精霊の森の集落3
ということで、ノーム達の歓迎により俺たちは踊りを見せられていた。と言っても手足が短いせいでただウネウネと動いているだけにしか見えない。
そもそも母さんの事を知っているなら『俺は母さん(魔術研究所の館長)の息子です』って言えば良かったかな。
「こちら、とてもきれいな水んぼー。地面の奥深くから汲んだ水で、魔力回復も期待できるんぼー」
「こちら、焼いた野菜んぼー。人間は生で食べないからとりあえず焼いたんぼー」
凄い。とにかく野菜炒めが沢山置かれてある。調味料もなく、とにかく炒めた野菜を混ぜた料理が沢山ある。
せめて何かしらの味付けは欲しいところ……。
「うま! なにこれ! すげー甘い!?」
焼いただけの野菜なのに、これほど美味しい野菜は初めてだ。
というか普段野菜を苦い顔して食べているパムレすらパクパク食べているよ!
「凄いわね。これほどの野菜、貴族間で食べる野菜が質素に思えるわ」
「というか精霊ってご飯を食べないんじゃ? どうして野菜を作っているの?」
素朴な質問に、青い帽子をかぶったノームが答えた。
「野菜作りは一部のノームの趣味んぼ。確かにオラたちは食べるという行為をしないし、食べたところで味も分からないんぼ。でも成長する野菜を見ると時間の流れがわかるし、何より楽しいんぼ」
楽しい……。
やはり精霊にも感情があるように思える。心が無いという噂は噂に過ぎないのだろうか。
『む? リエン様よ。半分誤解じゃよ。精霊はあくまで概念であり人間ほど考えることはせぬ。ノーム達の野菜作りはその時その時を楽しんでいるだけで、大きく成長する先のことなど考えておらぬぞ』
「精霊の業界もなかなか理解しがたいね」
とはいえ、この野菜の味はしばらく忘れないだろう。お土産に母さんに持っていきたいくらいだ。
「というかこの精霊の森の中には『寒がり店主の休憩所』は無いの?」
「リエン……一応言っておくけど、店主殿は沢山いる時点でおかしいからね? その発言だけだと親離れできない子供みたいよ?」
「……リエンお子様」
「なっ! すごく心外!」
確かに頼りっぱなしだけど! あと今の発言すごく悔しい!
「昔はあったんぼ」
「「あったの!?」」
あった。ということは何かがあってここを立ち去ったのだろうか。
「一体何が……」
「んぼ。それはノームの集落の歴史に残る残酷な事件が起こったんぼ」
残酷!?
もしや『影の者』が関係していたり?
「フーリエは……うっかり大きなくしゃみをしてしまい、九割のノームが一年間身動き取れなくなったんぼ。人間でいうところのぎっくり腰状態になったんぼ……」
「「……」」
いや、そんなことだろうと思ったけどね!
というか母さんって色々な精霊に『ぎっくり腰』を与える悪魔になってない?
「……あれは悲惨な事件だった。ミルダを呼ぶレベルの事件。あの一件以降エルフと人間の間にできた溝が少し深まった」
「何やっちゃってるの母さん!」
「ミルダ様を呼ぶって……まあ、今はようやく落ち着いたわけだし、とりあえず良いんじゃない?」
「んぼ。オラはその事件後に生まれたから特に気にしていないけど、当時のノームは軽いトラウマになってるんぼ。一応寝るときは気を付けて欲しいんぼ」
……。
『だ、大丈夫じゃ! 我達は睡眠を必要としない! リエン様をしっかり守るぞ!』
『ご主人がいないとー。ウチも困るー』
「マジで頼んだよ精霊ズ!」
☆
……。
なんて言われたら気になって寝れないじゃん!
シャルロットとパムレはがっつり寝てるし……というかシャルロットはしっかりパムレを抱き枕代わりに寝ちゃってるし。一応その両手に包んでいるちっちゃい人は三大魔術師マオなんだよ?
『む? リエン様が望むならあれくらいの大きさになってダキマクラとやらの代わりくらいにはなるぞ?』
『よくわからないけどシャルロットにされていることをすれば良いのー?』
「しなくて良いから! もしやるとしても犬か鳥にするから!」
俺は普通だ! 決してシャルロットみたいな可愛いものを見たら抱っこする趣味なんて持ち合わせていない!
と、そこへ暗闇の中から一体のノームがこちらへ歩いて来ていた。
両手……のような部分には鉄の棒が一本ずつ? まさか俺の命を狙って?
「フーリエ殿の息子様んぼ? ちょうど目覚めてて良かったんぼ」
「何の用で?」
「オラはこのノーム集落の長んぼ。挨拶が遅れたんぼ」
長ということはノームのトラウマを受けた被害者……だよな?
というか俺たちを捉えた大きなノームは長じゃないのか。
「そう怯えないでいただきたいんぼ。確かにフーリエ殿のくしゃみは集落の歴史に残る大惨事だったんぼ。が、事件前のフーリエ殿を知っている者はそれ以上に恩があるんぼ」
「そうなの?」
「おっと、昔話をするのは今度にするんぼ。今回は『ガナリ様』がお話をしたいとの事でしたんぼ」
「ガナリ……?」
ゴルドさんの子供の?
と、そんなことを考えていたらノームの長が二本の鉄の棒を地面に刺した。
『あーあー、聞こえますかー?』
いつ見ても不思議な光景だ。以前ゴルドさんが鉄の棒を生成して話しかけたっけ。そして前はアルカンムケイル様(うーん、チャーハン作ってるし神様かどうかわからないからゴルドさんのお父さんでいいや)と繋がったし。
「んぼ。ではオラは席を外すんぼ。棒は突き刺さったままで良いんぼねー」
『ありがとうございます。そしてフーリエの子供さん。初めまして』
「あ、その、初めまし……て?」
『ん? どうして疑問形なのですか?』
「いや、以前ゴルドさんが話しかけた時、孤島限定パムレットをつまみ食いして怒られている状況だったので」
『今すぐ忘れてください。というかその時一緒にいたのですか!?』
ふむ。やはり会話だけなのだろう。こちらの様子は見えないようだ。
『まあ良いです。改めてガナリはガナリです。人間で言うところの一人称とやらは性別によって変わるみたいですが、ガナリは精霊です。故にガナリはガナリを使わせてもらいます』
「いや、人間でも自分の事を自分の名前で言ったりするからね? パムレ……マオとかミルダ様とか」
『三大『人間でヤバイ』魔術師のうち二人が? おっと、誤解をしないで欲しいです。これはガナリなりの誉め言葉です』
「うん。あとで母さんに報告しておく」
『君は悪魔とも契約しているのですか? ぐぬぬ、息子は常識人だと思ったのに思わぬ誤算です』
失礼な。母さんを否定して良いのは俺の特権だぞ。
「それで、一体何の用で?」
『フーリエから話だけは聞いていて、『話してみたかった』。それだけです』
「は?」
え、それだけ?
『ノームの集落はガナリと相性が良く、絶対につながる土地。本来は父様がいないとできない通信もここならノームで補えるのです』
「あれ? 本当はとある事情でガナリに話しかけようとマオが試みたら失敗してたけど」
『『魔力お化け』は時々失敗します。魔力は多すぎるけど、使い方が雑です。あくまでガナリが繋げた場合という意味です』
すげー。三大魔術師にモノ申しているよ。このガナリって精霊は大物なのかな。
「ところで『ガナリちゃん』はどれくらいの身長なの? あと見た目も教えてくれればうれしいわ」
「『うおおおあああ!』」
目の前にシャルロットの顔があった。
「さすがに目の前で大声を出されたら耳が痛むわよ」
「いや、それ以前に急に起きないでよ!」
「そう言われても、私の中に眠る『可愛い生き物探知』が引っかかったら起きるわよ」
さすがというか、筋金入りとはこのことなんだろう。というかパムレがうつぶせで転がってるよ。何度も言うけどあの子は三大魔術師だよ? もうちょっと大事に扱おう?
『こ……こほん。おそらくそこにいるのはガラン王国の今の姫ですね。初めまして』
「はーい。初めまして」
『話には聞いてます。音の魔力を所持していると』
「そうみたい。全然自覚はないのだけどね」
『というかそこまで知っておいて父様から質問されなかったのですか?』
「何が?」
『鉱石の魔力も宿っている可能性があると』
え?
シャルロットが?
「え、まったくないけど」
『まあ、こればかりは事例が無いので、ゼロという可能性もありますね」
「どういうこと? シャルロットに鉱石の魔力もあるって」
『へ? 簡単じゃ無いですか? 音の魔力を保持したトスカ王と鉱石の魔力を保持したシャムロエ女王の子孫。普通に考えたら可能性の一つや二つあると思うのですが』
そうじゃん! ここに来て思い出したけど、シャムロエ様って凄く長生きだし、その理由は体内に鉱石の魔力を宿しているからじゃん!
「あはは。まあ今だけは冗談ではなく本音を言うわね。きっと無いと思うわ。理由として母上はしっかり老けているし、その祖母シャンデリカ元女王は亡くなっているしね」
すげー! しっかり答えた! あの可愛いものに対して自我を忘れるシャルロットが!
『ふむ。ガナリの考えも甘くなったものです。確かにその通りですね。以後覚えておきましょう』
「じゃあご褒美にナデナデさせてね」
『え? なで……なんですかそれは?』
「ガナリ。孤島に到着したら……ガンバレ」
『ええ!』
と、そのガナリの声が大きかったのか、鉄の棒が折れた。
「あー、折れちゃった。というか鉄の棒ってそんなに簡単に折れるの?」
「さあ。もしかしたら会話をすると折れやすいとか?」
「うむ。なかなか興味深いわね。折れない棒を開発したらガナリちゃんとずっと会話できるし、これは国の全技術を駆使して取り組もうかしら」
本当にやりかねないからやめていただきたい。




