旅立ち
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「これが傷に塗る薬草。そしてこれが魔力を高める水です」
「ありがとう母さん」
大きな鞄に薬や道具を入れて、俺はガラン王国へ行く準備をしていた。
シャルロットと兵士には、もう一晩タプル村で過ごしてもらい、翌日一緒にガラン王国へ行くことになった。
というか。
「すごい今更だけど、俺は明日シャルロット『姫』と一緒にガラン王国へ行くんだよね? 盗賊とかに襲われる可能性が高いんじゃ?」
「そう思ってこれを準備しておきました」
母さんは俺に一枚の封筒を俺に渡した。これはもしかして緊急時に使う魔力が込められた道具かな?
『この男は『寒がり店主の休憩所』とは無関係です。なので人質にしても無関係なので一銭にもなりません』
「母さん!?」
「ある国のお話で、親は子を崖から落とすそうです。姫と同行するにはそれなりの覚悟を持つ必要があるでしょう。その手紙はあくまでおまけですが、何かあった時のリスク回避です」
「いや絶対おまけが本命でしょ! てかここで意味深に店の名前を出したら逆に怪しいでしょ!」
「おっと、リエン、ちょっと書き直しますからちょっと待って」
「絶対持っていく! 母さんも道づれにする!」
ああーと言って俺から封筒を取ろうとする母さん。
「ぐぬぬ、仕方がありません。森を抜ければすぐにガラン王国なので、それくらいの保証はしてあげましょう」
そしてあきらめて俺から離れる。
「仲が良い親子ね」
「シャルロット!?」
「あ、おはようございます」
いつから見ていたのやら。
「ふふ、微笑ましい光景が見れて良かったわ。私の家はそういうの厳しいから」
「魔術を覚えるのに大反対されているから?」
「ああ、反対しているのは大叔母様で、仲が悪いのは母上よ」
そういえば単語から察するに『大叔母様』ってことは母親の上だよね。まあ俺の家は仲が悪いわけじゃないとは思うけど。
じーっと母さんを見つめる。
「どうしましたリエン、旅に出る前にすでに寂しくなりましたか?」
「いや、親子というか、血つながってないしなー」
「ガーン!」
凄いわざとらしく言う母さん。それに対しシャルロットが話しかけた。
「リエン、それは血がつながってなくても言ってはいけないことだと思うわよ?」
「あ、いや、そうなんだろうけど」
「貴方は生まれて十年以上、店主殿に育ててもらった。血がつながっていないから親子ではないというのは時代遅れの考えよ」
確かにそうだよな。事実だとしてもこれは言葉に出してはいけない言葉であり、さっきのは俺が悪かったな。
「母さん、ごめん。言い過ぎた。母さんは母さんだよ」
「リエン!」
「幼い頃、あの翼の生えた目玉のせいで夜トイレに行けなくなったり、料理の仕込みと言いつつ怪しい研究をしていたり、『心情読破』を使っても母さんの心だけは読めなかったとしても母さんは母さんだよ!」
「ワタチに『心情読破』を使ったのですか! 軽々しくワタチの心を読もうとしないでください!」
うーん、でもさすがというか、凄いというか。
『心情読破』は相手の心を覗く術で、ピーター君の様に単純な人ほど簡単に心を覗き込むことができる。
もし剣士等がこの心を読む『心情読破』を使用したら、相手の行動を先読みして攻撃することも可能だろう。
しかし逆に心を読ませない術もある。その術が『心情偽装』と言うもので、簡単に言えば『嘘の心の声を自身に秘めること』ができる。おそらく母さんはそれを使って心を読ませないようにしている。
知識としては知っているが、この術を俺はまだ使えない。そういう点でも母さんはやはり俺の上を行っているということだろう。
「母さんは『心情偽装』を使っているんでしょ?」
「へ? ……あー! そうです!」
え、何今の間。
「ささ、それよりも森を抜けるなら期間は短い方が良いです! 道具は入れましたから、あとは行くだけですよ!」
「う、うん」
何かごまかされた気がするが、とりあえず気にしないことにした。
そして店を出ると十名の兵たちが整列していた。馬もおとなしく待機していて……待機していて。
「え、もしかして俺、頑張って走らないとダメ?」
さすがに前はシャルロットに乗せてもらったけど、ガラン王国まで一緒というのは申し訳ないし。
「うむ、馬なら一応召喚できますが」
母さんが顎に手をあてて言いました。え、母さんって馬まで召喚できるの!?
「ちょっと首が無い馬で良いなら」
「シャルロット! 一緒の馬に乗せてもらって良い?」
「へ!? あ、い、良いけど」
ちょっと首が無いって何だよ! 翼の生えた目というだけでも不気味なのに、そんな悪魔まで母さんは召喚できるの!?
「シャル様! 恐れ入りますが、私がリエン殿を乗せますが」
一人の兵士がシャルロットに話しかけた。 というかその手もあったよね! というか普通に考えたらそうだよね!
「ガラン王国近辺になったらお願いするわ。それまでは私の後ろで良いわよ」
「ですが」
「馬の上でも魔術を勉強できる好機だしね。それに私の口からガラン王国の……いえ、私の家族についてリエンに話したいのよ。暇も潰せてちょうど良いでしょう?」
「はっ! シャル様がそう申すのでしたら!」
俺としても一時の恥ずかしさを我慢すれば良いだけだし。
「リエン、間違っても変なところを触らないでよ」
「触らないよ! 乗せてもらうんだし!」
そう言うと、兵たちの中から一番大きな男が俺の前に出てきた。
「リエン殿、私はこの団の副長のラルトだ」
「は、はあ」
「万が一シャル様に何かあったり、何かしたら、私の権力を全て行使してリエン殿を重罪人として捕らえる」
待って、もしかして普通に歩いて行くよりもこれ危険なんじゃ?
「ラルト。じゃあもしリエンが捕まったら貴方も同じ罪を背負ってもらうわ」
「はっ、承知……え!!」
これには俺もびっくり。同罪?
「罰する覚悟がある者は罰を受ける覚悟もあるわよね。それに、こうすることで貴方はさらに仕事に集中できるのでは?」
「しょうち……いたしましたっ!」
額に汗を流しながら頭を下げるラルトさん。うわー、特に何かするつもりはないけど、俺の責任が増えた感じもするなー。
そんなことを思っていたら、若い兵士が俺に話しかけてきた。若いと言っても俺よりは年上なんだろうけど。
「リエン殿ー」
「はい」
「ちょっとシャル様を押し倒してみてよ」
「何故!」
「何故って……副隊長が逮捕されるって面白いっすよ? しかも罪の内容が『一般市民がシャル様を押し倒して、その連帯責任として逮捕』だ。これはもう……面白い!」
ボコッ!
「って! あ! 副長!」
「馬鹿なことを教えるな! 整列しろ!」
「はは、じゃあリエン殿、シャル様をお願いしますね」
そう言って若い兵士は馬に乗り、徐々に他の兵士たちも馬に乗り始めた。
「ほらリエン、私の後ろに乗って」
「う、うん」
たくさんの兵士の中に囲まれる俺とシャルロット。そしてタプル村の入り口にはたくさんの人が集まっていた。
「リエン、気をつけてな」
「強くなれよ」
「村は任せろ!」
各々俺に声をかけてくれる村の人々。
……え、なんで俺が外に行くって知ってるの?
「ん? どうしたの?」
「いや、何で村の人たちが見送りをしているのかなと」
「それは店主殿が回覧板を回したからでしょう。この規模ならすぐに回ると思うけど」
なんというか、他の村の事情は分からないけど、この村はこういう人と人のつながりがしっかりとれているんだなと思った。
そして振り向くと、布をぐるぐる巻きに……しかし頭だけはしっかり出している母さんの姿があった。
そうだ。この村を陰ながら支えていたのは母さんだ。この温かいつながりを作ったのも母さんなんだ。
「行ってくるよ! みんな! そして母さん!」
「気を付けて!」
「おうよ!」
そして馬は声を上げ、ゆっくりと『精霊の森』の方へ進んでいった。
ちなみにピーター君は昨日走りすぎて全身筋肉痛で動けないって聞こえた。まあピーター君だし、仕方がないよね。