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召喚された理由

朝、アズールスは鳥のさえずりで、目を覚ました。

ゆっくり目を開け、だんだん頭がハッキリしてくると、そこが自室ではなく、最近、毎晩寝ている柚子の部屋だと気づいた。

そうして、アズールスは自分が寝るまで腕の中にいたはずの柚子の姿が居ない事に気がついた。

「ユズ……」

昨夜は柚子に怖い思いをさせてしまった。

たまたま、アズールスの職場まで知らせてくれる者がいたから良かった。

だが、もし、誰も知らせてくなかったらーー。

そこまで考えて、アズールスは頭を振った。考えるのは止めよう。湯を浴びて、柚子の顔を見たら安心するはずだ。

アズールスは上半身を起こす。

胸まで無造作に伸ばしている髪をワシャワシャと掻いていると、軽やかな声を掛けられた。


「おはようございます」


声の主は、書き物机の側にある鏡台ーーアズールスが柚子に贈った、の前から聞こえてきた。

アズールスに背を向けて座る、この国では珍しい肩まで伸びた黒髪の女性からだった。

「ああ、おはよう」

「お先にお湯を頂きました。アズールスさんの分もあります。温かい内に使って下さい」

黒髪の女性ーー柚子は、鏡を見ながら髪を梳かしていた手を止めて、身振り手振りでも伝えてきた。

(大丈夫そうだな)

アズールスはそんな柚子の姿に、安堵したのだった。

「ああ、そうしよう……」

そこまで言って、アズールスは気づく。

アズールスと同じように柚子も気づいたようで、後ろを振り返りながら、髪と同じ色の黒色の両目を大きく見開いて、愕然としてアズールスを見つめてきた。


「言葉が、通じている!?」


二人が叫んだのとほぼ同時に、部屋の扉が開く。

「おはようございます! 旦那様、ユズ様……」

部屋に入ってきた少女を、愕然とした表情のまま二人は見つめる。

そんな二人から見つめられた少女は、不思議そうに首を傾げたのだった。


柚子はアズールスと朝食を済ませた後、アズールスの自室に呼ばれた。

柚子がアズールスの部屋に入るのは、これが始めてだった。

物は多くないが、よく掃除が行き届いていた。

窓を背にしてソファーに座るアズールスを、爽やかな朝日が照らしている。

柚子は光に目を細めながら、アズールスの向かいのソファーに座ったのだった。

「改めて、何から話すべきだろうか……」

「それも大事かもしれませんが、どうして急に言葉が通じる様になったのでしょうか? 昨日までは全く通じなかったのに……」

柚子は首を傾げた。

あの後、柚子は二人を呼びに来た少女だけではなく、老婆とも言葉が通じるようになっていた。

老婆はアズールスから説明を受けて驚いていたものの、先に二人の朝食を用意してくれたのだった。

少女と老婆には、後ほど、アズールスと話し終えた後に、改めて挨拶をするという事になったのだった。

「それは……。俺にもわからない」

「そうですか……」

落胆するアズールスの姿に柚子も肩を落とす。気を取り直して、柚子は話題を変えたのだった。

「それで、お話しとは何ですか? それより、お仕事に行かなくていいのでしょうか……?」

「ああ。公文書館ーー仕事先には、今日は仕事を休むと伝えてもらった」

「え!? 公文書館で働いているんですか!?」

突然、柚子が食いついたからか、アズールスは驚いて青色の目を瞬いたのだった。

「そうだが……。公文書館がどうかしたのか?」

「いえ……。ちょっと気になったので、つい……」

公文書館とは公務員が残した歴史的な資料を集めて管理をしている資料館である。

柚子がいた世界では、歴史的な資料以外でも外交や政治に大きく関わった報告書やメモなどの類いも保管して展示をしていた。

学生時代、柚子は図書館か公文書館のどちらかに就職を目指していた。

公文書館の求人は滅多に空きが出ない上、ほとんどが契約社員であった。

そして、柚子が就職活動をしていた頃、たまたま公文書館の求人に空きがなかった事もあり、公文書館ではなく図書館に就職をしたのだった。

「俺が働いているのは軍関係の資料を扱った公文書館だが、興味があるなら近々見学に来来てみるか?」

「い、いいんですか?」

軍関係という事は、門外不出の資料や関係者以外閲覧出来ない資料もあるのでは。と柚子は不安になる。

だが、アズールスは安心させるように微笑んだのだった。

「大丈夫だ。一般人にも公開しているからな。それに、俺の家族って事ならすぐにでも見る事が出来るし、一般人に公開禁止の資料も見る事が来るぞ」

「そこまではさすがに……。それよりも、家族ってどういう事ですか?」

柚子が首を傾げると、アズールスは困ったように俯いたのだった。

「それーー家族こそ。ユズをここに呼んだ理由の一つでもあるんだ」

「呼んだ……? じゃあ、私がこの世界に来たきっかけはアズールスさん何ですか?」

アズールスは顔を上げて柚子を見つめると、大きく頷いたのだった。

「順を追って説明しよう。ユズがここにーーこの世界に来た方法とその理由を」


アズールスの説明によると、柚子をこの世界に召喚したのはアズールス自身らしい。

この世界には、かつて魔法を使えた者たちが大勢いた。

今では少数になってしまったが、魔法使いや魔女といった者達が政治や経済の中心にいるらしい。

アズールスの一族の先祖には魔女がいたらしく、魔女が持っていた魔法の力ーー魔力と、魔女の魔力が宿った持ち主の願いを叶える書ーー召喚書を代々、アズールスの当主一族が受け継いでいるらしい。

その持ち主の願いを叶える書こそが、アズールスが柚子をこの世界に召喚するのに利用した召喚書があった。

長い年月の中で、魔力は失われてしまったが、召喚書にはまだ魔力が残っていた。

アズールスはその召喚書を利用して、自身の「とある願い」を叶える為に、柚子をこの世界に召喚したのだった。

そして、そのアズールスの「とある願い」を叶える為に、柚子が選ばれたのは偶然らしい。

アズールスの「とある願い」を叶えられ、アズールスと相性が合いそうな人物を、召喚書が異世界の住人の中から選んだのではないかとの事だった。


「その、アズールスさんの『とある願い』とは何ですか?」

アズールスは「それは」と言いかけると、口ごもったのだった。

「……先に言っておくが、これが完遂されなければ、元の世界に帰る事は難しい」

アズールスが何を言いたいのかわからず、柚子は首を傾げる。

「はあ。それで、その肝心の『とある願い』とは何ですか?」

アズールスは息を吐くと、柚子を見つめながら話したのだった。


「どうか、俺の子供を産んで欲しい。それが元の世界に帰る為の条件だ」


柚子は最初、何を言われたのか理解出来なかった。

頭の中で何度も繰り返して、ようやく理解出来た。

そうして理解出来た時、柚子は声を上げたのだった。

「え、え〜〜〜〜〜〜〜〜っ!?」

柚子の叫び声に、窓辺にいた鳥達が一斉に羽ばたいた。

「こ、子供!? アズールスさんと私の!? だって、私達はまだ出会ってばかりで! お互いのことを理解していなくて! そもそも結婚していないし!」

「ユズ、落ち着け」

「それ以前に、私、子供を産んだ経験も無ければ、男の人とお付き合いした事さえ無いし!?」

頭を抱えて混乱する柚子を、アズールスは両肩を掴んで落ち着かせようとした。

しかし、それも駄目だと気づくと、アズールスは部屋に備え付けのベルを鳴らして、少女を呼んだのだった。

「ユズの為に、お茶を持ってきてくれ! 急げ!」

部屋にやって来た少女は取り乱している柚子の姿に驚いたものの、アズールスに言われて何度も頷いた後に、部屋を飛び出して行ったのだった。

「ユズ、落ち着け! 落ち着くんだ……!」

アズールスは柚子の隣に座ると、優しく肩を抱いてきた。

しかし、柚子は顔を真っ赤にしてアズールスを突き飛ばす。

「い、嫌です! 好きでもない人の子供を産むなんて! 子供を産むってことは、『あれ』をするって事でしょう!?」

いくら男と付き合った事が無い柚子でも、子供がどうすれば産まれるのかは知っている。

その為に男女で「何を」するのかも。

「しかし、それではユズは元の世界に帰る事は出来ないんだぞ……?」

「それでも嫌です! 私は自分が好きな人との間に子供を産みたいんです! そんな、目的の為だけに子供を産むたくないんです!」

それに、そんな目的の達成の為だけに子供を産んでも、その子供が可哀想ではないだろうか。

柚子は怒りで涙目になりながらも、アズールスを睨みつけた。

「とにかく、私は子供を産みません! 元の世界に帰れなくても構いません! あなたとの間に子供を作りたくないんです!」

「失礼します!」と肩を怒らせながら、柚子は部屋から出て行く。

後ろから、「俺との間が嫌なのか……」と呟く声が聞こえたような気がしたが、柚子は無視したのだった。



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