表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/18

選んだのは

コースタル達に後始末を任せて、柚子はアズールスの馬に同乗して屋敷に戻ってきた。

柚子は馬に乗った事が無いからと尻込みしていたが、アズールスに「俺を信じろ」と言われてアズールスに乗せてもらった。

アズールスは軍人だっただけあって、馬の扱いに慣れていた。

柚子はそんなアズールスに安心して、身を任せられたのだった。

屋敷に着く頃には、ピンク色の月は昇っていた。

屋敷の中に入ると、心配していたマルゲリタとファミリアに迎えられた。

「ユズ、元の世界に帰れる時間が迫っている」

柚子は二人に迷惑をかけた事の謝罪と、別れを簡単に告げると、アズールスに手を引かれて、部屋に戻ったのだった。

柚子の自室の前に来ると、アズールスは名残惜しそうな顔をした。

「……元気で」

何か言いたげなアズールスが気になった柚子は、アズールスに何か言わねばと思った。

だが、何を言えばいいのかわからぬ内に、アズールスは自分の部屋に戻って行ったのだった。


柚子は自室に戻ると、着ていた服を脱いで、この世界に来た時に着ていたパジャマに着替えた。

そうして、ベッドの中に入る。

真っ暗な部屋の中に、月明かりだけが入ってきた。


ーーこのまま、目をつぶって眠りについたら、次に起きた時は元の世界に戻っている。


柚子にはそんな確信があった。

きっと、元々寝ていた部屋の、寝ていたベッドの上に戻っているはずだ。

しかし、それでいいのだろうかーー?

柚子の頭の中は、アズールスの事で頭がいっぱいになっている。

(アズールスさんは自分の事は忘れて、元の世界で夢を叶えて欲しいと言っていた)

だが同時に、頭の中には昨夜アズールスに言われた、「ユズの事が好きだ」という言葉も残っている。

(私はどうしたいんだろう。アズールスさんに助けてもらってばかりで、何も返せていない)

この世界に来た時から今まで、アズールスには助けられてばかりだった。

自分はアズールスに何も返せていない。

それどころか、アズールスの「願い」でさえ果たしていない。

それだけじゃない。私はーー。

(私はアズールスさんに、自分の気持ちを何も伝えていない!)

このままじゃいられない。

柚子はベッドから飛び出すと、隣の部屋に向かった。

「アズールスさん? アズールスさん居ますか?」

柚子はアズールスの部屋の扉をノックするが、アズールスの返事は無かった。

「アズールスさん。入りますよ」

もう寝てしまったのかもしれない。

それでも構わないと、柚子は部屋に入ったのだった。


部屋の中には誰もいなかった。ベッドも確認したが、アズールスは寝ていなかった。

(アズールスさん、どこに行ったの?)

柚子は何気なく、アズールスの部屋のバルコニーに出てみた。

空にはピンク色の月が高い位置に昇っていた。

「ユズ?」

柚子がバルコニーから月を眺めていると、下から名前を呼ばれた。

「アズールスさん!? お庭に居たんですか?」

アズールスは庭に立っていた。

部屋に戻った時に着替えたのだろうか。アズールスの服は部屋着へと変わっていた。

アズールスは驚愕の顔で、柚子を見上げていたのだった。

「何故、俺の部屋に居るんだ? それより、早く自分の部屋に戻るんだ! 元の世界に帰れなくなる!」

アズールスは部屋に戻るように言ってくるが、柚子は首を振った。

「私は、まだアズールスさんに何もお礼をしていません!」


「ユズは充分過ぎるくらい礼をしてくれた。誰かと過ごす時間の大切さ、夢を追いかける事の大切さを教えてくれた。それだけでもう充分だ」

アズールスは微笑んだ。その笑顔はとても寂しそうだった。

また、アズールスは自分の気持ちに嘘をついている、と柚子は思った。

昨夜の「帰らないで欲しい」がアズールスの本当の気持ちで。

けれども、アズールスは柚子の気持ちを尊重しようとしてくれる。

アズールスは優しい。優し過ぎる。

失うくらいなら、自分から手放す事にしたのだ。

柚子は泣きそうになって歪ませていた口を大きく開くと、アズールスに向かって叫んだ。


「私はアズールスさんの事が好きです!」


アズールスは、ハッとして柚子を見つめてきた。

「だから、アズールスさんの側に居たい。アズールスさんの近くに居たい。これからも!」

柚子はバルコニーから身を乗り出しながら続ける。

「アズールスさんは私の夢を応援してくれると言ってくれました。だったら、私は応援してくれる人の近くで夢を叶えたい。夢を叶えた姿を見て欲しいんです」

口先だけの「応援している」なら、元の世界で散々言われた。

けれども、アズールスが言っている「応援している」は本当に心がこもったものだった。

「このままだと、元の世界に帰っても後悔ばかりして……。アズールスさんの事を忘れられそうにない。気持ちに区切りをつけられそうにないです!」

「ユズ……」

アズールスは柚子が立っているバルコニーの近くまでやってくると、立ち止まった。

月明かりに照らされたアズールスの黒髪が輝いているように思えたのだった。


元の世界に戻ったとして、またアズールスの様な人に出会えるだろうか?

アズールスの様に、人の夢を大切にして、応援してくれる人と。

「それに」

柚子は涙を流しそうになって言葉を切った。

これを言ってしまったら、元の世界に帰れなくなるような気がした。

でも、言いたかった。伝えたいと思った。

言わなければ、きっと後悔する。

柚子は大きく息を吸い込むと、バルコニーから更に身を乗り出した。

そうして、庭に居るアズールスに向かって、精一杯、叫んだ。


「私はアズールスさんの事が好きです! だから、もっとアズールスさんの事を知りたい!」


すると、アズールスはこれまで見た事がない、とびきりの笑顔で返してくれたのだった。


「俺もだ」


その言葉に、柚子は破顔した。

ようやく、二人の想いが重なったのだと。

安心してアズールスを見つめていた柚子を、ひときわ強く風が吹いた。

バルコニーから身を乗り出していた柚子はバランスを崩しそうになった。

「ユズ!?」

「大丈夫です! だいじょ……」

柚子は返事をする時に、身体を支えていた腕の力を抜いてしまった。

「あわわわ!」

片腕だけでもバルコニーを掴もうとしたが、柚子の体重を支えきれなかった。

「ユズ!」

柚子はバルコニーから転落してしまったのだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ