束の間の休息
シャルロットが謁見の間で話し合いをしている間、俺たちは特にやることもなかったので、寒がり店主の休憩所の一室に集まり今までの行動をまとめていた。
「ワタシが気を失っている間にそんなことが……」
すっごく忘れてたけど、ポーラがこの国に来てて、ずっと気を失ってたんだった。
「というかシグレット先生? どうしてここに?」
「上司の命令で仕事ですよ」
母さんが後ろで目をギラギラと輝かせていた。
「はあ、それにしてもポーラ様がさっきまで目を覚まさないとは思いませんでした。あと数刻待っても起きなかったらとても苦い飲み物を飲ませようとしてましたよ」
「校長……いえ、リエンの母上様の飲み物でしたらきっと体に良い物でしょう。目覚めた今でも興味がありますわ!」
「え、究極に苦みだけを抽出した『多分体に悪影響はないけど多分良い影響も多分与えない』多分スープですよ?」
『多分スープ』って何!?
「リエン……貴方の母上様は本当にあの方(魔術研究所の館長)なのですよね! そんな御方が究極に苦いスープなんて作るの!?」
「俺に言わないでよ。まあ……俺も飲んだことはあるなあ」
悪いことをしたらどこからともなく『空腹の小悪魔』が運んで来るんだよね。思えばあれは母さんなりのしつけだったのだろうか。
「懐かしいですね。確かタプル村の村長が『女性なら男性の胃袋を掴みなさい!』と言ってたので、とりあえずリエンの胃袋を確保しようと思って作ったのがきっかけでした」
「多分それは意味を間違ってると思うよ!?」
捕まえるというか捕虜じゃん。次悪い事したらこれをまた胃袋に流し込むよ? っていう脅しじゃん!
「それはそうと……」
と、ポーラがこっそり俺の耳に顔を近づけた。
「その……鉱石精霊様とお話を是非したいのだけれど……取り繕ってもらっても?」
「へいへい」
少し離れた席でセシリーとフェリーとゴルドさんが楽しく会話をしていた。フェリーとセシリーは大人状態になって、周囲と溶け込んでいた。
「ゴルドさんー。ポーラが話したいんだってー」
「あ、いいですよー。じゃあちょうどこの席が空いているので来てください」
「リエン。あの精霊しかいない空間にワタシだけは耐えきれないわ。同行願えるかしら?」
「へいへい」
個人的には遠くで見てみたいけど、まあ紹介するって言ったしそれくらいはしてあげよう。
パムレも黙々と目の前のご飯を食べてて『……ん(行っておいで)』と言ってくれた。
「改めましてゲイルド魔術国家の王家、ポーラ・ゲイルドです」
「こんにちは。ゲイルド魔術国家ですか」
「来た事はあるのでしょうか?」
「実はボクがこの世界に来た時、最初に訪れた地がゲイルド魔術国家なんですよ」
へー。それはびっくり。というか『ボクがこの世界に来た時』って単語は簡単に流して良い単語なのかな?
「少し美化して語ると、ボクはここではない世界『カミノセカイ』という場所で一番偉い神様に喧嘩を売ったのですが、見事に敗北してこの世界に落ちたのです。そして最初にたどり着いた村がゲイルド魔術国家。ボクが来たときはまだ『雪の地』なんて言われていましたね」
かつてこの世界にまだ国が無い時、それぞれの地域を特徴ある単語に『地』をつけて呼び合ってたって言ってたっけ。
確かガラン王国は『草の地』で、ミッドガルフ貿易国は『岩の地』だったかな?
その近くの『砂の地』は国が無いため、その名残が今も続いているんだけど、そもそも誰がそう決めたんだろうか。ミルダ様かな?
「ということはゴルドさんはセシリーと最初に出会ったの?」
そう聞くと、セシリーが無表情で目から涙を流した。え?
「鉱石精霊様はな? ちょっと北に行けば我と会えたのに、南下したのじゃよ。その時出会っておれば旅のお供になったろうに……」
「どうどう。セシリー姉様はその代わりウチと出会ったから良いでしょー」
「うう」
「あはは、まあ当時一緒にいたシャルドネが寒いと言ってたから、すぐに南の温かい地域に向かったんですよ」
そういえばゴルドさんってガラン王国の先代女王シャルドネ様とミルダ大陸を旅したんだよね。
「何というかすごく壮大なお話ですわね。まだゲイルド魔術国家が無い時代を生きた方がいらっしゃるというのは不思議な感覚ですわね」
俺はゆっくりと母さんを見た。
母さんは目をそらした。
「失礼。校長もかなりご年配……いえ、その、お年を、いえ、あー、リエン。助けて」
「俺は悪くないからね! 母さんをただ見ただけだからね!」
「リエン。あとでシャルロット様にお願いして今日の剣術修行は厳しめにしてもらいます」
「理不尽!」
がんばるけども!
「ゲイルド魔術国家と言えばなじみ深い名前は『マリー』ですね。彼女には色々と助けてもらいました」
「マリー様と言えば初代魔術研究所の館長ですね。まさかあのお方とも会っていらっしゃったとは」
ん? 魔術研究所はあったの?
「ふふふ、そこは創造の理じゃな。すでに千年以上経った今ではその意味も持たないのじゃが、国は無いのに魔術研究所はあったり、『草の地』などの歴史はあるものの、その前の歴史についてはまるで消滅したかのように知られておらぬ。どうやって世界が作られたのかなんぞ、今では空想で補えるが、その前は誰も違和感を持つことが無かった世界。なかなか面白いよのう」
「え、それって俺たち人間に話して良い内容なの?」
「うむ? 別に良いじゃろう。そもそもこの世界が誕生した時にすでに幾年も過ごした記憶がある人間なんぞこの世界にはおらんじゃろうて」
俺は母さんを見た。
母さんはセシリーを『すっごく』睨んだ。
「リエン様よ。今の言葉、忘れてくれん? こんな身近におったの忘れておったわ!」
「セシリー姉様ー、骨は拾うー」
「セシリー様。ちょっと魔力を吸われたくないですか? 嫌とは言いませんよね?」
あー、母さんがゆっくりと歩いて来てる。
「はあ。まあこの世界の仕組みや理は知り尽くしたので、今更どうこうする物でもありません。かといってリエンはそれを知る権利があるわけでも無いですからね」
うーん、隠し事されるのは少し気分は悪いよね。かといってきっと禁足事項なんだろうから聞けないけど。
「うーん、でもやっぱり隠し事されるのは嫌だな。ねえ母さん、せめて一つだけ世界の理に通ずる何か凄い情報を教えてよ」
「え、そ、そうですね……」
そう言って母さんは目の前の『チャーハン』に指をさした。
「これは神(ゴルドの父アルカンムケイル様)が作りし料理です」
凄く突っ込みたいけど本当の事だから何も言えない!




