病
目覚まし時計が鳴って朝の起床時刻を告げる。
ぼんやりとし意識が次第に覚醒していく。
外は雨だ。こういう日は憂鬱になるがもう慣れたもんだ。手早くパジャマからスーツに着替えて2階の寝室から階段を降りる。洗面台で顔を洗いリビングへ。
珍しく未来はまだ起きていない。トーストをオーブンで焼いて未来の分のコーヒーを淹れてる間に起こしに行こう。
「未来」
部屋をノックして中へ入った。
オレの声で布団の中でモゾモゾ動く気配がした。
「朝だよ」
コーヒーもトーストも準備してある。
「…うーん」
未来が起きて伸びをする。
「おはよう」
「…おはよう」
眠気まなこの未来は半分夢の中だろうか。
未来がベッドから出ようとして一瞬フラついてよろめく。
咄嗟にオレは未来の体を受け止めた。
「大丈夫か?」
「うーん…大丈夫大丈夫」
そうは言ってるが少し顔が赤い。オデコに手を当てる。
「お父さんの手、ひんやりして気持ち良いね」
そんなこと言ってる場合か。
熱があるのだろうか、少し熱かった。念のため体温計で測った方がいいな。
大丈夫と言い張る未来をベッドに寝かせた。体温計がピピと鳴る。
「…36.4」
念のため体温計を確認しようとして未来から体温計を借りようとする。
「ヤダ。エッち。」
体温計を離そうとしない未来が抵抗する。
オレは未来の手から黙って体温計を引き離す。
「…38.6」
はぁ、とオレはため息をついた。
未来は気まずそうに苦笑いをする。
「今日は一日寝てなさい。」
会社に連絡をしないとな。
ネクタイを解きながら携帯を取り出す。
「はい、はい…ええ、娘が風邪で。はい…ご迷惑かけます。」
未来が驚いたような顔をしてこっちを見てる。
「なんの電話?」
「今日は会社を休む。熱が下がらなかったら明日病院に行こう。」
「えっ、なんで…仕事休むの?わたしなら大丈夫だよ。ほら」
と未来は立ち上がってみせる。だが途端体勢を崩しそうになる。
オレが支えてやって布団に戻す。
「無理をするな。オレが仕事に行ったら未来一人になるだろ。何かあったら心配だから、今日はオレが看病するから。」
だから安心しろ。
未来はバツが悪そうなどこか悪戯をして親に見つかってしまった子供のような顔をした。
「喉は乾いてないか?ポカリ入れてくる。あと冷えピタな。」
部屋から出ようとして、ありがとう、そう聞こえた気がした。
11時30分、部屋をノックして入る。
「起きてるか?」
「寝てる」
そうか。まぁスルー。
「お腹空いてないか?朝ごはん食べてないもんな。お昼はお粥でいいか?」
「お父さんお粥作れるの?」
「お粥くらい作れるよ。」
「じゃあお粥。お願いします。」
「了解。」
とは言ったもののお粥作った事ないんだよな。まぁ簡単に作れるだろ。
「ご飯は昨日のがあるし、栄養つけるために半熟卵も入れてやろう。ネギを散らして…」
完成。
意外にもミスなく出来た。
未来がフーフーしてお粥を口に運ぶ。
「うん、熱くて美味しい。」
良かった。
「たくさん作ったから余ったら夕ご飯にまわそう。」
「うん。」
夕方、いつもなら仕事を終えて帰路につく時間帯。家にいてもテレビを見る以外やる事ないな。
未来はいつもは元気で気丈に振る舞っているけど風邪をひいて元気がない、そんな大人しい未来も愛らしかった。
いつもは少し無理をしている気がする。オレにちょっとは頼っていいんだけどな、今日みたいに。
再び部屋をノックして入る。
「起こしちゃったか」
「今ちょうど起きたところ。雨止んだね。」
そう言って未来は部屋の窓を眺めている。
体温計で測ったら36.8まで下がっていた。
「熱は下がったな。何か欲しいものはあるか?」
今日はいつもの分甘えさせよう。わがままを聞いてやろう。
「プリンが食べたいな」
「了解」
「あー、今日みたいな日が毎日続けばなー。」
未来は少し戯けた様子で言う。
「…」
「冗談。今日はお父さんにいっぱい迷惑かけちゃったね。お父さんに沢山心配してもらえるなら風邪もいいかな。」
「バカ。」
そういうこと言うとまた風邪ひくぞ。
「うん。明日から平常運転に戻りますのでご心配なく。」
「了解。」今日は何度了解を言ったか。
今日の大人しい未来でも良かったよ、とは言わないでおいた。