嵐の前の平凡な一日
旅を終えて数日後。
俺はタプル村の『寒がり店主の休憩所』で母さんの手伝いをしていた。
「リエンー、すみませんがこのお皿をお願いしますー」
「はーい」
かちゃかちゃと音をたてつつも壊さないように皿を洗う。隣では大きな鍋に米を入れて焼いている音……。
「ピーター。三番のお客様に『チャーハン』です!」
「へい!」
「もう完全に店員じゃねえか!」
久々に実家に帰った瞬間、最初に出迎えた人が母さんではなく友人だったという衝撃に加え、今では立派に我が家の厨房担当となってしまった。
「セシリー様、一番のお客様にお水を!」
「うむ。ひえっひえの水じゃ」
そして俺の配下となった氷の精霊セシリーも、エプロンを纏って接客をしている。
考えてみてよ。ここには人間の上位の精霊と、悪魔……しかも三大魔術師の一人がほっこり接客してるんだぜ?
「おいリエン。何手を止めてんだ!」
「ぐぐ」
何よりこのピーター君が先輩風を吹かせているのがむかつく。いやここ俺の実家だからね。
そんな平凡な日がしばらく続いていた。
☆
仕事を終えるとピーター君は魔術の勉強、俺は剣術の練習をする。時々何も会話をせずに黙々とすることがあるけど今日は違った。
「なあリエン。僕、思ったんだ」
「あ?」
「セシリーさんってすごく美人じゃね?」
「とうとう母さんの厳しい特訓で認識までもが狂い始めたか……ごめんな。親友を救えなくて」
「僕は普通だ!」
あーうん。まあ、セシリーも見た目は綺麗だよ? でも氷の精霊ということで顔とか身長とか変えられるんだよね。
今は白い長い髪の白い肌の少し身長が高いお姉さんって感じだけど、パムレみたいに幼くなったり、超格好良い男にもなるからなー。
「親友のお前だから言うけど、僕、セシリーさんを食事に誘おうと思うんだ」
「おい待て、その後色々複雑な状況になりかねないからやめておけ」
「何故だ! というか複雑ってなんだよ! あんな綺麗な人がそもそもこんな田舎にいるだけでもおかしいのに、これを逃す手はないだろう!」
と言っても精霊だしなー。
(『あー、すまぬがリエン様よ。人間の好意というのは我にはわからん。断ってくれぬか?』)
そして本人から断るんじゃなくて主人の俺が断るという状況に。セシリーは状況に応じて姿を消していて、俺とは随時心で会話ができる状態となっている。
というか、セシリーから言ってよー。
(『え、良いのか? 我にはリエン様という大切な方がーと言うぞ? 間違いじゃないからのう』)
色々と面倒になりそうだよ!
「というか見た目で惚れたんならもう少し相手を考えたほうが良くないか? 気が早すぎるだろ」
と、適当に時間稼ぎ作戦。
「まあ、最初は見た目からだったが」
え、何かあったの?
「僕って不器用だからさ。同世代の異性自体が初めてなんだ。それに僕自身顔も性格も自信が無いからなおさら怖かったけど、セシリーさんはそんな僕にも優しく接してくれたんだ」
おおお、良かったなセシリー。『同世代』だってよ。
(『しもうたな。もう少し年上の姿で行けば良かったかのう。しかしリエン様の母上があの見た目じゃから参考となる女性が他にいなくてのう……』)
マジで困ってるじゃん!
「頼むリエン! さんざん仕事を手伝ってきて、そろそろ報われたい! 協力してくれ!」
「うっ!」
それを言われると言い返せない。
俺はシャルロットと旅をしている間、ピーター君はずっとこのタプル村の『寒がり店主の休憩所』の店を手伝っていた。
本来俺の仕事を友人がずっとやっていたということで、若干の……いや、かなり申し訳ないなとは思っている。
あー。なあセシリー。ご飯くらい一緒に行ってくれない?
(『ふむ。一つ質問を良いか?』)
何?
(『人間の色恋なんぞ精霊にはわからぬ。だがピーターとやらが我に向けている好意はおそらくそれに近いモノなのじゃろう。我はリエン様の配下であり、それは一生の契約。絶対にこのピーターとやらの下へは行くことができぬ。あくまでそれは精霊と人間の魔力的契約に成り立つ楔じゃが、これが人間と人間の色恋沙汰ならば魔力的な楔は無い。あとは本人次第という流れになるとは思うのじゃが、かりに我が人間だったとしてもリエン様は同じことを言うのかの?』)
超難しい! というか意見が完全に精霊というよりも人間って感じなんだけど!
いや、ご飯行くだけだから! まあ、最悪何か好意のある言葉を言われたら断って良いから。ピーター君は強いから!
(『うむ……なら面倒じゃからさっさと済ませるかのう』)
そう言って少し『氷の精霊の気配』が遠くに行った。
そして扉がコンコンっと音を立てた。
「はい?」
『セシリーじゃ。荷物が届いておって置き場に困っておったが、一時的にここへ置いても』
「どうぞお入りください!」
勢いよく扉を開けると、セシリー(ちょっと大人バージョン)が箱を持っていた。中には野菜が少し入っている。
「ほら、今言えば?」
「ん? ナニカヨウカノウ?」
すごく棒読み。
「あの! 明日お昼ご飯一緒に食べませんか? 少し離れた場所の良い景色の場所でお弁当とか!」
「ワー。ソレハステキ。こほん。ではお昼に」
そう言って箱を置いて去っていった。同時に氷精霊の魔力の気配が近づいてきた。
「やったぞリエン! 一歩前進だ!」
「良かったなー」
(『人間はわからぬ。まあそれもまた一興じゃがな』)
☆
で。俺は今タプル村の少し離れた丘の上で『認識阻害』を使って二人の様子を見ていた。
という考えだけだとただの怪しいストーカーだが、契約した精霊と人間は一定以上の距離を離れることができないらしい。
人間側は特に影響がないけど、精霊側は伸縮する綱で引っ張られる感覚とのこと。
魔力が強ければ結構な距離も離れられるらしいけど、今のセシリーでは村一つ分。地味に離れたこの丘の上は圏外らしい。
『いい……天気ですね』
『そうじゃの』
『あ、これ、リエンの母さんから教えてもらった『サンドイッチ』という食べ物です』
『う、うむ』
ああ、精霊って基本ご飯食べないんだっけ。
『うむ。美味しいぞ』
『良かったです。セシリーさんの好みがわからなかったので、野菜・肉・卵の三種類を作ってきました』
『ほう。気が利くのう。好みがわからぬ場合でも対応可能と。ピーター殿は良い婿になるぞ』
『む、婿!?』
大丈夫かなー。というか普通にサンドイッチ食べてるし。味わかるのかな?
と、そんな事を考えていたら不穏な魔力を感じた。これは……獣?
(『ふむ。リエン様よ。魔獣じゃ』)
え!?
と、その瞬間、ピーター君たちの目の前にイノシシの姿をした黒い魔獣が現れた。
傷だらけだが、人間にとっては十分危険な存在に違いは無い。それにしてもどうして?
(『ふむ。精霊の魔力の影響じゃな。我の魔力を嗅いできたのじゃろう。村にはリエンの母上様がいるから大丈夫じゃが、こうして外に出れば湧いて出るわい』)
そうなの!?
というか母さんってそういう役割も担ってるの!?
『に、逃げてください! ここは僕が』
『む? 我が逃げて、ピーター殿はどうする?』
『足止めくらいは……悔しいですけどリエンやリエンの母さん以外に対処できる人は村にいません! 呼んできてください』
『ほう。冷静な判断。じゃが、一つ気に入らぬの』
そう言って手をかざす。次の瞬間一瞬で魔獣は凍り始めた。
『え!?』
『魔術の類は我も少々嗜んでおる。我の目標はリエン様じゃな。ピーター殿も我のような女子に守られる存在ではまだまだ若いのう』
『く……くく』
そしてピーター君はセシリーの目を見た。
『わかりました。いつか僕を見てくれるように頑張ります!』
(『おおおおお! 困ったぞリエン様よ。今我完全に振ったつもりぞ!?』)
馬鹿かお前はあああ! 完全にピーター君の心が燃えたぞ! ついでに言えば完全に俺もとばっちり受けてんじゃん!
『絶対にリエンを超すぞー!』
『お……おおー』
そう言って、ピーター君のちょっとした休日が終わった。




