陽浴びおこし
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
うー、さぶさぶ……ここんところ、急激に冷えてきたと思わない?
11月入るまでは、「暑い、暑い」って半袖でいたのが、信じられないくらいだよ。早くも家じゃ暖房を使い始めたよ、僕は。
彼らを久方ぶりに稼働させる瞬間って、なんか緊張しない? こう、スイッチ入れたとたんに「ボカン!」って爆発したりしそうな気がしてさ。
しまっている間に、細かいほこりがこびりつき過ぎてて、そいつが「ボウッ!」と火を吹いたりとか……まあ、想像するだけで、実際にそんな目に遭ったことはないんだけど。
冬はおのずと身体が固まってくる季節。それに縮こまって動くのを控える人も多いと思う。けれどもし、意識的に動かない人がいたら、ちょっと気に掛けた方がいいかもしれないよ。
僕自身も、動かない人をめぐって、少し妙な体験をしたことがある。そのときの話、聞いてみないかい?
彼のことに気づいたのは、小学校に通っていた、ちょうど今ごろの季節だったか。飼育係の当番だった僕は、校舎裏手の飼育小屋へ向かう。
すると、生徒たち個人の鉢を並べた、校舎のへりにクラスメートの一人が突っ立っている。
ランドセルを足元に転がし、空を見上げて、まばたき以外動く気配を見せず、じっとしていた。すでに陽の光は彼の横顔の向こう――西へ傾きかけており、東側に立つ僕の方へ、彼のものを含めたもろもろの影が伸びている。
ひとまず僕は、仕事を優先した。誰だってボケッとする時間が欲しいこともあるだろう。気がすめば、勝手に帰っていくはず。
ところが、念入りに掃除を終えた数十分後も、彼はまだそこにたたずんでいた。さすがに気になって声をかけようとしたけど、いざ近寄ろうとしかけたとき、すっと彼が首を動かす。
僕の方を見やったわけじゃない。自分の影が伸びている方へ、かくっと顔の向きを変え、しばし眺めている。日没寸前の陽の光によって先ほどより伸びた影は、校舎の図体を通り抜け、わずか数メートルを挟んだ先にある、渡り廊下のすのこまで届いていた。
彼が、何をそこに見い出したかは分からない。ただ小さくうなずいたかと思うと、ランドセルをしょって、足早にその場を後にしたんだ。僕の方をちらりとも見ないままだ。
――いったい、何をしていたのだろう?
僕は彼が立っていた位置に自分も立ち、さっと周りに目をやるも、見慣れた裏庭と、フェンスの向こうに立ち並ぶ家々があるばかり。それらの中に、面白い飾り付けがされているというわけでもなかった。せいぜい、気の早い一軒家が、玄関にサンタの置物を設置しているくらいだ。
彼は空を見上げていた。きっと件のサンタには、目もくれていないはず。僕もそれにならったが、雲すら黒ずむ日暮れの空には、これまたせっかちな星がまばらに見えるばかり。
これ以上は帰りが遅くなる。僕も帰り支度を始めたけれど、去り際に校舎のちょうど角に当たる部分が、妙に黒ずんでいるような気がしたんだ。
次の日は天気が悪く、彼もまた妙な動きを見せない。その次の日は一日を通して晴れ渡り、彼もまた帰りの会の後に動きを見せる。
窓から見下ろしていると、やはり校舎を回り込んで裏庭へ。探し物をするように、視線を落としてきょろきょろと地面を見回すと、今度は生徒たちの鉢を越えて、地面の上に立った。
またあの格好をするのかと、僕は彼を追って、自分も中庭へ。固まってしまう前の彼に、何をやっているのか問いただしたんだ。
すると彼は、ボランティアだと話してくれた。この寒い時期だからこそ、求められることなんだと。
――あのぼーっとしているのが?
そう突っ込むと、彼はとんでもないとばかりに首を振る。どこから見ていたか知らないけど、ただじっとしているわけじゃない、とも。
「せっかくの機会だ。君もやってみる?」
誘われるまま、お試しという形で、僕も彼の真似事をし始めた。
ポジションは二日前、彼が立っていた校舎のヘリの部分だ。
彼が横に立って、姿勢のレクチャーをしてくれるのが、まず驚いたのが頭の角度だった。空を見上げているかのようなあの姿勢は、厳密に定められた、角度設定に基づくものだったんだ。
おじぎは、15度が会釈、30度が敬礼、45度が最敬礼というのは、君も聞いたことがあるだろう? あれが俯角を取るものなら、この頭の動きは仰角を取るものだ。
真っすぐ立った状態から、あごの角度75度。完全に見上げると90度扱いらしくて、それに少し及ばない形で、固定する。当初は彼に頭とあごを支えられたけど、いざ指が外れると、保つのが難しい。
彼いわく、この状態でまずは5分間、耐えなくてはいけないとのこと。慣れていない姿勢ゆえの痛みもあったけど、そこに西日の暑さも加わるんだ。
秋も深まろうというこの時期、髪の毛のちりつきさえ感じる強力さで、僕の側頭部をさいなめてくる。彼は僕の姿勢を支える間、いささかも西日を遮ってはいない。いまも僕の背後から、あごと頭に手をかけていた。
5分を過ぎると、今度は顔から力を抜くように言われる。あごを強くつかまれて、そのまま何度も口を開けては閉じ、開けては閉じ……。カチカチと音を立てて歯をかみ合わせられるのは、まるで歯医者に来ているときのようだ。
彼の指導はまだ収まらず、口を閉じ直されたかと思うと、今度は頭全体をがくんがくん揺さぶられた。これもまた横にはブレず、ひたすら上下動を繰り返すもので、ひどく目が回ったよ。
何度も文句を言いかけたけど、そのたび彼が「口を開けるな!」とばかりに押さえつける力を強めるものだから、たまらない。
――軽い気持ちで、ボランティアやるとか言わなきゃ良かったなあ……。
そう後悔してから、更に10分あまり。おとといのように、影がいよいよ長くなって、陽が沈みかける段になって、ようやく解放されたよ。西日の照り付けは、もうすっかり弱まっていた。
やっと文句を言えるとばかりに、背後の彼に詰め寄ろうとしたけど、彼は「しっ!」とばかりに人差し指を口の前へ立てる。もう一方の指で、体育館をぴっぴっと指している。
見ると、小さな火の手があがっていた。僕の影の中で。
伸び切った影の、ちょうど頭に当たる辺り。踏みつぶせそうな高さ、手ではさみ込めそうな小さなオレンジ色の炎。それを取り巻くようにうずくまる、いくつかの影が見える。
影と同じ色をしていて、はっきりとその姿は見えなかったけど、どこか飼育小屋にいるウサギやチャボたちを思わせる姿をしていたんだ。
「――彼らもなかなか小屋から出てこられないからね。本体はお世話してもらっていても、影の方は陽も浴びられず、不健全になりがちだ」
そう彼がつぶやく間にも、僕の背後。西から感じる陽の光はすっかり弱まって、ほとんど感じなくなっていた。
ほどなく、影の中の火も消えてしまう。合わせて、周りにあった影たちも、その輪郭がすっかり分からなくなった。
「影だって、たまには寒い日に暖まりたくなるもんさ。僕はそんな彼らに暖まる場所を提供する、『たき火』ボランティアをしてるのさ」
彼と別れた後、飼育小屋をのぞいたけれど、チャボもウサギも、一羽だって抜け出した様子はなかったよ。




