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コースタル・バコパ

柚子は目を覚ますと、夢の内容を思い返したのだった。

(あの男の子は、アズールスさんなの?)

夢の中で、兄の父親は兄の事を「アズールス」と呼んでいた。

ということは、あの両親はアズールスの両親で、男の子と女の子はアズールスの弟妹なのだろう。

アズールスの家族は、十年前に事故で亡くなったと聞いていた。

これは、アズールスの家族がまだ生きていた頃の夢なのだろう。

けれども、アズールスの家族の顔や家族の話を知らない自分が、何故、アズールスの家族の夢を見るのだろうか?

顔だけではない、夢で食べたケーキの味や、庭の草木の匂いまで鮮明に覚えている。

何故なのだろうか……。

柚子は考えながら着替えて身支度を整えると、部屋を出た。

食堂に入ると、既にアズールスは朝食を済ませたのか、柚子の分の朝食だけが広いテーブルの上に残されていたのだった。

「おはようございます。ユズ様」

その時、厨房側の扉が開いて、マルゲリタが入ってきたのだった。

「おはようございます。マルゲリタさん。あの、アズールスさんは?」

「旦那様なら、もう仕事に行かれましたよ。最近はお仕事が忙しいのか、朝食を終えるとすぐに出掛けてしまわれて」

「そうですか……」

アズールスがいたら、柚子が見ている夢について聞けたのに。

柚子は内心ではガッカリしながら、朝食の席についたのだった。


それから、柚子は部屋に戻って絵本を読んでいた。

昼頃に喉が渇いて、ベッド脇の水差しーーマルゲリタかファミリアが毎日用意をしてくれる。を持ち上げるが、空っぽであった。

そこで、柚子は何か飲み物をもらいに食堂に降りると、マルゲリタとファミリアの話し声が聞こえてきたのだった。

「どうしよう。旦那様に届けた方がいいよね?」

「けれども、ファミリアを一人で行かせるのは……」

「どうしたんですか?」

柚子が二人に話しかけながら近づく。

ファミリアの腕の中には、一冊の本があったのだった。

「その本は……」

「旦那様が、今日の仕事で使うからと書斎から持ってきたまま、屋敷に忘れて行かれたんです」


ファミリアの説明によると、昨夜、アズールスが仕事場で使うからと屋敷の書斎から持ってきたまま、部屋に忘れて仕事に行ってしまったらしい。

それを部屋のゴミを回収しに行ったファミリアが見つけたとの事だった。

「ただ、ファミリア一人に行かせるのも不安で……。私も、まだ腰の調子が治っていないので」

どうしたものか、と悩む二人を見かねた柚子は、「それなら、私も一緒に届けに行きます」と提案した。

これには、マルゲリタだけではなくファミリアも驚いたのだった。

「いいのですか? ユズ様!?」

「いいの? だって、この間……」

ファミリアは、先日一緒に街に出かけた時の事を言っているのだろう。柚子は首を大きく降ったのだった。

「大丈夫ですよ。それにあの時とは違って、今は言葉がわかりますから」

安心させるように、柚子は明るい感じで二人に言った。

二人はまだまだ不安そうだったが、やがてマルゲリタは「それでしたら」と提案したのだった。

「ファミリアにお願いして、馬車を呼びますので、それに乗って行って下さい。ファミリアもユズ様と一緒に行きなさい」

「は〜い」と返事をすると、ファミリアは本を置いて、勝手口から出て行った。

柚子はその間に出掛ける用意をする為に、部屋に戻ったのだった。


それから、ファミリアが呼んできた馬車ーー代金を支払うと目的地まで乗せて行ってくれる、元の世界でいうタクシーのようなものらしい。に乗って、柚子とファミリアはアズールスの仕事先の公文書館に向かったのだった。

馬車に乗っている間に、柚子はアズールスが忘れていったという本をパラパラと斜め読みした。

どうやら、他国の地理に関する本らしい。

古い本だからか、ところどころページが黄ばんでいた。

やがて、馬車はとある小さな建物の前で止まる。

柚子は御者に手伝ってもらって、馬車から降りたのだった。


「ユズ様。ここが公文書館だよ」

ファミリアの後について行きながら、柚子は公文書館を見上げる。

塗料が剥げて色落ちしかかった赤い屋根に、公文書館という黒ずんだ木製の看板が掲げられた特徴的な建物であった。

壁はところどころ黒ずんでおり、公文書館という看板がなければただの家のようだと思った。

ファミリアが中に入ってアズールスを呼んでいる間、柚子は入り口近くでアズールスが忘れた本を読んでいた。

すると、建物の前に馬車が着いて男性が二人、馬車から降りてきたのだった。

「ユズ!?」

「アズールスさん!」

二人の男性の内、一人はアズールスであった。

柚子が駆け寄ると、アズールスは驚いたように目を見開いていたのだった。

「どうしてここに……」

「ファミリアちゃんと一緒に、アズールスさんの忘れ物を届けにきたんです」

柚子がアズールスが忘れていったという本を渡すと、アズールスは「ありがとう」と言いながら受け取ったのだった。

「それで、ファミリアは?」

「まだ中にいると思います。アズールスさんを呼びに行ったままなので」

「そうか」

「あれ〜? その子って、アズールスの彼女?」

すると、アズールスと一緒に馬車から降りてきたもう一人の男性が声を掛けてきたのだった。

「コースタル! ユズは彼女では……!?」

コースタルと呼ばれたアズールスと同い歳くらいの男性は、うなじの辺りまで伸びた自身の水色の髪に触れたのだった。

「違うの? アズールスが女性に興味があったなんて意外じゃん。いっつも、仕事か屋敷か使用人の事しか考えていないのかと思ってた」

そうして、コースタルは柚子を見つめたのだった。

「初めまして。オレはコースタル・バコパ。こう見えて、軍人をやってる」

コースタルは白が入った水色の瞳の片目を瞑ったのだった。

「初めまして。ユズと申します。アズールスさんの、その、知り合いです」

コースタルは白手袋をつけた片手を取ると、柚子に手を差し出してきた。柚子も片手を出して握手を交わしたのだった。

「ユズ、コースタルはこんな感じだが、いざという時は頼りになる筈だから、何かあったらコースタルを頼りなさい」

「こんな感じって酷くない? アズールス。俺たち、士官学校からの友達でしょ」

「同期の間違いだ」

コースタルが肩に回してきた手を、アズールスは払いのけたのだった。

「アズールスさんって、軍人だったんですか?」

「元、だけどね」

代わりに答えたコースタルに、アズールスも「ああ」と肯定した。

その声はどこか不機嫌そうであった。

「コースタル。そろそろ戻らなくていいのか?」

アズールスに声を掛けられたコースタルは、懐から懐中時計を取り出して「うわぁ! もうこんな時間!?」と叫んだのだった。

「それじゃあ、アズールス、ユズちゃん。何かあったら、またいつでも呼んでね」

そうして、コースタルは乗ってきた馬車まで戻ると、大きく手を振りながら乗り込んだ。コースタルが乗ると、馬車はゆっくりと去って行ったのだった。


その場に残された柚子とアズールスは、しばらくどうしたらいいのかわからなかった。

最初に口を開いたのは、アズールスであった。

「せっかくだから、公文書館を見学していくか?」

「いいんですか?」

アズールスは頷いた。

「勿論。本来なら事前に申請が必要だが、公文書館の人間が付き添うなら、すぐにでも見学が可能だ」

アズールスに連れられて柚子が公文書館の中に入ると、ファミリアが待っていたのだった。

「旦那様、ユズ様。会えたんですね!」

「うん。渡せたよ。ファミリアちゃん」

「ファミリア、これからユズは公文書館を見学する。先に屋敷に戻ってマルゲリタに伝えてくれないか。帰りは私と一緒に帰る」

アズールスはファミリアに硬貨を渡す。どうやら、帰りの馬車代と忘れ物を届けてくれた駄賃らしい。

ファミリアは「それでは、ごゆっくり」と意味有りげに言うと、公文書館から出て行ったのだった。

(公文書館か……。どんな資料があるんだろう)

アズールスは前に軍関係の資料を扱っている公文書館と言っていたが、どんな資料なのだろうか。

柚子はアズールスに連れられて、木製の大きな扉を潜ったのだった。

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