一般人の抵抗
『シャーリー女王とシャムロエ様、入室致します』
その言葉に兵士たちは敬礼する。
俺は床に膝をつく。
「表を上げてください」
「はい」
「この度はご足労ありがとうございます。話は聞いていると思いますが、リエン殿には大陸に散らばる秘宝を探していただきたいのです」
確か原初の魔力を秘めた秘宝だよね。
「とある情報筋から、それらを狙う輩がいるとのこと。それを集めてきてください」
「嫌です」
「ありがとうございます。ではえええ!?」
シャーリー女王は大声を上げた。
「あ、え、あれ? シャムロエ様? 話が違うのでは?」
焦るシャーリー女王。隣のシャムロエ様が少し怖い表情で俺を睨む。
「理由を聞きたいわね。世界の危機に協力して欲しいと言っているのですが」
「割に合いません。その秘宝を集めて俺に何が待っていますか?」
「ガラン王国剣術道場への入門ね。リエンが以前から望んでいる剣士への道の手伝いを国を挙げて行うつもりよ」
「その報酬って前回の『シャルロット姫の護衛』ですよね? 俺が知りたいのは『今回の』です」
その俺の発言に兵士たちは全員声を荒げた。
「無礼だぞ!」
「女王や陛下になんてことを!」
「あのリエンが……生意気な!」
しかしそこでシャムロエ様が一声。
「黙りなさい」
この一言で静まり返った。
「まさか反発するとは思わなかったわ。もしかして精霊の力を得てから自信が付いた? もう人の手を借りずに生きる術を覚えたからさらに良い報酬を要求したのかしら?」
「逆です」
「逆?」
「大陸を旅して色々経験をして色々苦労して色々力を得た結果、『宿の店員が一番命の危険が無い』と思ったのです。それに、確かに道中シャルロット姫に剣術は教えていただきましたが、本来の約束である道場での修行は後回し。さらに言えば俺は『一般人』です。何で命の危険を伴う仕事を一般人の俺がするんですか?」
「一般人? 私はそう思わないわよ。『あの子』の子供の時点で一般人では無いわ」
「母さんの息子だからですか? 俺は道具ですか? 『母さんとは違って俺は一人ですよ』?」
「?!」
「一般人の俺は疲れました。正直もう力とかいりません。豪華な報酬もいりません。剣士はあこがれますが、延期になるくらいなら村を守れる程度に自分で練習します。セシリーもいるので練習相手になります。あ、念のため言いますが名誉とかもいりません」
その言葉にシャーリー女王は声を上げた。
「不敬です。失望しました。この者を捕らえなさい」
「良いですよ。何年でも牢屋に入れても」
「いえ、シャーリー。落ち着きなさい。今のはこちらが失言をしました。リエン……いえ、リエン殿。失礼しました」
そして頭を下げるシャムロエ様。
「シャムロエ様!? 何故頭を下げるのですか!」
「彼を牢屋に入れたら色々とまずいのよ」
「ですが罪を犯そうとしている人物を野放しに」
「撤回しなさい。シャーリー」
「なっ!」
シャムロエ様は鋭い口調で言い放った。
そう。
俺は別に犯罪に手を染めようとしていない。
ただ『何もしたくない』だけである。
「リエン。一日私たちに時間をくれるかしら?」
「はい」
「ありがとう。シャーリー、そしてシャルロット。それと大臣はこの後緊急会議を開きます。リエンには来客用の部屋で一日過ごしていただきます」
「「「はっ!」」」
こうして荒れた謁見は終わった。
☆
「リエン様よ。だいぶお怒りじゃが、大丈夫かのう?」
「まあ、久々に本音をぶつけたかな。でも相手が女王やシャムロエ様でちょっと怖かった」
でも言いたいことは言った気がする。
「しかしわからぬ。リエン様は今や我を扱う大陸でも結構強い魔術師。ガラン王国としては喉から手が出るほど欲しい人材ではある。リエン様は自身の実力を過信してはおらぬか?」
「まさか。俺は弱いよ。それこそパムレや母さんを知って分かった。そんな弱い俺がもう一度旅に出て生きていけるかと言われて自信は無いかな」
「知った故の答えか」
「女王から失望されても別にいいし、俺は村で母さんと平和に過ごせれば良いんだ」
「ふむ……リエン様の気持ちは流れてくるからわかるが、心が疲れるとはこのことなんじゃな」
「そう。なんというかね……疲れたんだよね」
今頃王族はどんな話をしているのかな。
★
一方その頃、王族たちの会議では。
「まさかあの少年があんな態度をとるなんて」
「シャーリーマジダマリナサイブットバスワヨ」
「シャムロエ様!? え!? どうされたの!?」
「完全に失敗したわ。リエンの年齢を考えてなかった。彼はシャルロットと同年代の十六。色々青春を謳歌したい年頃の一般人に私は何を言ったのかしら」
そう言うと一人の大臣が挙手して提案をした。
「でしたら彼に勲章を与えてガラン王国の貴族として」
「名誉はいらないと釘を打たれたのよ?」
「でしたら騎士団に所属を。実力はありますし、剣士を希望されていたのでしたら」
「それを見越して『一番命が安全な宿の店員』を希望したのよ。騎士団はガラン王国で一番危険と隣り合わせ。公に出ないだけで怪我人は出ているのよ」
そこでシャルロットが手を挙げた。
「僭越ながら発言させていただきます。大叔母様」
「ん?」
「約束を伸ばした大叔母様が一番悪いのでは?」
静まり返る会議室。
「そうなのよ……。あの時の発言を今になって後悔しているわ。何が世界の危機と天秤よ……世界の危機を考えるのは私達であってリエンではないのに! もう……助けてよ……トスカ……」
★
夕食に呼ばれ、部屋に入るとシャルロットだけが椅子に座っていた。
「あはは。ごめんね。母上も大叔母様もまだ会議中なの」
「うん。本当に気にしていない。むしろいたら気まずかったかも」
そう言って椅子に座る。
「料理を全部運び終えたら二人だけにしてもらえる?」
「かしこまりました」
使用人たちは料理を運び終えた後に部屋を出た。
「その、シャムロエ様とはどんな話を?」
「あはは。あんな取り乱した大叔母様は初めてよ? 大臣たちからの提案は名誉や金品や騎士団への入団など。でもリエンはそれを受け取らないでしょう?」
「そうだね」
「ふふ。ここだけの話をしても?」
「ん?」
「今の状況を楽しんでいる私がいるのよ。これが大叔母様や母上に知れたら怒られるわね」
楽しんでる? シャルロットが?
「私は初めてわがままを実行してリエンと旅に出た。最善の方法を常に求められていた立場から一転して自分のやりたい事をやり続けたの。そして今こうして実家に帰ってなんとなくわかったの。大叔母様も母上様も自分よりも国を優先しているかなって」
えっと、俺は別にそこまで考えてないけどね!
「リエンの言っていることもわかるの。本来は王国軍が各地に行ってやる任務なのよね。もし今回の旅が無かったらこの考えはなかったと思う。もし今回の旅が無く、力のあるリエンが目の前に現れたら、おそらく母上や大叔母様と同じ考えに至ったかもね」
「力があるかどうはか置いといて、もし何かしらの理由があって軍が出せないなら、そういう流れになるかもしれないね」
「ということでリエン。あくまでこれは私個人的な質問だけど、『どういう条件なら旅に出てくれる?』」
俺はその質問に、少しだけ微笑んで答えた。




