手袋とマフラー
残り一週間を切った、二つの意味での運命の日まで。休日でも相も変わらず、その日の彼女のためのプレゼントを選ぼうと外に出る。つもりだったが、思わぬ形で行うこととなる。
「なんで、母さんと一緒なんだ…」
「いいでしょ、別に。たまには悪くないから」
「はぁ、やりたいことがあるって言ったのに」
一人で出かけるつもりだったのに、まさか半強制的に連れてこられてしまった。
あんまり時間はないっていうのに。もう来週なのに、一週間もないのに。
「あれでしょ?前に言ってたプレゼント。ここでも選べるじゃない。むしろ、選択肢は多いくらい」
「まぁ、確かに」
母さんの目的は知らないけど、車で家から少し離れたデパートに来ている。母さんの言う通り、ここには色々あるけど…
「多すぎても、迷うだけなんだよな」
選択肢が多いのはいいことだけど。もう少し、候補を絞ってみようかな。
「それじゃあ、お母さんも買い物してくるから。終わったら連絡するから、ちゃんと見ること」
「え?一緒に行くつもりだったんだけど」
「プレゼント選びは一人でしたいでしょ?ゆっくり見てきなさいな」
「…わかった」
「気を付けてね~」
まさか、こんなことを言われるなんて思ってもいなかった。てっきり、荷物持ちをさせられるとばかり。もしかして、今日ここに来たのも、僕のために?
「これは、いいもの選ばないとな」
俄然やる気が湧いてきた。僕の推測でしかないけど、たぶん合ってる。母さんなら、すると思う。感謝しないとな。
「とは言ったものの、どうしようか。アクセサリーの身に着ける系は…ちょっと重いか?かといって、食べ物渡してもなぁ。うん、食べ物は無しだな」
とりあえず、選択肢の一つは絞れた。この調子で、減らしていこう。
……
「うーん、どうしようか」
小一時間悩んだが、特に進展はなし。そもそも、どういった物にしようか。
「長く使える物か、今の季節に使える物でもいいな」
…今の季節。冬に使える贈り物といえば。
「べただけど、そっち方向でいいか」
そう決まれば、早速見に行こう。
来た事がないデパートを案内図も見ずに移動できないので、都度、確認しながら目的の店に向かう。
「はぁ、やっと着いた。この建物広いし、複雑すぎる」
何度か迷子になりかけたぞ。無事に着いたけど。
「さて、どんな物にしようかな…」
冬物の服が所狭しと並んでいる中を、進んでいく。今の目当ては、服ではないのだ。
店の一角にあるコーナーの前に立つ。
「ふむ、色々あるな。てか、手袋とマフラー、どっちにしよう」
手袋に関しては、結構違うな。
「ミトンって、かわいいな」
藤代 悠が身に着けている姿を想像してみる。
「うーん、結局なにしても似合うんじゃないか?」
モデルが良すぎるのも問題だな。どれも選択肢から外せない。
「マフラーもいいな。今の時期なら、巻いていれば顔も隠せるし」
ほとんど変装をしない彼女にはうってつけだ。
「あの~何か探してます?」
マフラーやらミトンやらを手に取って、悩んでいると後ろから声を掛けられる。
「ちょっと贈り物を」
店員だろうか。長く黒い髪を頭の高い位置で一つ括りにした女性だ。中々決めない僕を見かねた、といった感じかな。
「なるほど、贈り物ですか。ちなみに、相手は女性ですか?」
「はい、よく分かりましたね」
「ずっと可愛らしいものばかり手に取るので」
うーん、意外と長い間見られてたみたい。ちょっと恥ずかしいな。
「マフラーか手袋で悩んでる感じですか?」
「そうですね。女性的には、どっちを貰ったら嬉しいとかあります?」
「その方との関係にも、よりますけど…彼女さんですか?」
最近、この手の話題が多いな。僕もそうだけど、雪もあるかなぁ。
てか、もう否定するのも面倒だな。それに、その方が話が分かりやすい。
「まぁ、そんなところです」
「だったら、あなたの好きなほうでいいと思いますよ。好きな人からプレゼントを貰えたら、それだけで嬉しいですから。私がそうなので」
自信ありげ、といった顔をしている。
「そういうものかなぁ」
「まぁ、参考程度に考えてください。ちなみに、私はこの柄が好きです」
そう言って、雪柄のミトンを手に取る。
うん、確かにかわいい。やっぱりどっちも良いな。いや、これでは振り出しに戻ってしまう。どうしよう。
「う~ん…」
「どうします?どうします?」
隣で店員さんが、ウキウキしてる。そんなに楽しむ要素があっただろうか。
「よし、決めた!」
……
自分の買い物が終わり、母さんに連絡したところカフェで休んでいるとのこと。また、案内図を見ながらデパート内を移動した。
本当に広い。着くまでに十分くらいかかった。
「あ!真白~こっちこっち~」
ゆったりとコーヒーを飲んでいた。そして、ここに来た当初と荷物の量が変わっていない。
「母さん、買い物は?」
「まだ。やっぱり荷物持ちは必要かなって」
「…」
そんなことだろうとは思っていたけど。
「そんな嫌そうな顔しないで。ほら、コーヒー頼んでいいから」
「僕がコーヒー飲めないの知ってるでしょ」
「じゃあ、ジュースでもいいから。まずは座って」
仕方ない、大人しく従おう。ここに連れてきてくれたから、プレゼントは決まったようなものだし。
「それで?プレゼントは決まったの?」
「見ての通り」
プレゼントの入った紙袋を掲げてみせる。
「それもだけど。何にしたの?」
「言わないとダメ?」
「だって、気になるじゃない?真白が誰かに贈り物なんて。それも女の子に」
「女の子って言った覚えはないけど」
「でも、そうでしょ?」
「…」
そんなに分かりやすいのだろうか。確かに、誰かに贈り物なんてしたことないけど、男友達の可能性だってあるはずなのに。
「それで、どんなものをあげるの?」
「…」
「おーい」
「…」
「お待たせしました」
そこへ頼んだオレンジジュースが届く。ナイスなタイミングだ。
「まぁ、言いたくないなら別に。気になるけど」
「言わないから」
僕がオレンジジュースを飲み終えると、店を出る。
「それじゃあ、ぱぱっと買い物して帰ろうか」
「そんなすぐに終わるの?」
「大丈夫。真白と違って、予め買うものは決めてあるから」
「そうですか…」
僕と比べる意味はあったのか?それとも、買ったものを見せなかった嫌味か。
……
「ふぅ~ただいま~」
「はぁ、荷物多すぎ。手が痛くなった」
あれから、言った通り手早く買い物は終わったものの、その荷物の量は多かった、かなり。
「これじゃあ、一人では運べないわな」
「そうでしょ?助かったわ~ほんと」
「僕も助かったから別にいいよ」
「それ、いつ渡すの?」
多くの荷物を下したが、一つだけまだ手に持ったままの袋を指差す。
「来週。二十一日に」
「ふーん。日にちは決まってるってことは、誕生日とか?何かの記念日?やっぱり…」
「もう部屋戻るから」
同じ質問をされる前に、さっさと逃げよう。これ以上は面倒だ。
「もう、ちょっとくらい教えてくれてもいいのに」
からかわれることが請け合いなのに言うわけがない。
思わぬ形ではあったが、無事プレゼントを用意することができた。
あとは、これを渡せるように彼女を助けるだけだ。