アナタのハッピーエンド
ラテールは幸せいっぱいの表情を隠しもせず、美しい花嫁を見詰めている。
花嫁はこの国の経済力を見せつける為に、贅を凝らしたドレスをお召しだ。
何故なら、今日彼女の夫となるラテールはこの国の王太子で、近隣国から沢山の来賓が祝福に来ているからだ。
その賓客達に「彼の国は安泰である」と言ってもらう為に国力をかけているのだ。
ラテールの着ている礼服は王家に代々伝わる装飾品が厳かに着けられているが、花嫁の衣装は一年半前からこの国と、隣国の腕の良い職人が手間を掛けて作り上げたもの。
本来なら、私が着るはずだった。
産まれた時から私はラテールに、この国の王太子に嫁ぐ事が決まっていた。
私が隣国の王族唯一の姫だからだ。
我らが国王には王子は三人居るが姫には恵まれず、王弟である父の一人娘、私がこの国へ入る事になったのだ。
我が国は金脈があり採掘量も豊富で元々経済は強かった。また数代前の王妃の、無類のドレス好きが高じてアパレル産業が盛んになり、世界のクローゼットと呼ばれる程にオートクチュール、プレタポルテ問わず主要メーカーを抱えている。
幾度か戦争を仕掛けられた事はあったが、その度に衣料品の輸入が滞りその為、ドレスどころか普段用の衣服まで手に入らなくなった敵国は国内からの反発が強く、早々の和平に繋がった。
何故それ程に恵まれた環境の我が国が産まれてすぐの姫を隣国に嫁がせる判断をしたかと言うと、この国が特殊な絹織物を産出するからだ。
変異種の蚕が紡ぐ生糸は透明度が高く、それで織られた帛はオーロラの様に輝く素晴らしく美しい生地になる。
だが、この国の織物産業はあまりに遅れていて平織りの光沢の少ない滑らかさも少々劣った物しか作れないのだ。
我が国が僅かに輸入出来た生糸で織った帛は奇跡の様に美しかった。
変異種の蚕を独占したいこの国と、美しい生地が欲しい我が国は、蚕の提供と交換に織物技術、ついでに紡績も無駄が多かったのでその技術提供をしてお互いに良い関係を作りましょう! と、手を取ったのだ。
ついでに王族同士で婚姻関係結びましょ! とか言い出したのはこの国。
近隣国では領土、経済力など中堅の国で、歴史は比較的古い。
比べて我が国は、領土は狭く歴史は新しめだ。 しかし、金鉱山や銀山、鉄鉱山があり、大陸一とは行かないが近隣国では抜きん出ている。
近頃はどの国とも戦争状態では無いが、きな臭い噂は常にあるので国同士が強く結び付くのは悪い提案では無く、受ける方向で調整された。
先に述べたように国王には王子が三人居り、現在の王太子であられる第一王子以外婚約者は居なかったのでこの国の姫君を受け入れるのが良いと思われたが、この国の姫は第二王子より七つ年上で現実的では無いと話しは立ち消えになる筈だった。 のだが、運良く(……今となれば良かったのかは疑問だが)懐妊中だった王弟妃が姫を産めば王太子と娶せようと言う事になり、両国の橋渡し役として産まれた瞬間に私の婚約が成ったのだった。
で、あるのに、何故私が婚約者の結婚式に参列しているのかと言えば、ラテールが通っていた学院にて出逢われた今日の花嫁に一目惚れし、一度は諦めようと努めたが、卒業が迫り、と同時に私との結婚が迫ったことで『真実の愛』を知りえたのに、見なかった振りをする事は出来ないと気付いたからなのだそうだ。
然しながら、結婚は白紙になったが、国同士の関係は良好であると見せるため、わざわざ元婚約者の私が参列するはめになったのだ。
「ティティ、花嫁がブーケトスをするらしいよ」
白けた面持ちで見るともなしに進行を眺めていたティスティーユに声を掛けたのは我が国第三王子のジョージ。
『真実の愛』に目覚め婚約を白紙に戻された時、彼が一番怒っていて、今はある意味良い結果だと鉾を収めている。
良い結果。
今回の婚姻が流れた事を端にして、提携関係も一度解消しましょう。
と成った。
ラテールは私より二つ年上で十八歳。
彼の学院卒業と同時にこの国へ入り、婚約者として共に公務をこなし、半年後に大々的な結婚式を行うはずだった。
ティスティーユは十六歳で、本来であれば我が国の学院にて学生時代を謳歌している時期なのに、輿入れの為、王太子妃教育や式、式典、儀式と予定が詰まっているのでその準備。と、大忙しだった。
両国を行き来し、どうにか目鼻が付いた頃に婚約解消を言われ腰が砕けそうになった。
面倒な細々に片が付くのを待ってたとしか思えないタイミング。
ドレスのデザインに至っては五年も前からデザイナーの選定やデザイン画のプレゼンが始まり、一年半前に漸く作製に入ってスカート部分にはダイヤや真珠がふんだんに散りばめられ、金糸銀糸で刺繍が施されたドレスはもはや芸術品の域にある。
ティスティーユの為のドレス。
「私の結婚式の為に作ったものだからな」
の、一言でラテールは奪い去ろうとしたので当然制作費を要求した。
この国の国家予算、ほぼ全額飛んだだろう。
何を思ったかラテールは半分は私の国の物だから半額でいい筈だとか言って婚約解消の調整の場を凍りつかせた。
そもそも我が国は経済的に豊かなので、輿入れの際の支度金は貰っていなかった。
そればかりか諸技術の他に多額の持参金が有った。
更に婚礼衣装や新居である王太子宮の調度品も準備していた。
その場では当事者であるラテールのみが知らなかったようで大変驚いていたそうだ。
ドレスも新居の調度品も自分の物と思っていたラテールは、それぞれの金額を聞いてどちらも諦めようとしたが、ドレスについては真実の愛のお相手がたいそう気に入ったらしく、費用の捻出を頑張ったとか。
ドレスに至っては宝石類を資産と考えれば……と、苦しい解釈の上ラテール側に渡った。
どの道、ケチの付いた花嫁衣裳などティスティーユには着る機会が訪れないのだから、今回着用いただきデザイナーや職人の腕を見てもらえて良かったかもしれない。
さて、そんなこんなのドレスを召した花嫁の投げるブーケ。
欲しいわけ無い!
とばかりに従兄を周りに気付かれないよう睨む。
ジョージはクックと笑ってティスティーユの左手を取った。
少し前までその薬指には婚約指輪があり、ティスティーユの将来を縛っていた。
ラテールは、今日の結婚式がエンディングならば、この上ないハッピーエンドだろう。
しかし、この後はどうであろうか。
この国は、婚姻が無くなり提携関係が解消されようと、変異種の蚕は無くならないし、これ迄の技術提供に依って必要な技術は習得済みと判断したようだ。
早計だとしか思えない。
確かに以前よりはマシだろうが、我が国は更に合理化が進み、技術も発達している。
しかも、変異種についての研究も進み、変異種と同等の生糸を産出する事に成功している。
あれは、蚕自体よりも、餌が重要だった。
変異種が育った地域にある桑こそ珍しい物だった。
その餌を与え続ければ、変異種でなくとも三代から四代後の蚕はあの美しい糸を紡ぎ出した。
また、餌の研究も同時に行った結果、虹色や玉虫色といった色彩も再現出来るようになった。
婚姻関係が結ばれれば、両国間で共同開発とする事も出来ただろうが、そのような関係は出来なかった。
元は農業と牧畜の国である。
養蚕が例え廃れても、いきなり国が倒れる事はあるまい。
でも、我が国との共同事業で潤った経済が衰える事は止められないだろう。
左手を握られたティスティーユはジョージが軽くなった薬指を見ていることに気付きニッコリ笑った。
「私、今度はバラの透かし彫が入った指輪が欲しいわ」
ブーケトスに群がるレディ達を見ながら、私が呟くと
「ティティが着けてくれるなら張り切って用意するよ」
と、ジョージは宣う。
エンディングを何処に綴るか知らないけれど、アナタのハッピーエンドが私と同じ場所に在れば、私は生涯幸せだろうな。
ジョージに笑顔を向ける私の背後では、花嫁の投げたブーケが大きな放物線を描いて、一番幼いベールガールが受け取っていた。
サクッと書いちゃったので、誤字脱字、見逃せない誤用があれば教えて下さい。
幾つか修正しました。 報告ありがとうございます!
ルビの失敗と後半部で「変異種」を「異変種」と書いてました。
送仮名については今回は直しませんでしたが、ちょっと悩む所でした。