エキシビションマッチ
ふと疑問。
パムレは母さんが『手加減していた』なんて言ってたけど、実際どれくらい強いのだろう。
☆
「……『獄炎』!」
「わわ! 本気じゃないですか! 『魔壁』!」
「……じゃないと負ける。フーリエはシャルロットと同じ力で戦う」
「無茶言わないでください! 『空腹の小悪魔』!」
「……『光槍』!」
『ああああああああ! せめて協会の外でやってください! 何故二人がよりにもよってここで手合わせするんですかああああ!』
『あきらめなさいミルダ。あの子はああ見えて負けず嫌い。シャルロットが勝った時点で教会はこうなる運命よ』
『その……私の所為なのでしょうか大叔母様』
『そうね。正直予想外とは言え一勝は一勝だからね。誇りに思いなさい』
『はい!』
『はいじゃありません!『静寂の鈴』を思いっきり鳴らしますよ!』
あー。うん。俺が変な事を考えた結果、それを『心情読破』で読み取ったパムレが闘志を燃やしてしまった。
というかもう協会のあちこちが穴だらけなんだけど……そしてこの教会の中だけであらゆる爆発が繰り広げられていて、正直目で追えないんだけど……。
『のうリエン様よ。奴ら人間か?』
「そうみたいだよ」
『以前我と戦った時よりも凶悪になっている気がするんじゃが』
えー。本来精霊は人間より魔力的に有利に立つはずなのに、精霊ご本人から凶悪って言われちゃったよ。俺の母さんっていったいどうなっているんだか。
「……取った! 『砂壁』!」
「『心情偽装』!」
「……ぐっ! 術がっ」
「『氷槍』! これで決まりです!」
ビシッとパムレの額に氷の槍を向けられた。
「……降参。やっぱり一対一は負ける」
「場所もワタチが有利でしたね。広い場所だったら距離を取られて負けたかもしれません」
え、母さんがあのパムレに戦闘で本当に勝ったよ?
「さすがに我が息子の前では負けられませんからね。ワタチも本気を出してしまいました」
「……シャルロット相手にもこれくらい本気を出してほしかった」
「それだと試験は『絶対不合格』です。きちんと成長した記録を見せないと」
けらけらと笑う母さん。そんな和やかムードをミルダ様は……。
「で、ミルダの教会の修繕費は誰が出してくれますか? いや、もう寒がり店主の休憩所の売り上げから出してもらうのは決定です。全体の売り上げの何割を教会の寄付にしますか?」
おおおおお、あの優しいミルダ様が涙目で顔を真っ赤にしているぞ!
「ちなみに要求額は友情価格で売り上げの八割です」
「それだと店が破綻します! せめて三割!」
「七割にします?」
「許してください! 息子の前で格好付けたかったのです!」
シャラーン。
ミルダ様の持つ杖の鈴が大きく鳴り響いた。あれが『静寂の鈴の巫女』と呼ばれる由縁だろうか。
って……あれ、力が……。
『ぬおおお! なるほど、あの鈴の音は魔力を抑え込む力を持つのか。リエン様よ、もしかするとその巫女がこの中で一番ヤバイかもしれんぞ!』
「……ま……マオも支払う。一応稼いでる。マジ許して」
「はあ、わかりました。三割と五分と『お気持ち』で許します」
「「(……)ははー!」」
三大魔術師の上下関係を間近で見た瞬間だった。
☆
とまあ、そんなやり取りもありつつ、教会から少し離れた小屋に集まることになった。
「改めてシャルロット。よく私の試練に打ち勝ったわね。おめでとう」
「いえ。むしろ我儘を聞いてくださり、魔術を取得できたことに感謝してもしきれません」
「魔術を取得させるというよりも、私の中ではシャルロットに『大陸を見て回ってほしい』と思ったのよ」
「大陸をですか?」
「そうよ。ミルダ大陸の三国は特にどれも個性あふれた国。閉じこもってちゃ成長はできないものね。魔術は口実だったけど大きな収穫でもあったわね」
「大叔母様……」
深く頭を下げるシャルロット。
なんだか心が温かくなる瞬間だった。
「リエン」
母さん(人間)が俺を呼んだ。
「リエンもよく頑張りました。さすがワタチの息子です。リエンもこの度で色々収穫があったでしょう?」
「そうだね」
そう。一番の収穫は。
「とりあえず大陸のどこかで迷子になったら大声で母さんを呼べば大体解決することがわかったよ」
「ワタチは便利屋さんじゃないですよ!? 確かに頑張ればいるかもしれませんが、猛吹雪や砂嵐で音が聞き取りにくいと駆け付けられませんよ!?」
まさかの冗談に対して本気の返事が返ってきてしまった。
「冗談冗談。でも人間の母さんとこうして出会えて俺もうれしかったよ。記憶を共有しているとはいえ、やっぱり真実を知った後だったから会いたかったよ」
「リエン。ふふ、子はいつの間にか成長はするものですが、やはり子供ですね。どのワタチも記憶は共有していますが、人間のワタチに会いたければいつでも来てください」
「わかった」
そう言って握手をした。その手はとても暖かかった。
☆
「ということでここから港までは馬車で行くっす。休憩が必要な時は言ってくださいっす」
「「ああ、イガグリ(さん)いたんだっけ」」
すっかり忘れてたよ。
「隠密が得意っすから、今の言葉はある意味俺にとっては誉め言葉っすね」
そして何故か遠い目をして語り出した。
「ちなみに大陸最大の秘密である『魔術研究所の館長』が『寒がり店主の休憩所の店主』だったことを知ってしまったので、シャムロエさまにはしっかり釘を刺されたっす。うっかり情報を漏らしたら減給や降格だけじゃすまないっす……」
護衛だったはずなのに、なぜか重い責任を背負ってしまったイガグリさん。これが大人の社会ってやつなのかな?
苦笑しつつ馬車にシャムロエ様、シャルロット、そして俺が乗り始めた。
「ん? パムレちゃん?」
「……パムレは一度ここでお別れ」
「ええ!?」
衝撃を受けるシャルロット。いや、俺も少し驚いているけど。
「……パムレは一度ミッドガルフ貿易国に行く。それに馬車や船はできるだけ避けたい」
「ああ……馬車や船でパムレちゃんを膝に乗せる予定が全部消えたわ」
「……一応パムレってすごい人の分類なんだけど……まあいいや。それも含めて楽しかったしこれからもまた会える。もしかしたらガラン王国ではパムレが先に到着してるかも?」
冗談に聞こえないんだよね。
「わかった。ここまで本当にありがとう」
「……ん。またね」
そう言ってパムレはその場から去っていった。ミルダや母さん(人間)にも軽く頭を下げるだけの簡単な挨拶。
「よくよく考えれば本当の意味で三大魔術師が揃った瞬間だったんだよな」
「この大陸でも三大魔術師というのは脅威中の脅威。フーリエは存在を隠していてマオは神出鬼没。『そうしないと』各国で三大魔術師の取り合いが行われるのよね」
一人いるだけで脅威。そう呼ばれる側の心境はどんなものなのか少し気になる。
というか、もしかしてパムレの神出鬼没ってわざとやっているのかな?
「ではミルダ様。そして母さん。また会いましょう」
「はい。フーリエさん経由でお話もできますから時々連絡を取りましょうね」
マジか。大陸で一番重要な人と気軽に連絡が取りあえる仲になっちゃったよ。
「よ、よろこんで!」
「リエン、一応言っておきますが、ミルダ様と会話する際は最強の防壁『母さんフィルター』がかかってるので、会話内容には気を付けてください」
「何そのダサい名前! わかってるよ!」
そう言いつつ、母さんにも手を振る。
「じゃあ行くっすよ。ゲイルド魔術国家南方の港へ行くっす」
パチンと音が聞こえて馬が走り出す。
静寂の鈴の巫女の鈴の音が徐々に遠く聞こえてくる。
またいつか『人間の』母さんに会いにここへ来よう。そう思った。




