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君がそれを罪と言うなら、俺も一緒に背負うから

作者: fuyu


 「射ね」


そう言って、君が出現させた氷の刃が君自身の身体を貫いたとき、俺の世界は色を失くした。君が自死を選ぶほど苦しんでいたこと、わかっていたはずだったんだ。だって知らないじゃすまされないだろう。俺が追い詰めた。俺が君を苦しめていた。



俺は・・・・君の婚約者なのに。



俺は狂ったように叫んで、君の体を抱き上げたけど、血がドクドクと流れ出し止まらない。苦しいはずなのに、痛くないわけないのに、君は微笑んで最後の言葉だとでもいうように、俺に愛してると告げる。


嫌だ・・いやだ、いやだ、だめだ!ふざけるな!俺を置いていくなんて、絶対に許さない。


君が、この世からいなくなるなんて、君が、俺の前から消えてしまうなんて、()()こりごりだ。


「頼む、俺を独りにするな、アマンダ・・」

俺が呟いた言葉は、なぁ、君に届いただろうか。みっともなく涙を流して縋り付く俺をさ、君はきっと「そんなダレン様も大好きですよ」っていつもなら少しはにかんで答えてくれただろう。


なのになんで、君の口はもう動かないんだ、なんで目を開けてくれないんだ。どうして、君は・・・・・・


「アマンダ・・・・・!!!!!」


一人の男の慟哭が、会場に響き渡っていた。




******




アマンダ・ロータス侯爵家の令嬢と婚約を結んだのはまだほんの小さい時だった。家格や利害を鑑みての結果だろうが、俺は初めてアマンダに会った時にはもうその愛らしい笑顔に惹かれていたんだ。剣を振ることが好きな俺と、図書館で本を読むことが好きな君。共通点は無かったのかもしれないけれど、それがきっとお互いに心地よかった。


読書をしている君を驚かさないように、そっと隣に座って君を眺めるのが好きだった。その細い指で紙をめくる仕草も、時折夢中になりすぎて前のめりになってしまっている時も、本の匂いも、窓からのやわらかな日差しも、君がいる空間全てが愛おしくてたまらなかった。

たまにそのまま寝てしまったとき、起きたら君がこっちを見て微笑んでいることに俺の胸は高鳴っていたのを、君は知っていただろうか。



君は魔力が高く、水の魔術が得意だったから、よく二人でいる時に水で動物を作って俺に見せてくれた。どんなリクエストをしても水と氷で作ってしまうあの光景は忘れられないな。水がキラキラ輝いて、ここは天国かなと思ったほどだ。俺は君が作り上げる魔術が大好きだった。



思春期を迎える頃には、すっかりと婚約者というより恋人という言葉がしっくりくるような距離になったけど、その前からずっと、俺にはアマンダしか見えていなかった。

とびきりの美人じゃない、何かが突き抜けて秀でているわけではない、でも俺を見て微笑む優しい視線に溺れていた。あたたかみのある茶色の瞳に見つめられれば、これ以上ないほどときめいた。俺の隣には、君さえいればよかったんだよ。アマンダ。


頬を赤くして喜ぶ君が大好きで、小さい時には君が読む冒険譚の主人公を真似して剣を振るっていたな。大きくなってからは、気障ったらしく宝石の贈り物なんかもしてみたけれど、君は俺が自分で街に行って買ってきた焼き菓子にいたく感激してくれて。剣だこのできた節くれだった俺の手をぎゅっと握り締めてお礼を言うのをまぶしい気持ちで眺めてた。あぁ、俺が自然体でいられるのはここなんだ、と示してくれた。


特別じゃない時間が、本当に特別だと思わせてくれた。何気ない毎日が君がいるだけで鮮やかで、色彩に溢れていた、なんて言えていたら、もっと結果は変わっただろうか。もっと俺の気持ちを惜しむことなく伝えていたら、君は今でも俺を信じてくれていただろうか





君がいきなり変わったのは・・・そうだな、学園の第二学年が始まってすぐくらいだった。まずあまり本を読まなくなったのが気になって何か悩みでもあるんじゃないかと聞いた時あたりからだったはずだ。君の態度がよそよそしくて、君の瞳にいつもあるはずの熱もなくて、とても心配していた。



それからの君は、全くの別人かのように変わってしまった。甘い蜜を求めて舞う蝶のように様々な御子息たちに話しかけるようになった。時には、腕を絡ませて。また時には熱く見つめ合って・・。

どんなに俺との話し合いの場を設けようと思っても、歯切れ悪く断られる。邪険にされている自覚はあった。棘のある言葉を投げられることもあったから。



俺の前から、突然最愛の人が消えてしまったんだと感じた。それでも諦めるつもりはなかったって言ったら、信じてくれるか、アマンダ。


どうすればいいか考えあぐねいていた時に、俺に話しかけてきたのは君が親しくしようとしていた御子息たちだった。婚約者の気持ちも繋いでおけない俺を笑いにきたのかと。でも、違ったんだ、そんな話じゃなかった。



彼らから聞いた話に、俺は耳を疑ったけれど、腑に落ちたと言えばそれまでだった。

俺には魔力はほとんど無い。剣に強化をかけられる程度のものだ。そして彼らは自分たちは魔力が高く、人の魔力は色がついて見えると言った。授業でそんな話を聞いた気がするし、そうか、と思ったけどそれがどうしたとも思った。


「アマンダ嬢の魔力質が明らかに以前と異なっている。暖かみのある黄色と水色に囲まれていたはずの彼女が今は濃く赤い魔力をまとっているんだ。まるで別人のようだが、何か心当たりは無いか。」


頭を鈍器で殴られたような衝撃だった。うそだろう?君が、本当に消えてしまっていたなんて。魔力質が変わることなんてありえないんだよ。持って生まれた体質を変えることなんて出来るはずがない。そんな方法があったら、賢者はとっくに生まれていたはずなのだから。


そして彼らはこうも言った。


「だが・・私たちは彼女を突き放すことはできない。何があったのか、彼女が彼女であるのか、別人であるのか、邪悪なる者なのか、見極められるまでは彼女の好きなように行動させるしかないんだ今は。王家も動き始めている。上が動いた以上、個々の感情は殺すしかない。私たちも、自分たちの婚約者にのみ知らせているだけだ。」



しっかりと彼らの言葉を聞いていたはずなのに、なかなか頭に入ってきてはくれない。

邪悪なる者だと?君が悪魔憑きになったとでも言いたいのか。そんなわけない、悪魔憑きとは醜悪な心を持ったものが悪魔に魅せられるのだ。君がそんな心を持っていたはずない。俺は信じない。絶対に違う。



アマンダ、君は今どこにいる?今、どこで何を感じているんだ?心細くはないか?一人きりで泣いてはいないか?

・・・・君の魂は、まだ俺の近くにいてくれているだろうか。俺には、君を感じることができないんだ。



魔力質さえ見えない俺は、無力で何もすることが出来ない。俺はその夜、泣いて、泣き叫んで、声が枯れるまで君を呼んだ。でも、俺にはわからない。アマンダが苦しんでいるのか、まだこの世のどこかにいるのか、何も、何も、わからない。どれだけ自分の無力さを嘆いたとて、君は帰って来ない。君はどこにもいなかった。


何度か君を見かけた時に、見ているのが辛くて目を逸らしてしまったこと、今では本当に後悔している。見慣れていたはずの君の顔が別人に見えた。君の行動が怖かった。でも俺は君に向き合うべきだったよな。心からあの時のことを後悔している。



夏季休暇前のパーティーで俺は君のエスコートは叶わなかった。一人で行くと聞いた時、あぁ、本当にもう君は君ではないのだと実感したんだ。前まで君の隣にいるのは当たり前に俺だった。もうその役目は俺ではないんだと、悲しくてしかたなかった。どうやったら、取り戻せるだろう、どうしたら君は俺のもとへ帰ってきてくれるだろう、そんなことしかもう考えられなかった。



パーティー当日、会場に入ってすぐの所で伯爵家のエミリー嬢に話しかけられたんだ。彼女は第二王子と婚約関係にあって俺たちの事情を知っていた。第二王子は公務で隣国へ赴いているから今日は兄と来たのだと彼女は言った。

彼女のお兄さんが飲み物を取りにその場を離れた途端、彼女は内緒話をするように俺に言ったんだ。


「アマンダ様の魔力をわたしを媒介にしてお見せすることができるかもしれません、あなたはそれを望んでいるかは分かりませんが、何か手掛かりになればいいと思うのです。以前の彼女と親交がありましたが、彼女の魔力質は本当に綺麗で、心が洗われるような、心に染み込むような、そんなお色でした。私は彼女の纏う空気がとても好ましく思っておりました。」



俺はそれを聞いた時、思わず微笑んだ。君は、俺の知らないところでも慕われていたんだな。君が存在するだけで誰かの心を癒していたんだな。俺だけじゃない、みんな、君が戻ってくるのを待っているのだと。


「お願いします、俺にも彼女の今の色を見させてください。どんなことでも、何かのきっかけになるのなら諦めたくないんです。」


エミリー嬢の魔力を媒介にするので彼女の手に触れ、周りを見ればいいのだと言われた。その通りに少しだけ触れさせてもらい、アマンダ、君を探した。君を見つけて禍々しいまでの赤い魔力を見た、その途端・・・・




パリン




会場の中で大きな割れる音がした。


俺はその音よりも何よりも、信じられないものを見たんだ。君の纏う魔力が、黄色と水色に変わっていた。とても暖かくて、泣きそうになるくらい、綺麗な、俺の愛しい君のイメージにぴったりの、初めて見られた君の色。



「アマンダ!!!!!!アマンダ!!」



俺が駆け出したのと同時に、君は魔術式を紡ぎ、氷の刃を出現させた・・・・。俺は訳が分からなくて、君がその刃で俺を貫くなら、もうそれでもいいと思った。君の瞳に少しでも映りたいと願った。無我夢中で君に向かっていた。



・・・・・・。


あとは君の知る通りだよ、アマンダ。氷の刃は無情にも君の体を貫いたんだ、君の意思で。そう、君の意思で。


愚かな俺はその時にやっと気付いたんだ、君は君の近くで全部見ていたんだと。周りの人からの噂も、俺の態度も、全部全部見ていたんだと。君はそれを罪だと思ったんだろう。自分自身を穢らわしいと感じてしまったんだろう。他の男に触る自分を許せなかったんだろう。そして・・・・他の女性といる俺を見つけたんだろう?



なにが君を守りたいだ。なにが君の魂を感じたいだ。君を蔑ろにしていたのは、紛れもなく、俺だった。軽率で考えが足りなかったのは俺だったのに。君は、ごめんも言わせてくれない。


全てのものを一人で背負って、それを君の罪だと信じ、自死の道を選んだんだ。


俺が君に伝えればよかったんだ、愛していると。どんなに邪険にされても、毎日君に会いに行くべきだった。俺の気持ちを伝えるために。君に罪なんてなかったんだ、間違えたのは、俺だ。


「頼む。俺を独りにするな、アマンダ・・」


君がいなくてこれから俺はどうやって生きて行ったらいい。どうやって息をすればいい。お願い目を開けてよ。頼むよ。






*********






今日もダレンはアマンダの病室を訪れていた。


あの時、王家もアマンダを警戒してのパーティーだったため、戦闘魔術・治癒魔術に特化した精鋭部隊を会場に送り込んでいたのだ。

泣き叫ぶダレンを必死に説得しながら、彼らはアマンダに治癒魔術を施した。が、致命傷になり得る深さの傷だった。アマンダの覚悟が見て取れるほどの鋭さだった。


彼女は一命を取り留めたもののもう半年、目を覚ましていない。そこに毎日、ダレンは訪れている。


「今日は君の好きな焼き菓子を持ってきたんだ。外は寒くなってきたからね、温かい紅茶といっしょに食べたら、きっと幸福だろうな」


「・・・・。」



「なぁ、アマンダ。聞こえるか。毎日、女々しくも君の目覚めを待つ俺を君は笑うか。それでもいい、俺のことを蔑んでも、見下しても、どんな感情でもいいんだ。俺にぶつけてくれるなら。君の全てを受け止めたい。聞こえるか、アマンダ。戻っておいで。君がどんなに嫌がったとしても、離さない、離れないよ。愛してる。」






*********




アマンダは自らを貫いたあの日から、また身体の自由がきかなくなったが、体に別の人格が転移していたあの頃のように全てが見えていた。


毎日ダレンの話を聞いていた。毎日、毎日、懺悔するかのような彼の独白を。そして今日・・・・



パリン





またあの日と同じように大きな割れる音がした。






彼女のベッド脇に座り、手を握っているダレン。彼がアマンダの瞳にもう一度映るまで・・・あと数秒。















アマンダが目を覚ました時、一番幸せなのはダレンが隣にいることです。二人が今後幸せになればいいな、と思いながら書きました。お読みいただき、ありがとうございました。

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[良い点] お昼休みにスパゲッティを待ちながら読みました。 なんだかもう、ふたりの絆が眩しくって、切なくて。 涙ぐんでいたところに店員さんに、テーブル席空きましたって声をかけられてちょっと焦りました!…
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