アズールスの気持ち
その日の夜、アズールスは柚子の部屋に来ると、当たり前の様にベッドに入り、横になった。
柚子も早々にベッドに入ると、燭台の火を消したのだった。
しばらく、二人は無言だった。
やがて、この空気に我慢出来なくなった柚子はアズールスに声を掛けたのだった。
「このベッドは、どうして、こんなに大きいんですか?」
アズールスから返事は無いと思っていた。
だが、少し時間を置いて、柚子の隣から答えが返ってきたのだった。
「……子供が出来たら、家族で寝たいと思っていたからな」
ちなみに柚子の部屋がアズールスの部屋の隣なのは、単純にあまり部屋が離れているとマルゲリタやファミリアが掃除の時に大変だからという理由らしい。
アズールスらしいと、柚子は笑ったのだった。
「アズールスさん、私が言うのもおかしいとは思うんですが」
柚子に背中を向けていたアズールスが、身動いだ音が聞こえた。
「アズールスさんは、このまま私を返していいんですか? まだ自分の本当の気持ちを、隠しているんじゃないんですか?」
柚子の言葉に、アズールスはギクリと肩を揺らしたようだった。
「だが、ユズは元の世界に帰りたいだろう。本に関わって働きたいと」
「それに」と、アズールスは息を吐いた。
「……俺の願いを叶えたくないと」
アズールスから召喚した理由を聞いた時に、柚子が言った事を、アズールスは気にしているのだろう。
柚子はその時の事を思い出して苦笑した。
「それは私の気持ちです。アズールスさんの気持ちではないです」
柚子はアズールスに近づいて行った。
「アズールスさんはどうしたいんですか? このままでいいんですか?」
「ねぇ」と、柚子がアズールスの背中に触れようとすると、「……わけない」とアズールスから聞こえてきた。
「えっ?」
「いいわけないだろう!」
そうして、アズールスは黒髪を振り乱しながらガバリと振り向くと、柚子を強く抱きしめたのだった。
「アズールスさん、くるしっ……!」
「本当は帰したくない! ずっと側に居て欲しい! ユズの事が好きなんだ! この腕を離したくない! だが……!」
柚子の心臓がバクバクと強く音を立て始める。
アズールスは力を緩めると、柚子の肩に顔を埋めた。
「そんな事を言ったら、ユズを困らせる事になる。ユズが元の世界に帰り辛くなる」
「アズールスさん……」
柚子は目を見開く。
アズールスにここまで想われていた事に、柚子は気づいていなかった。
「わかっている。こんな事を言っても、ユズを困らせるだけだと。だから、この事は今夜だけの話にしてくれ。元の世界に帰ったら忘れると」
アズールスはとても辛そうだった。
柚子はアズールスの頭をそっと撫でる。
「……ユズは元の世界で、自分の夢を叶えて欲しい。俺は俺の世界で夢をーー願いを叶える」
柚子は何も言えなかった。
何を言えばいいのかわからなかった。
ただ、これだけは言わなければと思ったのだった。
「ありがとうございます。アズールスさんの……。アズールスさん自身の、本当の気持ちを教えてくれて」
「ユズ……」
「それに嬉しいんです。アズールスさんが私の夢を応援してくれる事が。だから、私もアズールスさんの事を応援したい。応援させて下さい」
「それに」と、柚子はアズールスにピッタリと寄り添って、抱きしめ返す。
「結局、私はアズールスさん自身の事は何も知らないままです。アズールスさんは何が好きで、何が嫌いなのか、何をするのが好きなのかを」
「私の事は散々聞いてきたのに」と柚子が言うと、アズールスは「そうだったな」と納得したようだった。
「じゃあ、今更だが俺の事を話そう。本当に今更だがな」
そうして、アズールスから自分は何が好きで、何が嫌いで、どんな事をするのが好きなのか、聞いたのだった。
(やっぱり、私はアズールスさんの事が)
好き。好きなんだ。
気づいていた。自分はアズールスの事を、少しずつ好きになっている事に。
ただ、元の世界へ帰りたい、帰らなければという考えが邪魔をしていたのだ。
この気持ちは話すべきなのだろうか。
柚子は迷っている間に、アズールスの腕の中で眠りについたのだった。