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誘拐

マルゲリタとファミリアは柚子が元の世界に帰る事を話しても、ただ肩を落としただけだった。

だが、ファミリアが「ユズ様のお別れパーティーをしたい」と言われた。

アズールスにも確認をしたら、「やりたい」との事だったので、元の世界に帰る日の夜にやる事になったのだった。

昼間、マルゲリタとファミリアはお別れパーティーの材料を買いに出掛けた。

柚子も手伝うと申し出たが、マルゲリタから「片付けや荷物の整理をして下さい」とやんわりと断られたのだった。

そして、柚子は一人で屋敷で留守番をしていた。

柚子が屋敷で一人になるのは、これが始めてだった。

いつもはマルゲリタかファミリアのどちらかは必ず居たからだった。

「荷物と言っても、持ってきたものはこの世界に来た時に着ていた服だけだし」

部屋の中を片付け終わった柚子は、ベッドの上に置かれていた綺麗に畳まれたパジャマに触れる。

召喚された時と同じ状況となると、このパジャマに着替えて寝るべきだろう。

今夜は忘れずに着替えなければ。

そうやって考えていると、庭で何かが倒れる音が聞こえてきたのだった。

(木でも倒れたのかな?)

気になった柚子は庭に出る事にした。


庭に出ると、左隅の木の向こうに黒い塊が見えた。

柚子が近づいて行くと、それは黒い塊ではなく黒い服装をした男達だった。

「おい、何やってるんだよ」

「いてっ! 木登りなんて久々にしたから」

男達は、柚子が始めて街に出た時に絡まれた男二人だった。

「早くしろよ。この屋敷に黒髪の女が住んでいるって仲間から聞いたんだからな」

「黒髪の女なんて、高く売れるからな。楽しみだ」

黒髪の女とは、きっと柚子の事だろう。

という事は、彼らは人攫いに違いない。

逃げなければ、と柚子は思って後ろ向かってゆっくり歩き出す。

しかし、よく足元を見なかったからか、地面から出ていた木の根に足を引っ掛けて、転んでしまったのだった。

「誰だ!?」

柚子が転んだ音につられて、男達がやってきた。

尻餅をついていた柚子が起き上がろうとすると、男の一人が柚子の髪を引っ張った。

「ん? コイツ黒髪の女だな」

「よく見れば、この前、街で痛い目に遭わせた女じゃないか」

どうやら柚子の顔を覚えていたようだった。

柚子は髪を引っ張られており、涙目に男達を確認する事しか出来なかった。

「今日は男はいないようだな。今の内に連れて行くか」

「はいよ」

柚子は髪を引っ張られながらも、屋敷の外に連れて行かれそうになっていると気づき、顔が真っ青になった。

柚子は男達に抵抗して、両足をバタつかせる。

「痛い! 離して……!」

「うるさいな。眠らせろ」

「傷がつくと安くなりますからね、っと」

「誰か助けて! アズールスさん!」

叫び続けていた柚子は、男の一人に布を口に当てられた。

甘い香りのする布を吸い込んだ柚子は、やがて意識を失ったのだった。


柚子は馬車が揺れる音で目を覚ました。

柚子が目を覚ますと、そこは馬車の中だった。

後ろ手で縛られて、足も縛られていた。また、口には猿轡をされていた。

そして、柚子以外にも見目麗しい女の子が数人馬車の中に居た。

柚子と同じように薬を嗅いで意識を失っている子もいれば、疲れきったような、諦めたような目をした子もいた。

男達は御者台にいるようで、馬車の中にも男達の話し声が聞こえてきたのだった。

「もうすぐ、他の仲間達との合流地点だな」

「ああ。合流後はこのまま街を出る。早く街を出ないと足がつくからな」

馬車の中から外を見ると、いつの間にか夕方になっていた。

マズイと柚子は思った。

なんとかして、アズールス達に場所を知らせなければ。

でも、どうやって?

考えている内に、馬車のスピードが緩んできた。どうやら、他の仲間達との合流地点についたらしい。


「オレ達が最後か?」

男達が話す声が聞こえてきた。

柚子は何とか馬車についている窓までやってくると、こっそり覗いたのだった。

「一、二……あれ? 馬車が多くないか?」

「本当だ。おい、お前達! これはどういう事だ?」

馬車は全部で五台停まっていた。人相がバレないようにする為か、どの馬車の人間もフードを目深に被っていたのだった。

その時、柚子が乗っている馬車が激しく揺れた。柚子はその場で身を縮める。

「おい。何をしている!?」

どうやら、隣の馬車から人が乗り移ってきたようだった。

柚子がまた窓から顔を覗かせるのと、隣の馬車の扉が開いたのがほぼ同時であった。

「我々は軍だ! お前達を捕縛する!」

馬車の扉からは、こんなに乗っていたのかという程の軍人が飛び出してきて、馬車の御者台にいた男達を捕まえ始めたのだった。

その間に、柚子が乗っていた馬車の扉が開かれた。


「ユズ!」


馬車の扉を開けたのは、アズールスだった。

慌ててきたのか、仕事着のシャツは汚れて、結んでいた髪も乱れていたのだった。

アズールスは柚子のところにやってくると、柚子の猿轡を取ってくれた。

「アズールスさん! どうしてここに?」

「マルゲリタからユズが居なくなったと聞いていてもたってもいられなくなった」

買い物から帰ってきたマルゲリタから連絡を受けたアズールスが、柚子を探しに行こうとしたところ、公文書館にコースタルがやってきた。

どうやら、街の女の子達が行方不明になっていると軍に多数の通報があったらしく、人手が欲しいから捜索を手伝って欲しい、との事で公文書館にやって来ただった。

最低限の人数を公文書館に残して、アズールス達公文書館の元軍人達も探していたところ、たまたま怪しい馬車を見かけたとの話を聞けた。

コースタルも他の地域を管轄している軍部より、奴隷商達が雇った人攫い達がこの地域に向かっているとの情報を入手したのだった。

そこで、アズールスから報告を受けたコースタル達が怪しい馬車の一つを検挙したところ人攫い達の馬車だったとの事だった。

捕まえた人攫いから、街の女の子達を誘拐している事、後ほど仲間と落ち合って街から出て行くという話を聞き出した。

もしかして柚子も、と思ったアズールスは、人攫いから聞いた仲間と落ち合う場所に向かうという軍に同行を願い出たのだった。


アズールスは柚子が縛られた縄を解き、解けないところはナイフで切りながら早口で説明してくれた。

他の女の子達も、手の空いている軍人達が縄を解いているようだった。

「ユズ、急いだ方がいい。時間が迫っている」

「はい!」

柚子がアズールスに手を引かれて馬車の外に出ると、そこには軍人達を指揮するコースタルの姿があった。

「アズールス。先に行け。後は軍の仕事だ」

「ああ……! 頼んだ」

頷いたアズールスに続きながら、柚子はコースタルに会釈をする。

すると、コースタルは不敵な笑みを柚子に返してきたのだった。

「こっちだ。俺が乗ってきた馬がいる」

アズールスに連れられて、柚子が走っていると、捕縛したはずの男の一人が、柚子達の元にやってきた。

追ってきた軍人達が追いつく前に、男は柚子の腕を引っ張ると、柚子を人質に取ったのだった。

「来るな! 来たら、この女を殺す」

男は柚子の首元にナイフの先を向けてきた。

柚子の背中を冷や汗が流れる。

「ユズ!」

「アズールスさん……」

「動くな!」

アズールスが動こうとすると、男はアズールスにナイフを向けた。

空は夕陽が沈み、やがて暗くなってきていた。

「ユズを離すんだ。彼女は関係ない」

「黙れ!」

アズールスは男を説得するが、男は興奮しているのか、アズールスの話を聞いていなかった。

「近づいてみろ。この女の命は無い」

男は一歩、また一歩と下がった。男に引き摺られるように、柚子もまた下がっていく。

「ユズ!」

「アズールスさん!」

やがて、男は後ろにあった木に背中をぶつけた。

男の気が逸れた事を確かめると、柚子は男の腕の中から逃げ出す。

「待て! この女!」

男はナイフを柚子の背中に刺そうとするが、それより先に男の腕にナイフが刺さった。

柚子がアズールスに目を向けると、どうやらアズールスが懐から取り出したナイフーー先程、柚子の縄を切る時に使用していた、を投げたようだった。

「いてぇ」と男が血が流れる腕を押さえている間に、柚子はアズールスの元に逃げてきた。

「アズールスさん!」

「ユズ!」

柚子は腕を伸ばしてアズールスの胸の中に飛び込む。アズールスは一瞬、戸惑ったようだがすぐに柚子を抱きしめ返したのだった。

「怖かったです……」

「すまない、ユズ。俺が不甲斐ないばかりに」

「アズールスさんのせいじゃありません! アズールスさんはいつだって私を助けてくれました!」

そのまま、柚子はアズールスの胸の中で泣き出す。

アズールスは柚子が泣き止むまで、そのまま抱きしめてくれたのだった。

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