砂の地からの旅立ち
「ペシアさんは本当に残るの?」
『はい。騒動が落ち着いたら部屋の人形たちを整理しないと。それに店主さんもここに残ってくれるみたいだしね』
そう言って母さんの頭の上に乗った。
まあ、母さんもガラン王国軍に説明しないといけないということでここに残るらしい。正確には『砂の地の母さん』ってだけで、他には全く影響ないけどね。
『色々と落ち着いたら夢だったミッドガルフ貿易国での出店を行おうかと』
「その状態で?」
「そこは安心してください! ワタチの店の一部を人形・衣類店にすれば店員さんが人形でも問題ありません」
おー、色々と都合が良い提案。
「……さらっと系列店にして人件費ゼロのフーリエにしか得しない提案。さすが悪魔」
……。
「違いますよ! 結果はそうなるかもしれませんが、一応最初に提案したのはペシア様ですからね!」
『店主さんって名前フーリエっていうのね。よろしくね! フーリエさん!』
「あああああ! できれば本名は呼ばないでください! 色々と都合が悪いので!」
パムレも「……あ」って言ってる辺り本気で悪気はなかったのだろう。
『え、フーリエってあの『人間なのに複数自分と同じ悪魔を生み出して、普通なら思考や精神が崩壊してもおかしくない』あのフーリエー? 千年も生きていると言うことは人間ではないかなーと思ったあのフーリエー!?!?』
「ああああああああああ! そういえばまだフェリー様にはまだ言ってませんでしたね! ということで愛情を込めたハグを」
『ぎゃあああ! 悪魔のハグはー、ご遠慮ー!』
てっきり母さんの正体はフェリーに知られているものだと思ったけど、やっぱり知っている人ってごく一部なんだね。
☆
という事で砂の地を離れ方角的には北西へ向かい、ミッドガルフ貿易国を目指すことになった。
というか辺り一面砂漠ばかりで足が取られる。
「……(すーっ)」
よく見るとパムレは背筋をそのままに足を動かさずにすーっと前に進んでいた。
うん、パムレさん。
俺にもその浮遊魔術かけてくれないかな?
「なるほど、魔術を使って飛べば一瞬ね! 『風球』!」
「シャルロット! バー」
ぼふうううう!
「……うん。パムレが普通に歩けば良かったね。でも疲れるんだもん」
「パムレはまあ、悪くはない。ただ、時と場所を考えよう?」
「ぺっぺっ! す、砂が!」
地面に風魔術を放って飛ぼうとしたんだろうけど、思いっきり砂が舞い散った。おかげで口の中が砂だらけである。
「セシリー、砂を凍らせて歩きやすくできない?」
『難しい事を言うのう。砂を凍らせるにはまず砂に水分を含ませるために氷を溶かして、再度凍らせる必要があるからのう。水の魔術を使えばまあ無理ではないが、リエン様の負担が大きいぞ?』
『精霊はー、『魔術』も使えるけどー、ちょっと苦手ー』
それにしたって歩きにくいし、同じ景色しか見えない。こんなにミルダ大陸って広かったっけ?
と、そこへ、何か不穏な気配を感じた。
「リエン、気のせいかしら?」
「いや、魔獣の魔力だ……前方の地面! 『氷球』!」
前方に氷の粒を飛ばし、砂がはじける。そこには三体の砂で覆われた四足歩行の魔獣が構えていた。
「……ん、砂狼か。ふあー」
あくびをするパムレ。やっぱりパムレにとってはそれほど脅威ではない敵という事か。
「リエン、相手の特徴は?」
「初めての敵だ。ただ、四足歩行ということは足が速そう」
「分かった。魔術で援護をするからリエンは剣術でとどめをお願い!」
「わかった。パムレは……」
俺はパムレを見た。パムレは眠そうな顔で俺を見ている。
「パムレはシャルロットの後ろで見てて!」
「……ん、おーけー」
パムレに毎回頼むのは違う気がする。自分たちだけでも対処できるということを頭に入れなければいけないと思った。
足場の悪い砂だが、それでも思いっきり踏み込み前へ進む。同時に砂狼もこちらに迫る
「『水球』!」
シャルロットが魔術を使い、それが一匹に命中する。砂で作られた顔が少し崩れ、中の本体が少し現れる。あれを狙えば!
「せえい!」
シュッ! っと風を切る音を立てながら短剣を振るい、敵に顔に傷をつける。
『ギャウン!』
魔獣は声を上げ、一気に後ろへ引き下がる。
「いける!」
「次行くわよ!」
と、その時だった。
「……不合格」
パムレの足元が光った。え、援護してくれるの?
と、その時だった。
『ワウウウウウウウウウウ!』
切った魔獣が声を上げる。
すると、奥の方から続々と……『数えきれない』砂狼の大群が現れた!?
「なっ! リエン! 囲まれてるわ!」
「『魔力探知』……百五十の反応? いや、何だこの数……」
信じられない。定期的に探知はしていたものの、これほどの数は見当たらなかった。
「……砂狼は自分の魔力を吐き出して分身を作れる。分身と言っても実態はあるし、実質本物。シャルロットとリエンの連携は良かったと思う。けど、やるなら三匹一気に倒すべきだった」
「そん……な!」
「……いい勉強になったね。『氷槍』」
パムレのその一言で百五十もの氷の槍が生成され、一気に周囲の砂狼は退治されたのだった。
☆
「はい。店主殿のお弁当よ」
「ん、ありがと」
「まだ落ち込んでるの?」
「はは、まあね」
良い感じの岩があったから、今日はここで野宿となった。
パムレの話だと方角はあっているらしく、明日には到着するらしい。
「今回はパムレがいたから良かったけど、もしいなかったらと思うとね」
「まあ、正直パムレちゃんがいなかったらあの場で私たちがご飯だったかしら?」
苦笑するシャルロット。
『のう妹よ。一応我らも強いんじゃが、頼りにされてないっぽいのう』
『ご主人の事はまだよくわからないけどー、これから長い付き合いになるんだしー、少しは頼ってもらっても良いよねー』
そうだったね! その選択肢を忘れてたよ!
「い、いや、やっぱり自分の手でやらないと。魔力が無くなった時とか、色々想定して行動しないと!」
『じゃがリエン様よ。今回はその想定をした上で敵が優位になってしまったのじゃぞ?』
「うっ!」
そうなんだけどね……。
何も言い返せず、反省しかない。
「あれ? パムレは?」
「岩陰で涼んでいるわよ?」
「ちょっと行ってくる」
「うん」
軽く手を振って見送ってくれるシャルロット。
岩陰を覗いてみるとパムレがペタンと座って涼んでいた。
「え、大丈夫? 顔赤いよ?」
「……ん、パムレは普通と違って暑さと乗り物に弱い」
「言ってくれれば氷くらい出したのに。『氷壁』!」
セシリーと契約した今、普通の氷ではなく精霊の魔力で生成した氷が出せる。調整次第では溶けにくい氷にもなって、実はこの暑い砂漠地方を歩くのに少しだけセシリーの力を借りていた。
「……ふぉおー。助かる」
「いや、むしろさっきはありがとう。勉強不足が身に染みてわかったよ」
「……気にしないでとは言わない。けど、あれでリエンやシャルロットが強くなるならパムレは惜しみなく力を使う。今回はこの氷が代償。冷たくて気持ち良きー」
氷を布に入れて頭に乗せるパムレ。先ほどすさまじい数の『氷槍』を出した人とはやはり思えないなー。
「ふと、前に思ったんだけどさ、パムレってわざと同じ場所にとどまらないようにしているの?」
「……半分正解。知っての通り、パムレは『人間のフーリエ』と違って動ける脅威。それを自覚しているからわざとあっちこっち行ってる。それだけじゃつまらないから、世界中のパムレットとパムレ(お菓子)を巡ってる」
「パムレらしいね」
二人で微笑む。すると後ろからシャルロットがやってきた。
「ふふ、なんだか微笑ましい光景ね」
「……堅苦しいのは王族同士の会話だけで充分。パムレはもっと自由に生きる」
「そうね。じゃあとりあえず抱っこしてあげる」
「……パムレの自由が今無くなった……」
いつもの光景に再度笑い、悔しい感情がどこか和らいだ。そんな感じがした。




