旅の余韻
港町に到着した瞬間、猛吹雪が襲ってきた。
天気というのは読めないもので、まさかこのタイミングで来るとはシャムロエ様やイガグリさんも予想していなかったらしい。
急ぎだった場合はこのまま船に乗って出航でも良かったらしいんだけど、今回は姫と先代女王もいるということで大事を取ってここ港町の宿に宿泊することに。
「はい。という事でさっきぶりですね。あ、ここはお風呂もあるので交代で入ってください。その間に料理を作っているのでおくつろぎください」
まあ、すでに港町の正門に母さんが立ってたから諦めたよね。今度はしっかり目が赤い。
まるで俺の言葉を代弁するようにシャルロットは話し始めた。
「慣れって怖いわね。店主殿がいることが普通に思えて来たわ」
『のうガランの姫よ』
「ん?」
『その……あの魔力オバケ(パムレ)がいないからと言って我を抱っこしなくても良いと思うぞ? 大きさまで細かく指定しおって』
「慣れなさい。もしこれが嫌だったらこの吹雪を止ませることね。氷の精霊ならできるんじゃない?」
『無茶を言うな……原初の魔力の精霊ならまだしも我のような後発精霊は自然に勝てないのじゃ』
へー。そうなんだ。
『リエン様よ。何をのんきに納得をしておる。そもそも我の主人はお前様であってこやつでは無いのじゃが!』
「慣れろ」
『リエン様まで!?』
本来精霊ってすごく高位な存在だけど、俺の配下となった今、それは逆転している。
とはいえ、もう少ししたら助けてあげようかな。
「あ、シャルロット。次は私ね」
「はい。大叔母様」
『ぬおおおおい! 我は人形じゃないぞ!』
☆
雪を見ながらお風呂というのは不思議な感覚である。
ここの地下には温泉があるらしく、ちょうどその真上に宿を作ったらしい。
店の名前こそ『寒がり店主の休憩所』だが、温泉は誰でもはいれるようにしているとか。でも外は結構な吹雪で今日はお客さんもこんな吹雪に温泉に来ようとは思わないのだろう。
そのおかげか貸し切りだ!
「すまんな。貸し切りでは無くてな」
「うおあ! すみません。人がいたんですね!」
隣をよく見たらすっごい格好良い人が温泉に入っていた。
白い髪に白い肌。男の俺から見てもあこがれる『男から見て目標になる男性』という感じ。
「あ、一応言っておくが形を変えているだけで『セシリー』じゃぞ?」
「驚かせんなよ!」
今日一番のツッコミが出てしまった。
「いや、一応今は男性の湯ということで我も気を使ったのじゃぞ? そもそも精霊に性別なんぞ無いからそのまま入っても問題は無いのじゃが、リエン様の母上に『倫理的に駄目です。魔力吸いますよ?』と脅されてのう。さすがに今回は身を守ることに専念したぞ」
「いや、そもそも精霊が風呂に入るってどうよ? しかも氷の精霊でしょ?」
「ん? 単純に興味があっただけじゃよ。人間の生活というのは無駄が多く、それらには意味がある。知識と発想は精霊には持たないからのう」
なんだかよくわからないけど、見た目男性だしとりあえず温泉を満喫することにした。
「そういえばセシリーはこれからどうするの?」
「どうってどういう質問じゃ?」
「いや。こうしてついて来てるけど、いつまでーとか何かの区切りで帰るーとか」
「え、一生ぞ?」
「は? 一生?」
『ギャ? 一生?』
おい今母さん(空腹の小悪魔)の声がしたぞ!
「名前は一種の呪いじゃからな。セシリーとして生きることになった今、リエン様の魔力と同調しておる。試しにリエン様よ、『氷の精霊術』を使ってみよ」
「は? 精霊術?」
えっと、確か魔術の場合は『球』や『柱』などの人工物で、精霊術って『壁』や『爪』などの生物や自然の物に関係する単語が入っているんだよね。だったら『氷壁』とかかな?
「えっと、『氷壁』!」
ぼおん!
温泉の中心から氷の壁が生成された。
「マジで!? パムレや母さんくらいにならないと精霊術って使えないと思ってたけど」
「極めれば人間でも使えるのう。ただし人間が使うにはちと時間が足りぬし、周囲の精霊の魔力を使うから場所も問われる。しかし、精霊と契約して魔力を同調していれば使うことができる」
温泉が冷えると怒られるのでとりあえず生成した氷を消す。
「氷の『魔術』が以前よりも簡単に使えるだけだと思ってたけど、『精霊術』も使えるのか」
「うむ。聞いたところリエン様は剣士を目指しておるとの事。精霊術はどちらかと言えば魔術師などが羨む類じゃが……まあ剣士でも使えたら強かろう」
行動の種類が増えることに関しては魔術だろうが精霊術だろうが関係ない。シャルロットも音の魔力を保持しているし、これでお相子だよね!
「あ、『原初の魔力』とは比べとんでくれ。恐れ多い」
「自信を持ってよ氷精霊」
☆
露天風呂を出て大広間に来たら、シャルロットがお茶を飲んでいた。
「あれ、シャムロエ様と母さんは?」
「船に用事があるみたい。あ、セシリーもお風呂上がったら船に来てって伝言を頼まれたわ」
「む? まあ船までは近いから届くじゃろう。行ってくるぞ」
そう言ってセシリーはシュンっと音を立てて消えた。
シャムロエの隣に座り、俺もお茶を飲む。
「明日になったら船に乗ってガラン王国。楽しい旅もこれで終わりと思うと少し寂しいわね」
「あ……」
確かに。目標は達成してしまった。言ってしまえばもう『終わり』なのだ。
俺はまだガラン王国で剣術を勉強するという課題は残っているが、シャルロットはこれから姫としての業務が待っている。イガグリさんがあまり変わらないなんて言ってたけど、姫としての業務って俺達にはわからない激務だとは思うんだよね。
「色々な人に出会えたし、本当に楽しかった。同行者もリエンで良かった。本当にありがとう」
「改まって言われると照れるな」
「ふふ。こういう機会じゃないと言えないからね。多分これからは国民と姫という関係よ?」
「いや、正門でシャムロエ様が朝普通に歩いてきたりする国でそんな堅苦しい状況になる?」
「うんごめん。ほら、雰囲気ってあるじゃない? こう、しんみりしたい状況に持っていこうとしたけどよくよく考えたらガラン王国では無理ね」
そしてふふっと二人は笑う。
お互い思い出を言い合って、時間は自然と流れていくのだった。
★★★
同時刻。
氷の精霊セシリーが船に到着すると、シャムロエとフーリエが待っていた。
「うぐ、なかなか苦手な面子よのう。悪魔と原初の魔力を保持している者よ」
「そう怯えないでください。ちょっとお願いしたいことがあるのです」
「悪魔が願うとな?」
「お願いは私からよ。後発精霊の貴方だからこそ、力になってほしい」
「ほう?」
そしてシャルロットは一枚の紙を取り出した。
「『原初の魔力を秘めた秘宝』とな?」
「そう。できる限り集めて欲しいの」
「そうは言っても手掛かりがのう」
「名前はそれに書いてあります。『静寂の鈴』『創造の編み棒』『精霊の鐘』『タマテバコ』そして『蛍光の筆』」
「ほう。静寂の鈴とはあの巫女の持つ鈴かのう?」
「すでに在処がわかるこの『静寂の鈴』と『精霊の鐘』は探さなくても大丈夫です。問題は他三つです」
セシリーは二人の顔をじっと見た。
「何を考えておる。もし『人災』なら我は関与せぬ」
「半分正解で半分不正解です。どちらともいえない人物がこれらの秘宝を狙っているのです。なので、探してきて欲しいのです」
「ほう。じゃが我だけでは無理じゃな。ご主人様がいないと自由に動けん」
「リエンには私から話すわ。できる限りの補助も考えてはいるただ……」
シャムロエは一つため息をして、再度話始める。
「シャーリーが何て言うか……この任務を少年に任せて良いものか……」
「待て待て、リエン様とマオだけで大陸を回れるとでも? さすがの我でも人間の常識の少しは知っておるぞ?」
「今回のリエンの行動は大きな成果よ。各国の重要人物とも接することができたし、あの子が適任なのよ」
「ほう。人間社会も生きにくいのう。まあご主人様が行くと言ったら我はついて行く。それ以外に選択肢は無いのでな。して……」
セシリーはフーリエを見る。
「悪魔は母親じゃろう? この旅に賛同しておるのかのう?」
「正直わかりません……シャムロエ様にお願いされたときはワタチから何も言えませんでした……」
フーリエの震える手にセシリーはおどろく。
「まあ良い。ご主人に死なれては我も困る。もし行くとなれば全力で守らせてもらう。対価は楽しみにしているがの」
「ありがとう」
★★★
「って会話がセシリーを通じて丸見えだったんだけど黙ってた方が良いかな母さん!」
「何という事でしょう! というかセシリー様も言ってくださいよ! ワタチの精神が崩壊しかけているのですよ!」
「いや、我も唐突に始まったから言い返すことができぬでのう」
「大叔母様。あの、とても複雑な気持ちなんですけど、こういう時はどうすれば良いですか?」
「うん。忘れて。一度仕切り直させて。マオに記憶を操作させたい」
一言で言うと『台無しだよ!』という感じである。
母さんが『空腹の小悪魔』を通じて色々見えるのと同じで、ちょっと集中するとセシリーとの意思疎通やセシリーの見たものがなんとなく見えたり聞こえたりする。
逆にセシリーは俺の見たり聞いたり思ったりすることが全部筒抜けらしい。恥ずかしいんだけど。
「とにかく、シャルロットはガラン王国に帰ったら仕事が待ってる。リエンは旅に出て。以上!」
「こんな雑な命令をこんな吹雪の中宿屋でする!?」
「ん? シャムロエ様、一つ良いですか?」
「何?」
「俺の剣の修行は?」
「大陸の一大事と貴方の剣の修行を天秤にかけてみなさい。おのずと答えは出るわね?」
こんにちは!いとです!
まずはここまでご覧になってくださりありがとうございます!
ドタバタな物語ではありますが、何とか大陸を一周することができたかなという感じですね。
さて、二人の旅の『一週目』はこれにて終わりとなります。
はい、次からは『第二部』という形で今度は秘宝探しの任務を押し付けられてしまったリエン君の物語となります。
と言ってもきちんとタイトル通り『杖の剣士と剣の魔術師』ということで二人一組で引き続きわちゃわちゃと騒がしくも忙しい物語予定となっております。
引き続き少しでも楽しいと感じてくれたら嬉しいです!




