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秘密と過去2

「叔父に後見人になってもらい、俺は士官学校を卒業して軍人になった。

その頃には、叔父にほとんど財産を使われてな。借金もあった」

軍人になったアズールスは、後見人が不要になったという理由で、叔父と縁を切ろうとした。

元々、叔父はアズールスを利用して爵位と土地を手に入れようとしていたのだ。

これに激昂した叔父からは、二択を選ばされた。

「爵位と土地と屋敷を捨てて縁を切るか、借金を抱えて叔父を切り捨てるか、を」

家族との思い出が詰まった屋敷と、代々治めてきた土地ごと爵位を捨てるか。

家族との思い出を守る為に、叔父が作った借金を抱えながら叔父を切り捨てるか。

「俺は、俺の元に残ってくれたマルゲリタとファミリアを守る為に、爵位と屋敷を捨てて、一族と縁を切ることを選んだ」

アズールスは爵位と土地を叔父に渡して、屋敷ーーその頃には借金でほとんど差押えをされていた。を捨てたのだった。

持ち出せたのは、家族が死んだ時に持ち出した家族の姿絵ーー柚子が書斎で見つけた。と柚子を召喚する時に使用した召喚書だけだった。


「そうして、俺はマルゲリタとファミリアを連れて、とある屋敷にやってきた。

さすがに子爵家の人間が露頭に迷うのは体裁が悪いと、その屋敷だけは差押えされずに残されたんだ。

といっても、その屋敷に来たばかりの頃は、庭も屋敷の中も荒れ放題だったけどな」

アズールスは苦笑したのだった。

屋敷の手入れをするのにマルゲリタとファミリアだけでは大変だったし、軍人のアズールスは、仕事で各地を転々としなければならなかった。

「屋敷の手入れは、マルゲリタの一族や知り合いも手伝ってくれて、すぐに何とかなかった。そうしたら、今度はマルゲリタとファミリアの二人だけでは物騒ではないかと言われたんだ」

マルゲリタは大丈夫とは言っていたが、アズールス自身も心配ではあった。

「丁度、その頃、叔父が博打で多額の借金を抱えてな。

その埋め合わせの為に、叔父は犯罪に手を染めた。ただ、叔父の使用人からの密告ですぐにバレて未遂に終わったんだ」

だが、とアズールスは続けた。

「その犯罪の代償として、叔父は爵位と土地を返還するように命じられていたが、それを拒んだ」

柚子の隣で、アズールスは身体を強張らせた。

「爵位と土地を返還したくなかった叔父は、俺の元にやってくるとこう言ったんだ。

『爵位と土地を返すから、なんとかして欲しい』と。

屋敷にも軍にもやってきて、執拗に頼み込んできた。今更、何を言っているんだと思った。だから、俺は」

アズールスはそこで区切ると、辛そうに話した。


「……軍を辞めた。そうして、マルゲリタとファミリアを連れて夜逃げしたんだ」


手入れしたばかりの屋敷を捨てて、三人は遠く離れた地にやってきた。

そこは偶然にも、事故が遭った時、アズールス達家族がやって来ようとした避暑地と、よく似ていた。

「俺は軍を退役した時にもらった金で、この屋敷を買った。三人で住むにはこれくらいで充分だった」

その後、借金で首が回らなくなった叔父は首を吊った。

残された叔父の一族は、爵位を返還した。

借金は叔父の一族の財産ーー叔父以外がかなりの額を隠し持っていたらしい。を差押えする事でほぼ無くなった。

「この地での生活が落ち着いてきた頃、軍人時代の上官がやってきて、『この近くの公文書館で人が不足しているから働いて欲しい』と言ってきてな。

上官からは、給金は軍人だった頃よりかなり少ないと言われたが、ここで贅沢せずに質素に生活する分には、充分過ぎるぐらいの額だった。それで、すぐに働く事を承諾したんだ」


「アズールスさん……」

柚子は心配になってアズールスの顔を見つめたが、アズールスは淡々と話を続けた。

「それからは、ずっと公文書館で働いている。たまに、士官学校時代からの付き合いであるコースタルがやって来るぐらいで、後は何もない」

さすがにアズールスは何もしていないのに、全く爵位が無いのも、と周りが進言した事と、アズールスの軍人時代の微々たる功績もあり、最近になってようやく子爵位の下の男爵位を賜わった。


「俺は何をやっているんだろうな。結局、父や祖父や、祖先達がが大切にしてきたものを、何一つとして守れなかった。父の様な立派な人間にもなれなかった」

アズールスは起き上がると、燭台に手を伸ばした。アズールスが話し始めた時は、長かった燭台の蝋燭は、今は三分の一ほどの長さにまで減っていた。

「アズールスさんは、ちゃんと守りましたよ。マルゲリタさんとファミリアちゃんを守ったんです。何も守れていないということはありません」

柚子は身体を起こしながら、アズールスに返した。

しかし、アズールスは首を振っただけだった。

「だが、俺は父が残した爵位も土地も屋敷も思い出も、何もかも守れなかった」

アズールスは悔しそうに唇を噛み締めた。

「残された俺に出来る事は、直系の血と跡継ぎを残す事……。一族の血を繋ぐ事しかない。だが、まともな財産も無い、爵位を取り上げられ、ようやく爵位を与えられたと思ったら以前より低い爵位。そんな家に嫁ぎたい者など、そうそういなかった」

アズールスは柚子の頬に触れた。

「この世界で見つからないなら、異なる世界から呼べばいいと、召喚書を使ったんだ。そうして、見つかったのがユズだった」

アズールスは柚子の頬から、そっと手を離した。


一族の血を絶やさぬ事。それこそが、自分に出来る一族としての役割。


だからこそ、アズールスは自分の子供を産んでくれる人を探していたのだ。


「どうして、そんな大切な話を最初にしてくれなかったんですか」

そうしたら、柚子だってアズールスの話をしっかり聞いたのに。

柚子が非難を込めて聞くと、アズールスは「それは」と口ごもった。

「君を……。ユズを、そんな俺の事情に……。我が儘に付き合わせたくなかったんだ」

柚子はしばらく考えると、やがて口を開く。

「『目に見えるものが、全てでは無い』です」

かつて、元の世界で読んだ本の一文を柚子は暗唱すると、アズールスの腕に縋り付いた。

「アズールスさんは、もっと自分の気持ちを素直に話してもいいと思うんです」

柚子は目の前のアズールスしか見ていなかった。

アズールスの中にある、アズールスの本当の気持ちに気付いてあげられなかった。

「アズールスさんは、跡継ぎだからや、自分しかいないから、我が儘だからと、何でも自分でやらなければならないと、我慢しすぎているのではないですか? 本当はどうしたいんですか? アズールスさん自身は」

アズールスは俯いた。俯いた時に、アズールスの黒髪が肩から一房落ちた。

「俺は……。本当は、せめて父やそのまた父のような、立派な人間になりたかった。立派な軍人になりたかった。こんな形で、軍を辞めたくなかった」

「私もです」

「ユズ?」

アズールスは驚いたように、柚子を見下ろした。


「私も、元の世界で夢だった図書館ーー本に関わる仕事をしていたんです。でも、辞めなければならなかった。対人関係が上手くいかなくて」

柚子は元の世界で図書館司書として働く事になったきっかけから、辞める事になった理由を話した。


「私は一緒に働く人達の気持ちを全く理解していなかった。自分の事しか考えていなかったんです。だから、仕事を辞めざるを得なかった」

柚子はアズールスの手を両手で包んだ。

「私は夢を叶えられなかった。でも、この世界で改めて本に触れて、公文書館を見学して、やっぱり、私は本に関わる仕事がしたい。図書館じゃなくてもいい、本に関わる仕事がしたいと思えたんです」

柚子はこの世界に来る前、やはり自分には図書館司書は向いていないのではないかと考えた。

でも、この世界にやってきて、本に触れて。

やはり、自分には本しか無いと、自分は本に関わる仕事がしたいんだと思ったのだった。


「アズールスさんだって、もう一度夢を叶えられると思うんです」

「ユズ……」

「叶えて下さい。アズールスさん。今からでも、また軍人になれます。お父さんの様な、立派な人間にもなれます。もう一度、夢を叶えましょう」

柚子は精一杯の笑顔でアズールスを見つめた。

アズールスは少し困ったような顔をして、柚子の手を解いた。

「ありがとう。でも、俺は今の生活で充分なんだ。マルゲリタがいて、ファミリアがいて」

アズールスは空いている手で、柚子の頬を撫でた。

「ユズもいるからな」

「アズールスさん……」

アズールスは柚子から手を離すと、燭台の火を消した。

暗い部屋の中で、窓から差し込む月明かりだけが部屋の中を照らした。

「ユズ、君に話さなければならない事がある」

暗い部屋の中で、アズールスの声が響いた。

「話って何ですか?」

アズールスがベッドの中に戻ったのか、衣擦れの音とベッドが軋む音だけが部屋に響いた。

柚子もベッドの中に戻ると、柚子の隣からアズールスが近づいてきた。

そうして、そっと抱きしめられると、耳元で囁かれたのだった。


「君が元の世界に帰る方法だ」


「えっ?」

柚子が聞き返した時には、アズールスは柚子から身体を離していた。

隣からは寝息が聞こえてきたのだった。


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