ以外はいつもと変わらない。
そうする。そうしてみせる。僕が彼女を助ける。
そんな確固たる意志を持っていても、学校は憂鬱に感じる。
「僕の意志って弱いのか?」
学校の門をくぐる自分の心境に、思わずため息を吐く。
だめだな。今からこんなんじゃ、何ができるか分かったものじゃない。
「気をしっかり持たないと」
「プレゼントのことか?」
そんな独り言を言っていると、後ろから雪が現れた。
「まぁ、そんなとこ」
「大丈夫だって。藤代の方から言ってきたんだろ?だったら、脈ありだろ」
「脈ありとか、そういう話じゃないんだけど」
そもそもアイドルの恋愛はご法度じゃないか。そうなりたいという気が、ないわけじゃないけど。
「今日は来てんのか?」
「藤代さん?来てないよ。明日、時間作ったから今日その埋め合わせだって」
「ほほう。その言い方だと、まるで真白のため、みたいだな」
「…」
事実、そうであるため否定はできない。ただ、からかわれるのが目に見えているので肯定もできない。
「ん?マジでそうなの?」
「…」
「おーい、真白くーん」
「…」
「無視しないでー」
「…」
そのまま教室まで黙秘を決め込んだ。
……
『真白くん』
『返信求む』
『はい』
『明日のことだけど』
『前と同じ時間でいいかな?』
『いいと思う』
『渡すだけなら時間かからないし』
『渡すだけなの?』
『違うの?』
『やっぱりその場で開けて』
『楽しみたいなって思うわけですよ』
『まあそれくらいなら』
『じゃあそゆことで』
『楽しみにしてるね』
『期待はほどほどに』
僕の返信の後に、パンチをするネコのスタンプが送られてきた。これは、碌なものじゃなかったら殴るぞ、という意味だろうか。
「それは考え過ぎか」
そんな暴力的な人ではないはずだ。
「まーた藤代か?まったく俺という人がいながら…」
「その嫉妬してるみたいな言い方はなんだ?普通にキモいな」
「おいおい、それが親友に言う言葉かよ」
「だからこそ、言ってる」
「なんだよ、照れ隠しか?」
「はっはっは。キモいなぁ」
「全然顔が笑ってないぞ。本気じゃないだろうな」
ま、それは冗談として。明日に向けて、今更できることは少ないけど準備はしておこう。
「それはそうと雪、明日ちょっとだけ早く来ることって出来る?」
「明日?藤代となんかあるのか?」
「そういうこと」
「て言ってもどれくらい早く?場合によっては難しいかも」
「三十分くらいかな」
「うーん、相談してみるか…」
誰かと朝早くから予定でもあるのだろうか。いや、あり得るか。僕がそうなんだから。
「行けそうなら行くけど、期待はしないでくれ。あいつは寝坊助だから」
「…あいつ?」
「こっちの話」
ふむ。ここ最近、雪が遊ばなくなったのはその人が原因か?まぁ、どうしようとも雪の自由だ。
「じゃあ、今日は解散でいいか?明日のことは可能なら今日中に言うってことで」
「うん、でも無理はしなくていい。あくまでも保険みたいな感じだから」
「そうか。でも、真白の頼みだから頑張ってみる」
そう言って、淡い夕焼けに染まった教室を後にする。
冬の日は短い。すぐに夜が訪れる。でも、明日は間違いなく長い一日になるだろう。