編み棒を求めて右往左往
「あー! 面倒だったわー!」
そう言って布団に飛び込むシャルロット。
ちょっとそれ俺の布団なんだけど。
「結局話し合いはどうだったの?」
「どうもこうも、ミッド王子が次から次へと嘘を言い始めて、最終的につじつまが合わなくなって後日延期ーなんて悠長なことを言われたから大叔母様を呼ぶことにしたら『それは考え直さないか?』って言われて、収集つかなくなったから結局呼ぶことにしたわ!」
パタパタと布団の上で転がるシャルロット。だから俺の布団なんだけど。
と、そこへドアがコンコンと鳴った。
「……あー、もしかしてパムレ空気読めない子?」
「いや、入って欲しい。俺にはどうしようもできない」
「……あー、うー、気を使ってるなら全然。その……」
俺は唯一の救いであるパムレの腕をがっしり掴み逃がさない。
「……ん? クンクン。あー、そういう事」
ん? さっきまで逃げそうだったパムレが今度は部屋に入ってきた。そしてシャルロットに手を乗せて。
「……『解毒』」
「ふぇ!?」
青白い光がシャルロットを包み込む。
「えっと、どうして私はリエンの布団の上でゴロゴロしてたの?」
「……出された料理にお酒が使われてた? シャルロット、少しお酒臭い」
「リエン今すぐ呼吸をやめなさい! そして水を浴びれる場所を教えなさい! あとパムレちゃんはリエンの記憶消去をお願い!」
「……はーい」
はーいじゃないよ!
☆
「ということで、大体シャルロット(裏)が話してくれたから分かったけど、色々大変だったんだね」
「『心情偽装』を早く習得したいと今凄く思っているわ」
そして母さんがコップに水を入れてシャルロットに渡した。
「ナニモマチガヲオコシテマセンネりえん?」
「本気で怒った目で俺を睨まないでくれる!? そもそもシャルロットが俺の部屋に勝手に入ってきたんだよ!」
「まあリエンは『ワタチが育てた』紳士なので大丈夫でしょう。とは言え、万が一もありますし、リエンには呪いをかけましょう」
「え」
そう言って母さんは俺の右腕に指を置いた。
「『汝の目は我と同化し、如何なる時も我はお前の……』」
「ちょっと本気の呪いっぽい呪文止めてくれない!?」
『おおおおおおお!? リエン様よ、これはヤバイ! どうやばいって、我が精霊でなくなるくらいヤバイ!』
『お姉ちゃん……ウチ、お姉ちゃんと会えて……良かったよ?』
『早く止めるのじゃ! 油断してたフェリーが真っ先に消えかかっておる!』
「母さんストップストップ!」
何か禍々しい霧が一瞬見えかけたけど、ふわっと消え始めた。
「むー。では約束してくださいよ? きちんとお付き合いをするなら常識をわきまえてくださいね!」
と、言い残して台所に戻っていった母さん。今日はお客さんも少ないから多少声を出しても良いのだろう。
と思った矢先。
「きゃああああ!」
隣でポーラが叫んだ。
「どうした!」
「ご、ゴルド様が!」
焦るポーラの声を聞いてすぐにゴルドさんを見ると、すごく顔色が悪い状態で机に体を預けていた。
「すさまじい悪魔の魔力を吸い込んでしまいました……感覚としてはぎっくり腰という奴です」
そう言って動けない状態のゴルドさんをシャルロットが『良くなりますようにー』と言いながらさする姿は、まるで孫とおじいちゃんに見えた。
やっぱり母さんのさっきのは本気の悪魔術だったんだなーと少し冷や汗をかきつつ、目の前の水を一口。
「というかポーラ、やっと起きたのね」
「お陰様で。前はドタバタしてたけど、ようやくゆっくり話せそうね」
精霊ズが半壊している状態でゆっくり会話ができるの?
「……リエン、もう細かいことは考えない。リエンママもそれほど怒ってないし、精霊はもう少ししたら元気になる」
「そういうことにしよう。それで、ポーラはこのまま南へ向かうの?」
「ええ。ガラン王国へ親書を届けに。まあ、あくまでそれはおまけみたいなもので、ワタシが貴女達のマネをしているだけなんだけどね」
俺たちの影響を受けて旅に出るとは。行動力がある人ってすごいよね。
「リエン、どうする? 確かイガグリの故郷って精霊の森にあるのよね?」
「あら、このままゲイルド魔術国家へ向かうのではなくて?」
「別に北へ向かっていたわけでは無いんだよね」
探す秘宝は三つ。その内手掛かりがありそうなのって『創造の編み棒』だけだから、今は精霊の森に行く以外の選択肢って無いんだよね。
「でしたら一緒に行きましょう! ワタシも安心してガラン王国へ行けますし、何よりお友達……と一緒に旅なんて楽しそうですわ!」
「お、おう」
そう言って今夜は剣の稽古を軽めに行って早めに寝た。
☆
「普通に考えたらそうだよね。ポーラって姫だもんね」
「リエン、一応言うけど私も姫だからね? 特例でパムレちゃんとリエンだけの旅をしているだけよ?」
「いや、シャルロットは今回俺の剣の先生だから。護衛じゃないから」
「……パムレだけで兵士千人分の戦力。まあ、リエンはそもそも二体の精霊と契約しているし、レイジが現れない限りは安全」
宿を出て後ろを振り向けば、普通なら見送りをしてくれる母さんが見えるはずなのに、そこには大量の兵士が整列して待っていた。
「「「ポーラ様護衛一班! 配置につきました!」」」
人が多いミッドガルフ貿易国でもさすがにこの兵士の数は目立つのだろう。
『リエーン。精霊の森へ行く前にガラン王国へ行ってくださーい。お渡ししたいものがーあるのでー』
「はーい」
母さんも大声で話さないと声が届かない。というか兵士の所為で身長の低い母さんが見えない。
と、そこへ横からゴルドさんがやってきた。
「さすがに圧巻ですね」
「ゴルドさん。見送りに?」
「見送りを兼ねたちょっとした贈り物です。一応原初の魔力の精霊としてお渡ししておこうかと」
そう言ってゴルドさんは金色の石を俺に渡した。
「精霊の森には風の精霊エルフのほかに、土の精霊ノームが住んでいます。ノームは縄張り意識がとても強いですが、鉱石精霊の魔力を込めたこの石があれば友好的になってくれるでしょう」
「それは助かります」
なんか最後の最後に原初の魔力の精霊って感じを出してきたぞ。一方で神様は今日もチャーハンを作ってるけど……。
と、突然兵たちが剣に手を置き、いつでも抜けるような構えを取った。え?
正面をよく見ると大量の大群がこちらへ向かってきていた。あれは……。
「ああ、大叔母様ね。来るの早いわね」
ザッザッザっと音を立ててこちらへ来る。そして止まった。
というか大群の中心に俺らが立っていて、何も知らない人からすれば完全に包囲されている人にしか見えないんだけど!
「シャムロエ様、こんにちは」
「大叔母様、こんにちは」
「……やあ」
「え! マ……パムレはわかりますが、リエンは彼女に対してずいぶん軽い挨拶ですね!」
ゴルドさんは俺たちの挨拶に少し驚く。いや、面倒事押し付けられた身としてはこれくらい許してほしいなー。
「良いのよゴルド。リエンには大きすぎる貸しがあるから。それよりも久しぶりね。元気にしてた?」
「お陰様で。シャムロエは相変わらずという感じですね」
「ふふ、これでもまだトスカの事を悔やんでいるくらいよ。まあ、今はシャルロットやリエンの成長を見ているのが楽しみで少し気が楽かしらね」
やっぱり原初の魔力の精霊ということでシャムロエ様とも知り合いなんだなー。いや、この場合はシャムロエ様が凄いと思うべきことなのかな?
と、そこへポーラが俺の前にきれいに入り込み、ぺこりと頭を下げた。
「お久しぶりですシャムロエ様。先日はあまりお話しできずこの場での挨拶となり言葉が思いつきません」
「いえ、今日はそこの子に呼ばれて偶然出会ったわけだし、堅苦しい挨拶は無しにしましょう」
ポーラは一気に王族の振る舞いになったぞ? ちょっと前まで精霊ズに囲まれて気を失っていた人とは思えない!
「というか大叔母様、どうして兵達を? よく見たら第一部隊を連れてきてるし」
「事を早く済ませるためにちょっとした『圧』を持ってきたのよ」
なるほど。ただでさえ大きな存在のシャムロエ様でも、その後ろに大量の兵士を配置したら怖いもんね。
「あ、でしたらワタシの兵達も同行させましょうか?」
「名案ね。借りるわ」
「「「ポーラ様!?」」」
いや、俺も大声で突っ込みかけたよ!
「ガラン王国とゲイルド魔術国家の兵達を後ろに配置して先頭にはシャムロエ様。ふふふ、ガルフ王の青ざめた顔が目に浮かびますわ」
さすがに可愛そうじゃない!?
「というか、護衛無しで大丈夫なの?」
「ワタシ一人だと危険ですが、パムレ様やセシリー様やフェリー様という少人数なのに軍隊にも対抗できる集団にいれば大丈夫でしょう」
いやまあ確かにそうだけどね! パムレはもちろん精霊ズも強いもんね!
『リエン様よ。頼られるのはうれしいが、もう少し呼び名を変えてもらえん? 格好が付かぬぞ?』
『『氷炎の二柱』とか希望ー』
「却下だな」
『『ぶーぶー』』
とりあえず二人は置いといて、気を取り直す。
「じゃあ四人で行きましゅか」
「噛んだ」
「噛んだわね」
「……噛んだね」
『噛んだのう』
『噛み噛みー』
走ってこの場から脱出したくなった。




