精霊の森へ行く前の準備2
『シャルロット姫、帰還ー!』
ガラン王国の謁見の間にて、大勢の兵士による出迎えがある中俺たちは前へ進んだ。
正面にはガラン王国女王のシャーリー様が椅子に座っていた。
「シャルロット。元気そうで何よりです。思ったより早い帰還ですが、どうしましたか?」
「この先の精霊の森に用事ができたためその道中である実家に顔を出した次第です」
ペコリと頭を下げるシャルロット。それに合わせて俺も頭を下げた。
「それはそうと……シャーリー女王様。一つお願いと言いますか、提案をさせていただきたく」
「何でしょう? 娘のお願いなんて珍しい。できることなら是非協力しましょう」
「ありがとうございます。実は軍事訓練をしたいと思いまして」
「軍事訓練?」
首をかしげるシャーリー女王。
「はい。いつ訪れるかわからない大きな戦いに備えて、ここは一つとても強い敵を想定した軍事訓練を行おうかと」
「ガラン王国軍の今後も見据えてその訓練はとても良い案だと思います。しかし、大きな敵を想定となると、どういった訓練になるのでしょう?」
「はい。こちらの……」
パムレと母さんが正面に立った。
「三大魔術師のマオと、寒がり店主の休憩所の店主殿に大きな敵役を演じてもらおうかと」
「何吹っ飛んだ提案をするんですか!」
☆
いやー。シャーリー女王って怒ると怖い人なんだなー。
三十分ほど別室に呼ばれたシャルロットは少ししょんぼりしながら帰ってきた。
こってりと怒られたらしいけど、結局軍事訓練は行うとの事。
で、今俺はシャーリー女王の部屋に呼ばれて二人きりになっている状態と。俺も怒られるのかな!?
「ここへ呼んだのは他でもありません。要件は二つあります」
「は、はい」
そう言って、シャーリー女王は。
頭を深く下げた。
「え?」
「リエン殿を送り届けた後、シャムロエ様から強く怒られました。リエン殿はまだ十六。そして貴族でも無ければ兵士でもない。その方相手に当然の様に物事を押し付けた事、今更ですが謝罪させてください」
「あ、ああ。いや、それはもう色々と条件を飲んでもらったので。それにガラン王国の剣術を教えてもらっているので」
「ほっとしました。この場で許しませんと言われたら、正直打つ手がない状態でした」
「こちらこそ、俺のわがままを聞いてくださってありがとうございます。三大魔術師のマオの護衛はとても心強く思います」
「いいえ。まだきちんと訓練を受けていない状態であれば、こちらとしても最大限の補助をするのは当然。宿泊費用はなかなか凄まじいですが、これもまた仕方が無いかと」
あはは。母さんの『後払いシステム』はガラン王国にとっても結構痛手なんじゃないかな?
「そこで先ほど『フーリエ様』とお話をさせていただき、軍事訓練を行う際、一つ条件を加えさせていただきました」
ちょっと待って。今フーリエって言った?
「もしかしてシャーリー女王様って母さんの事を?」
「はい。存じてます。この国では女王になった際にシャムロエ様から三大魔術師についてご教授されるので。最初に聞いたときは正直驚きました」
てっきりガラン王国ではシャムロエ様だけが知っているかと思ってた。
「それで、話は戻りますが今回の軍事訓練では一つ条件を持ち出しました」
「条件?」
「こちらは全ての戦力に加えてリエン殿にも協力してもらう形でガラン軍側についてもらいます。そして、見事こちらの勝利となった際には、今日までの宿泊費を無料にしてもらおうかと」
凄い真剣な目で見て来るけど、要するに『勝ったら今までの宿泊費はチャラね!』ってこと!? セコくね!? というか陰でガラン王国が支払ってたってことは内緒だったんじゃないの!?
「現在ガラン王国はその気候を有効活用した農業を発展させ、ミッドガルフ貿易国へパムレットの材料を送ることで資金を集めました。そして先日のゲイルド魔術国家との貿易のため、大型の船の建造にかなりの資金の投資をしました。故に……お金が無いのです」
パムレットでお金を集めてたって、パムレットの存在大きすぎね!?
もっと他の部分でなんとか資金集められなかったの!?
「ということで、もう一つのお話は、今回の勝負で是非勝っていただきたいと。もちろん軍事訓練には微力ですが私シャーリーも参加します」
「シャーリー女王様も?」
「はい。かつてガラン王国軍の隊長も経験しており、しばらく剣を触ってはいませんが、シャルロットよりは戦力になりますよ?」
へえ。女王様も結構強いんだ。それは意外というか。
「わかりました。勝てるかわかりませんが、全力を出します」
「ありがとうございます。あ、ちなみにガラン王国剣術の教えにはこの言葉があります」
「はい?」
「ガラン王国に負けという文字は無い」
☆
そして俺は足を震わせながらシャーリー女王の隣に立っていた。
周囲には近衛兵がずらりと並んでいる。
俺の目の前にはシャルロットが立っていて、その少し離れた場所には多くの軍勢が整列していた。
「リエン、大丈夫? すっごく足が震えているけど?」
「武者震い。母さんと手合わせは久しぶりだからね。はは」
隣でニコニコ笑っている女王が怖いよ。
「それにしてもほぼ全部隊が並ぶと圧巻ですね。今までシャルロットの部隊しか見たことなかったけど」
隣に立つシャーリー女王に話しかける。というか話しかけないと俺の心が折れそうだ。
「そうですね。今私達の周辺にいるのは第一部隊の隊長を務めたこともある精鋭中の精鋭の女王近衛兵と第一の隊長ラルト。少し離れたところにいるのは第二部隊から第五部隊までいますね」
第一部隊がラルト隊長以外出張中とはいえこの人数はすごいな。数百はいるんじゃないかな?
さすがにガラン王国城の敷地内ではできないということで、城下町を出た広い場所で行うことになった。
それにしても第一部隊の隊長を務めた人を集めたってことは、第一部隊隊長って凄い人がなるんだね。今回の第一部隊隊長は何度も逮捕されてるけど大丈夫なのかな?
「じゃあシャルロット。お願い」
「はい」
そう言ってシャルロットはシャーリー女王に魔術を使った。術式から見ると、風の魔力を使った声を大きく広げる魔術だろうか。
『これより大規模な軍事訓練を行う。訓練だからと言って油断していると大怪我をする。各自気を付けるように』
一斉に『ザッ』という音が聞こえた。おそらくこれが返事なのだろう。
『では大きな魔獣がガラン王国を襲ってきたという想定で訓練を開始する!』
その瞬間。
大きな地鳴りが鳴り響く。
『ふむ。リエン様よ。気をつけよ。あの魔力お化け(マオ)は本気じゃぞ』
『やばいやばいー。セシリー姉様急いで魔力壁展開ー!』
俺でもわかる。この魔力は尋常じゃっ!
ばああああああああああああああああああああああん!
青空にも関わらず、第ニ部隊から第五部隊の集団のど真ん中に大きな雷が落ちた。おそらくあれはパムレの魔術だ。というか……あれ普通に死ぬんじゃね!?
「第二から第五が半壊!」
「体制を整えて目標に進め!」
「で……ですが」
驚くのも無理はない。
目の前には巨大すぎるウネウネと動く触手が三本、地面から生えていた。
『ぬあああああああああ! リエン様、あれはヤバイ! 腕と足が同時につったぞ!』
『痛い痛い痛い痛いー!』
想定はしていた。母さんは悪魔術を使う。よって精霊たちは今回出番がないと思ってはいた。それにしてもあれは母さんの悪魔術『深海の怪物』だろう。禁止にしたのに容赦なく使ったなちくしょう!
「弓兵! あの大きな魔獣討伐を! 前衛は距離を縮めてマオを!」
『はっ!』
そう言って後ろから大量の弓が『深海の怪物』に命中する。しかし全く効いていない様子。
「報告! 目標の二名を見失ってます!」
雷の攻撃は続いているし、大きな触手もある。近くにはいるはずだ。
「シャルロットー、気配や音で母さんたちを見つけられない?」
「無理! うるさすぎて気配とか見えない!」
もしかしたら『認識阻害』を使っているかもと思ってシャルロットの『音を見る』力が頼りの綱だったけど、この無駄な爆音はそれを消しているのか!
「報告! 第二から第四部隊は全滅! まもなく第五も全滅です!」
「リエン殿! 何か作戦を!」
シャーリー女王が俺に向けて話しかけた。
「提案があります」
「おお! さすが。それで、一体どんな作戦を?」
「一度コテンパンにやられちゃいましょう」
☆
「……よゆーのしょーりー」
「少し張り切っちゃいました。さすがに疲れますね」
なんともやりきったという表情の母さんとパムレ。そして。
「か……完敗です」
シャーリー女王はうつ伏せで倒れていた。
「というか母さん、あの術は禁止って言ったじゃん!」
「大丈夫です! パムレ様から『魔力譲渡』で魔力を貰ったので実質ワタチは無負荷で出せました! と言っても、人間の魔力ってあまり美味しくないので……おっと、大勢の前ではあまり言えない内容でしたね」
魔力に味があるのかどうかわからないけど、とりあえず悪魔的な発言なのは理解。
で、『深海の怪物』から見事な一撃を受けたシャーリー女王と、大きな雷を受けたシャルロットは足を震えながらも立ち上がった。
「やはりお強いですね……兵たちもこれをきっかけに色々と反省するでしょう。とりあえずラルト隊長には今後の方針もかねて大きな会議に出席してもらいます」
相変わらずラルト隊長は仕事が減らない人だ。アリシアちゃんとその奥さんがいなかったらきっと支えが無くて心が無くなってるよ。
「というかリエン、何故リエンは無傷なのよ!」
「へ!」
やべ、バレた。
「そうですね。あれだけの攻撃があったのに、どうして貴方は立っているのですか?」
「あー、正直に話すから怒らないでくださいね?」
「はい」
「うん」
「悪魔の魔力で疲弊している精霊二人には、力を振り絞ってもらって俺だけに魔力の壁守ってもらってた」
「「説教の時間よ! 謁見の間に来なさい!」」




