ミッドガルフ貿易国2回目8
しばらくして黒い服を着た男性が部屋に入ってきた。
「おくつろぎのところ申し訳ございません。ガルフ王からの伝言をお伝えしに参りました」
「言ってちょうだい」
「はっ。『現在不思議な力を持つ二本の棒を調査中です。この国の屋台および店舗には存在しておらず、範囲を広めて探しております。先日の騒ぎの一件以降正確な情報が散乱している可能性もありますが、まずはお伝え申し上げます』とのことです」
「わかった。王に伝えてもらえる?『引き続きお願いします』って」
「はっ」
部屋から出ていき、扉が閉められた。
「私の予想だけど、本当はどこかの店に編み棒があったかもしれないわね」
「というと?」
「あのレイジという男もこの国に編み棒があるところまではたどり着いたけど、そこへ私達がやってきた。こそこそ探すこともできない状況なら、いっそのこと騒ぎを起こして見つからないようにしたんじゃないかしら?」
え、でもそれだと自分も見つからないのでは?
それに、こっちにはパムレもいるし、俺やシャルロットもそれなりに鍛えている。俺単体だと負けるかもしれないけど、戦力差はかなりついていると思うけど。
「……リエンは少しレイジを過小評価している」
「え?」
「……レイジの戦い方は残虐。もし逃げ場の無い状況ならレイジはパムレと戦わず、真っ先にリエンとシャルロットを刺し違えてでも狙う人」
「そうなの?」
「……前回はいつでも倒せるリエンとシャルロットが目の前に現れたから秘宝を優先したのだと思う。パムレとフーリエが瞬時に前に出たから無事だったけど次も無事とは限らないから気を付けてね」
「う、うん」
気を付けると言っても、見た目その辺の人と変わらないからなかなかわからないんだよね。
と、そんな考え事をしていたら再度扉からコンコンっと音が鳴った。
「入って」
「失礼します。シャルロット様。そしてお連れ様。面会の準備が整いましたので、こちらへ」
面会?
☆
薄暗い地下へ続く階段の先には牢屋が並んでいた。
独り言をぶつぶつとつぶやく男。牢から出せと言う女性。まさしく大犯罪を犯した人が住む場所という感じだろう。一体どんなことをしたらここへ来れるのだろうか。
「お、リエンか。久しぶり」
……え、今魔術学校のシグレット先生の声が聞こえたけど、気のせいだよね?
「おいおい、無視するなよ。お前の親戚(母さん)の部下のシグレットだよ」
「何でここにいるんですか!?」
絶対に場違いでしょ! え、どんな犯罪犯したの!?
「まさか魔術学校の先生が犯罪に手を出したとは……私は悪い教師に魔術を教えてもらったのかしら……」
「一応言っておくがお前らが編入した時、俺はほとんど教えることができなかったからな。毎日俺の出番を奪いやがって胃が苦しくなったぜ」
「で、どんな罪を?」
「罪? ああ、違う違う。ここ見てみろよ」
よく見ると先生が入っている牢屋には鍵がかかっておらずいつでも出れる状態である。
「仕事でここに来たんだ。以前ここに入った犯罪者が床に魔術の陣を描いていたらしくてな。どんな魔術が発生するかわからないから『あら大変。開いているなら閉めないと逃げちゃうわよ(がちゃり)』こうして俺が撤去しに来たんだよ」
…………。
「さあ面会に行くわよ。ほら、なんか怖い雰囲気が背筋を襲ってくるからさっさと立ち去りましょう」
「ふざけるなよお前! 姫だろうがかまわん! 早く出しやがれええええ! そして説教させろ!」
おおー、いつも苦笑で止めるシグレット先生が叫んだぞ!
「はあ、仕方が無いですね。ボクがカギを生成するので皆さんは先に行っててください」
「ん? よく見たらゴルドじゃねえか。へえ、そういえばこの国にいるって言ってたけどリエンと知り合いだったか」
「色々ありましてね」
どうやらゴルドさんとも知り合いらしい。やはり母さんが一目置くシグレット先生は『実は』凄い人なのだろう。
まあ、今は牢屋に入っちゃって全然威厳もないけどね!
☆
一番奥へ進むと、兵士が二人ほど立っていた。
「我々は下がったほうが?」
「そうね。パムレちゃん……三大魔術師マオもいるから兵たちは下がってて。後で呼び出すわ」
「はっ」
そう言って案内してくれた人と牢屋の前の兵二人は去っていった。
「久しいな」
どこか弱弱しい声。そこにはガルフ王の息子ミッド王子が入っていた。
「だいぶ痩せたかしら? 少し太っていたから今がちょうど良いかもしれないわね」
「けっ。世事はいらねえ。ここはお前が来る場所じゃねえ」
話し方も変わっている。かなりきつい罰を受けたのだろうか?
『む? リエン様よ。なんだか肩が痛むのじゃが、こやつは何者じゃ?』
「ああ、この人はこの国の王子で、以前悪魔を召喚して大変な騒ぎを起こしたんだよ」
『あー、だから悪魔の魔力の気配がするんだー。肩こりが辛い―』
精霊は悪魔の魔力に敏感とは言うが、あれから結構経った今でも感じるのだろうか。
「……はあ、また悪い事を考えている。『光柱』」
突然パムレが手から光る球を放った。
『ギャアアアアアアアアアアアアアア!』
『ギョオオオオオオオオオ!』
何やら少し聞き覚えのある声が聞こえた。この声って……『空腹の小悪魔』?
「何で空腹の小悪魔が?」
「……あれは『ミッド』が召喚した悪魔。悪魔術は一度触れればその壮大な力に溺れてしまい抜け出せなくなる」
「くっ! ようやく苦労して見つけた術式が……」
見つけた……?
どうやって?
俺はすかさず『心情読破』をミッド王子に使った。
『この本のここは貴方でも読めるでしょう。簡単な悪魔術ですが、これをこう使えばきっと……』
『心情読破』から聞こえた声は心の声というよりも、ミッド王子の中の記憶の声が聞こえた。
この聞き覚えのある声……これはレイジ!?
「レイジがここに来て空腹の小悪魔の召喚術式を教えたのか?」
「くっ! 『心情読破』を使ったか!」
「でもどうして? まさかもう一度騒ぎを?」
「取引したんだ。『不気味な魔力を帯びた棒』を渡す代わりに悪魔術を教えてもらえるようにな!」
まさか、ミッド王子の手元に編み棒があったなんて。
「もしかしてシャルロットは知ってたの?」
「まさか。手がかりが無い以上手当たり次第に来ただけよ。まさか編み棒を貴方が持っていたなんてね」
シャルロットの額には一滴の汗が流れていた。想定以上の結果に驚いているのだろう。
「残念だが今は持ってねえ。『影の者』に預けたからな」
「影の者? 一体誰だろうか……」
すかさず俺は『心情読破』を使った。しかしそこで見えた光景は黒装束の集団というだけで、それ以外の情報は得られなかった。
「……この集団……ちょっと厄介」
「パムレ? 何か知ってるの?」
同じくパムレも目が金色になっているということは『心情読破』を使ったのだろう。
「……ここでは不都合。宿屋で話す」
「わかったわ。じゃあミッド王子。楽しい牢屋生活を」
「けっ!」
そう言って俺たちは一度宿に戻った。




