魔術の試験
「店主殿が相手!? というか、いつもと雰囲気が」
「はい。ワタチは他のワタチとは異なり『人間』です」
なんだろう……今までずっと近くにいた存在が、一気に遠く感じるこの感覚は。
確かに目の前にいるのは母さん。むしろ人間だから目の前の母さんが一番しっくりくるはずなのに。
「……シャムロエ、合格の線引きを教えて」
「そうね。『良い感じに戦えたら』かしら」
「……ほっ」
なぜかパムレがため息をつく。え、なんで?
「……リエンは以前フーリエとパムレが戦ったらどっちが強いか聞いたの覚えてる?」
「う、うん。確か大陸中の母さんが襲ってきたら負けるかもって話だよね?」
「……あれは『悪魔のフーリエ』の話。『人間のフーリエ』はまた別の話。そもそも『人間のフーリエ』が姿を出すなんて予想してなかった。てっきりミルダが戦うのだと思った」
「え?」
「……悪魔の弱点である『聖術』が通用しない『人間のフーリエ』は、単純にマオより強い」
あの母さんが?
一人でパムレよりも強い?
信じられない。
「シャルロット。マオがこんなことを言ってるけど」
「やります」
「あきらめるなら今……え?」
「これが大叔母様……シャムロエ様の試練というなら、シャルロット・ガランは受けて立ちます」
「良い返事です。今日のおかずはその返事に答えてちょっと豪華にしましょう」
やっぱりこの状況でもご飯の話をするあたり、やっぱり母さんだな! 一瞬緊張が飛んで行ったのは俺だけかな!
☆
「では参ります!『火柱』!」
先手を仕掛けるシャルロット。しかし放った先にはすでに母さんの姿は無かった。
『ギャアアアアアアア!』
『ニンゲエエエエン!』
空腹の小悪魔が数匹シャルロットの周囲に現れる。
「なっ、『光球』!」
「『土壁』です!」
シャルロットの周囲に土壁が生成されて囲まれる形となった。同時に『光球』は土壁に当たって空腹の小悪魔には命中しなかった。
そして空腹の小悪魔は『土壁』をすり抜けて中にいるシャルロットへ向かっていった!
『ぎゃああああああ! 壁から目がヌッと来たあああ! こわいこわいこわい! 『光柱』!』
ぱああああっと光る土壁の囲い。それは次第に崩れていった。
「あら、今ので決まったと思いましたがやりますね。おかず追加です」
「『風球』!」
「む? 『風爪』!」
母さんは宙でくるりと回って避ける。
というか母さんさっきから『精霊術』をさりげなく使ってる!?
「あ、気づきました? 魔術との相性が良いので対人戦は便利なのですよね」
……え!? 今俺の心を読まれた!?
「そりゃワタチは人間です。『神術』くらい使えますよ」
……つ、強すぎる。
戦闘しながら俺の心も読んでる? つまり今の魔術が飛び交っている状況でもまだ余裕はあるということだろう。
「……パムレとフーリエの違いはそこ。パムレは大群衆に対しては強い。でもフーリエは少数に対して最強。技術の差が違いすぎる」
パムレが額に汗をかいている。これは冗談やお世辞ではなく本当なんだろう。
「下手に伸ばしても危険なだけなので一気に行きますよ! リエンには禁止されていましたが、やり方を変えればこういう事もできるのですよ!」
そう言うと母さんは思いっきり地面に魔力を流し込んだ。
「『深海の怪物』!」
ばあああああああああん!
大きな音を立てて、巨大な触手が三本現れた。
「なっ!」
「悪魔にとって精霊の魔力は大好物。周囲の精霊の魔力を代償に召喚することも可能なのです!」
うねうねとうなる巨大な触手。そして……。
『そして我は急激な腰痛に悩まされるのだった……リエン様よ……助けておくれ』
セシリイイイイイイ!
そうじゃん!
そういえば俺の近くに精霊いるから、めっちゃ影響受けるじゃん! 『周囲の精霊の魔力を代償』ってつまりセシリーの魔力だよね!?
「シャルロット様、降参しますか? この『深海の怪物』ははっきり言って強いです。魔術は効きませんよ?」
「それでも……」
「む? 小声で聞こえません。とりあえず捕まえます!」
三本の触手がシャルロットに向かう。これではあぶな
「『こっち来るなあああ! ばけものおおおお!』」
シャルロットが大声を出した瞬間、『深海の怪物だけ』が母さんの後ろの方へ吹き飛び、教会の壁に衝突した。
『ああああああああ! かべがああああああああ!』
『……うん。シャムロエに責任取ってもらおう』
『ちょ! え! 何あれ!』
後ろの方で何かゴチャゴチャ言っているけど、それよりもシャルロットだ。何今の攻撃!?
母さんも今の出来事に驚き、その場から動けない。
シャルロットはゆっくり近づいて、母さんに手をかざす。
「はあ、はあ、勝負ありで良いですか? 店主殿」
「ま……参りました」
「よかっ……た」
ぱたりとその場で倒れるシャルロット。
予想外の展開に、俺も驚きつつ、シャルロットの試験は見事合格となった。
☆
「やったわパムレちゃん! お祝いナデナデして良いよね!」
「……超不服。手加減していたとはいえフーリエは負けた。パムレも手合わせでは勝つ自信が無いのに」
シャルロットは勝利のナデナデを堪能していた。
シャムロエ様とミルダ様は壁の修理についての話を始めていた……と言ってもミルダ様の意見が一方的に通っている感じだ。ミルダ様っておっとりしているイメージだったけど、怒るとシャムロエ様ですら頭が上がらないんだね。
さて、俺はと言うと。
「ああああああああああ。まけましたああああああ。りえんんんんなぐさめでえええええええ」
人間の母さん初対面なのに、最初の行動は感動の出会いではなく、敗北の慰めだった。
「あー、そのー、そろそろ泣き止んでよ。人間の母さん」
「うう、結構悔しいですが、負けは負けですね。というか、シャムロエ様……いや、トスカ様の子孫ということを忘れていました」
「トスカ様って、ガラン王国の昔の王様だよね?」
シャムロエ様が大事に保管している楽器の持ち主で、偉大な王様。どんな争いごとも駆け付ければ話し合いまで持ち込むことができたとか色々伝承は残っている。
「トスカ様は『原初の魔力:音』の持ち主で、それは子孫に引き継がれるのです」
「え!?」
なにそれ。
「つまりシャルロットって『音』の魔力を所持してるの?」
「そうですよ。本人は自覚無しですが」
何それすごくズルくない!?
「……ちなみにパムレは気が付いていた。以前似た現象に遭遇してリエンもいた」
そういえばぼそっと『トスカの子孫ならー』なんて言ってたけど、それ?
確かポーラがパムレに『心情偽装』で倒れた時、思いっきり叫んで起こしたんだっけ。もしかしてあれって『音』の魔力で起こしたの?
「……とはいえシャルロットはトスカほどの使い手では無い様子。音の魔力を自在に操れるのなら、空気中にふわふわとしたものが常に見えているみたい」
「え、これってそういうことなの? 全員見えているもんだと思った」
「……訂正。シャルロットは凄い音の魔力を所持している」
この切り替えにツッコミを入れたい!
と、もやもやしながら考えていたらさっきまで怒っていたミルダ様がこっちへ来て俺に話しかけてきた。
「ともあれ、これでシャルロットさんやリエンさんの試験は終わったということですし、リエンさんもお母さまと出会えてよかったじゃないですか?」
「それは……」
涙目の母さん。
その瞳は水色だった。悪魔の母さんは赤色だが、人間の母さんは水色なんだな。
「そうだ。一つ母さんに聞いていい?」
「なんですか?」
「俺の事、どう思っている?」
多分この質問の答えは、自意識過剰ではあるがわかりきっている答えである。
だけど俺は母さんの本心を聞いてみたかった。
もちろん疑っているわけでもない。
だけど、息子の『我儘』をここでやってみたかった。
「もちろん。大好きですよ!」
『もちろん。大好きですよ!』
耳から聞こえる声。そして、初めて母親に使った『心情読破』で聞いた声。
同じ言葉なのに、とても心が温かくなる瞬間だった。




