砂の地5
氷の小屋に集まった俺たちは一つのテーブルを囲んで椅子に座っていた。
そういえばここは『寒がり店主の休憩所』じゃないからお客さんがいない。新鮮と言えば新鮮だな。
「リエンとシャルロット様には一つ大切な話をしないといけないですね」
「もしかしてさっきの名前の人の事?」
「はい。今回の秘宝探しをしないといけなくなった原因の発端の男……名前は『レイジ』と言います」
レイジ。全く聞いたことが無い名前だな。
「彼もワタチと同じでドッペルゲンガー、つまり自分の分身があります」
「てことは母さんと一緒で何体もいるの?」
「おそらくですがワタチほどはいないでしょう。ドッペルゲンガーの制御は凄く難しいですから」
さらっと母さんは『自分は凄い』ということを主張したような?
とはいえ、レイジという男は一体とか二体とかなのかな?
「シャルロット様にはつらい話でしょうが、実はこのレイジはガラン王国を作り出した男でもあります」
「は!? え、つまりご先祖!?」
「いえ、正確にはシャルロット様の先祖の側近です。陰でガラン王国を操り、今の王国制度をつくりました」
なるほど。そのレイジという男は頭が良いのだろうか。今では王国が存在していること自体普通だけど、相当昔となると建国するのは大変だろうしね。
「いずれは王の座に就こうとして失敗し、ゴルド様や先代のガラン王トスカ様が問題をすぐに対処をしていました」
「そんな歴史……母上から聞いてはいないけど……」
「当然です。この事実を嘘偽りなくイチから知っているのはワタチとミルダくらいでしょう」
三大魔術師の名前が挙がる中、パムレの名前だけが出なかった。ふと隣を見ると、まったりとお茶を飲んでいた。
「パムレちゃんは知らないの?」
「……パムレがミルダ大陸に来……あー『生まれた』のはその問題が発生した後。シャムロエと同い年」
……ちょっと待って、シャムロエ様って何歳だっけ?
『マ……パムレは不思議な体をしておるのう。そもそもここの世界の人間かのう?』
『魔力も不自然ー。そもそもどうして常に『二つの神術』を使っているのー?』
え、今フェリー、さらっと変な事言った?
「……ん? 理由は簡単。パムレはこの世界の言葉を話せない。常に『心情読破』で相手の考えを読んで、神術『意思疎通』で言葉を変換させてる。最初少しだけ時間かかるのはそのせい」
え!? 最初の『……』って神術を使う準備だったの!? てっきりそういう性格なのかと思ったよ!
「実はパムレちゃんって常に話す時は高度な方法で会話していたのね。特別に膝の上でナデナデをしてあげる」
「……おかしい。今のは別に褒められることでは無いし、無理やりナデナデされる口実としかうああああああ」
残念ながらシャルロットの手から逃げられなかったみたいだ。それを見てほっとしている精霊が二体ほどいるけど、実はシャルロットのナデナデって結構苦手なのかな?
『違うぞリエン様よ。 愛でられるのは不本意じゃが嫌いではない』
「あ、そうなの?」
『人目は気にしてほしい』
『お姉ちゃんに同じく』
「超同意見」
新事実。精霊にも羞恥心はあるんだね。いや、シャルロットと出会ったことで羞恥心を覚えたのかな?
んでもって、やっぱり時々気になるのが……母さんって何歳?
薄々思っていたけど確かミルダ様の元上司で『静寂の鈴』を最初に持っていたのは母さんで、その後にミルダ様に渡してから色々と頑張って最終的に『ミルダ大陸』って呼ばれるようになったんだよね。
そしてこの世界には『ミルダ歴』という三六五日を一年として数えてて、今は確か『一二六六年』……。
「母さんの年齢って千歳超えてたの?」
『リエン様よ、おそらくじゃがその話題はとても繊細な類じゃぞ!』
『お姉ちゃん! こういう時ってどうすればいいのー!?』
『机の下じゃ! 最後の抵抗じゃ!』
皆が机の陰に隠れた。
母さんは俺の顔を見てニコっとした。
「リエン。世界には知ってはいけない理があります。その中にはワタチの年齢も含まれています。良いですか?」
「は、はい」
☆
ということで、無駄な詮索をしないと心に誓い、脱線してしまったがどうやらその『レイジ』という人物が今回俺が旅に出ないといけなくなった元凶らしい。
「……実はパムレがこの砂の地にいたのも、レイジの発見情報があったから来た」
「そうなの? それで、見つかったの?」
「……代わりに『パムレットパムレット』とつぶやくリエンママがパムレを襲ってきた」
「ああ、全母さん出撃してたもんね」
相変わらず頭の悪い単語である。『全母さん』って言う人はきっとこのミルダ大陸で俺だけだろう。
「精霊ズは知らないの?」
『のうリエン様よ。一応我精霊ぞ? ひとまとめにされると存在がちっこくなるぞ?』
『レイジー、んー、人や悪魔の名前は基本覚えないからわからない。ただ、この土地に悪魔の反応はかなり昔にあったかなー』
きっとペシアさんが襲われた時だろうか。
「にしてもシャーリー女王も『ある男』とか『悪者』みたいにぼかして言ってたけど、名前を言ってくれれば警戒するべき人が明確になるのに、どうしてそうしたのかな?」
「それはそうでしょう」
意外にも淡々とシャルロットが話し始めた。
「いや、あくまでガラン王国の姫としての立場でだけど、そんな悪者が実はガラン王国を作った人だったとして、あの兵たちが沢山いる状態で名前なんて出したら、いずれ誰かが調べるんじゃないかしら?」
つまりシャーリー女王も知っていたという事?
「でも事実を知っているのは母さんとミルダ様なんでしょ? 名前を言ったところで気が付かないんじゃ?」
「ワタチとミルダはあくまでその目で見た側の話です。シャムロエ様やシャーリー様は文献や親から教えられて知ったと思いますよ? いずれシャルロット様も教えられることでしょう。悪者と言っても国を作ったことに変わりは無いので名前は書物等に残ってしまいます」
簡単に話しているけど、約千年の歴史をこれからシャルロットは勉強することになるんだろうな。剣術だったら喜んで俺なら勉強するけど、歴史とかは眠くなるかな。
「さて、そろそろ」
その時だった。
「ん? リエン、ちょっと外騒がしくない?」
シャルロットに言われて初めて気が付いた。
確かに……何か騒がしいような。
『そりゃそうでしょー。ウチが使ってた『認識阻害』が解けちゃったんだから、今やこの町は無防備。この町を探していた盗賊や盗賊に恨みを持つ人間はこぞって集まるよー』
それって……。
「リエン! ペシア様を!」
全て聞く前に俺は外へ出た。




