謎の病
お茶しか出せない『寒がり店主の休憩所』。
そこで俺は久々に説教を受けていた。
「ということでリエンは自分の浅はかさを一度改めるべきです! 精霊との契約は悪魔との契約とはわけが違う。何より相手はミルダ大陸を滅ぼしかけた氷の精霊なのですよ!」
「ごめんなさい。でも名前を付ける行為にそれほど大きな意味があったとは思わなくて」
「ゴルド様と出会ったときに精霊について教えるべきでした。いや、でもそれだとワタチの正体も……むう、ワタチも今回は悪い部分があるのでこの辺にします。二人……いや、三人を待たせてますからね」
そう言って後ろでお茶を飲んでいる三人を見た。
「こうして見ると母と息子ですわね。館長様も息子の前ではそういうのでしょうか?」
「私からすればこれが普通の様に見えるけどね。あ、セシリーもお茶を飲む?」
「我は精霊なので食べる飲むの行為は必要ないのじゃが、雰囲気だけいただくかの」
なんだこの風景。
二人は姫だからぼろ屋でもそこの空間だけ気品を感じさせる。
ちなみにセシリーは俺たちに合わせて今では人間の姿に変えている。
青色の長い髪に白い肌。そして服装は白いワンピース。誰が見てもきれいなお姉さんという感じだ。
「というか精霊に名前をつけるということは、ゴルドさんも誰かにつけられたの?」
「ゴルド様はガラン王国の先代女王シャルドネ様がつけたと言われています。その後二人はこの大陸を旅しました。あ、ポーラ様お茶のおかわりいかがですか?」
「あ、ありがとうございます館長様」
そう言ってお茶を入れた。
それをポーラは飲んだ。
「……くー」
また寝かせたよ!
「え! え!? リエン様、母上様は何を!?」
「ワタチが悪魔というのはこの場で知っているのはリエンとシャルロット様とセルシウス……いえ、セシリー様だけです。うかつに話さないでくださいね」
「承知しました……」
と言いつつ、ポーラを見ながら苦笑するセシリー。
「でも母さん。見方によっては母さんと氷の精霊が和解したという意味では俺の行動は良い方向へ進んだと思うのだけど。母さんもセシリーを嫌わないでよ」
「え、嫌ってませんよ?」
え?
「リエン様。一つ勘違いをしているかの?」
「どういう事?」
「悪魔にとって精霊はとても美味しい魔力。母上様は我の事を食料としてしか見ていません」
「そうです。これは悪魔の性ですね。ワタチとしては髪の毛一本でも食べたいところですが、リエンの契約精霊となればそうもいきませんね。『超残念!』」
母さんが普段使わない単語を使ったよ! 相当なんだね!
「今でも悪魔の力を抑えこんでいるので少し窮屈ですが、まあ良いでしょう」
「その……改めてごめん」
「もう良いです。実際ポーラ様の弟様を助けるためでしょう? おまけで精霊と契約できたなら一石二鳥です」
「その店主殿、精霊と契約すると強くなったりするのですか?」
その小さな質問をシャルロットがすると、セシリーは少し悩んで答えた。
「我が契約者に精霊術を付与できます。例えば氷の剣を持たせたり、氷の鎧を着こませたり。もちろん冷たくはありませんね」
「何それ凄い強いじゃない! 私には!?」
「多少の制限はあるが、氷の魔術に補助や、我の術を一時的に譲渡などかのう」
「おお! リエン、剣士にも魔術師にも有効な精霊との契約よ? これで怖いものは無いわね!」
「うーん」
そう言って俺はセシリーに近づいた。
「危ないときはお願いするかもしれないけど、あくまで俺とセシリーは『友達』だからね。セシリーもそこまで緊張しなくて良いよ?」
「!」
「おおー、リエン、貴方意外と言うわね」
え、普通にそう思っただけなんだけど。
「そう……かのう。我も色々とこの数百年悩んでおったが、きちんと主には答えないといけないのう。主の母上もまた主。今後は是非よろしくいただければとおもうのじゃ」
今まで少し肩に力が入っていたのか、所々引っかかった気もしたけど、今はすごく気を落ち着かせて話し始めた。きっとこれが本当のセシリーの口調なのだろう。
「え、じゃあ食べて良いですか?」
「リエン様……あの……」
「母さん! お座り! めっちゃ目を光らせてやばいよ!」
すごい勢いで俺の後ろに隠れた。そしてさっきまで俺よりも身長高かったのに小さくなってパムレくらいの大きさになった。
精霊だから身長も自由自在なのかな?
……となると。
「ぬおおおおお! シャルロット殿!? 何を!?」
「きゃあああ! 何この可愛い状態! 主の友人の命令。もうずっとこのままで!」
「は!? ちょ、これだと使える魔力は制限されてしまうので困ぬおおおお!」
「きゃあああ! ほっぺがやばいわ! リエンもフニフニしてみなさい!」
常識を考えて遠慮させていただきます。
☆
ゲイルド魔術国家の城。
ガラン王国の城は大きく、ミッドガルフ貿易国の城もそれなりに大きかった。
けど、ゲイルド魔術国家の城はその二つと比べると少しだけ小さくも思える。というか魔術研究所が大きすぎる気もする。
「この度はゲイルド魔術国家へ足を踏み入れることをお許しくださり感謝いたします」
「ガランの姫は国王への挨拶を後回しにする無礼なものなのかな?」
謁見の間でゲイルド魔術国家の王様と女王、そしてシャルロットが挨拶をしていて俺は付き添いでついてきたけど、うーんやっぱり面倒そうな人たちだな。
「挨拶が遅れてしまい申し訳ございません。ですが今回は国賓としてではなく一人の学生として参りました。一般人同然の状態で城に入ればゲイルド魔術国家の王家の方だけではなく、国民にも示しがつかないかと」
「う、うむ。考えがあるなら良い。我々も言い過ぎた。失礼した」
シャルロットすげー。本当の姫みたい。本当の姫だけど。
ちなみに『心情読破』をこっそり使ったら『面倒ねー。とりあえず圧かけようかしら』って言ってたぞ。実はシャルロットって沸点低い?
「今回こうして挨拶をすることになったのは、ポーラ姫の弟様の病状を確かめたく参りました。城に入るとなると先ほどとは異なり、国と国の関係に関わるかと思い、こうして時間を頂きました」
「カッシュの病気を知っているのか?」
「それはワタシが話しました」
「ポーラ?」
ゲイルド王の隣にポーラが来た。
「シャルロット姫はワタシの学友となり、色々とお話をしました。信頼できると思い、カッシュの病気についてもお話ししました」
「ふむ。で、治るのか?」
「わかりません。ですが一度見させていただければと存じます」
「わかった。カッシュの部屋と客室は自由に使って良い」
「ありがとうございます」
こうして城への行動が許された。
☆
「というのを毎回やるの、大変だよね」
「「何が?」」
うん。姫二人に聞いた俺が馬鹿だったよ。そりゃ分が悪い。
「……大丈夫。パムレも正直面倒だとは思ってる」
いつの間にかパムレもついて来てた。
「リエン様。何故でマオがおる? よもやリエン様の交友関係がわからぬぞ?」
セシリーはパムレを見て驚いていた。
「……おひさー。前会った時はフーリエと戦った時だよね。強かった強かった」
「嘘を言うな! 我はお前の不意打ちの『火球』で消えかけたぞ! 人間の限界のはるか先を行きおった者がどうしてこんなところで油を売っておる!」
え、不意打ちとは言えパムレの方が強かったの?
「……今はリエンと旅をしている。というかちっちゃい人はパムレだけで充分。キャラ被り良くない」
「こうしないとシャルロット様に怒られるのじゃよ!」
なんか姉妹みたいだなー。そしてそれを優しい目で眺めているシャルロット。うん、完全に近所のお姉さんという感じになってるよ。
「ここです」
あ、忘れてた。
弟カッシュの部屋にたどり着き、ドアをノックする。
入るとそこには真っ白な肌と真っ赤な髪の少年が布団で寝ていた。
「姉さん。どうしたの? こほっ」
「起きなくて大丈夫。今日は病気を見てもらいに人を呼んだのよ」
「人?」
シャルロットとセシリーとパムレ。そして俺を見た。
「あはは。姉さん、お友達がこんなに……良かった」
おおー、なんか涙が出てきそうだぞ?
「友達ですが今回はカッシュの病気を見てもらいに来たので、今は先生です。さあセシリー様」
「うむ」
そう言ってセシリーは元の姿に戻った。
「え、元の姿に戻るの?」
「シャルロット。空気読もう?」
苦笑が渦巻く中、セシリーはカッシュの手を握った。
「ふむ。これは……おいマオ。お前も見てくれぬか?」
「……ん?」
そう言ってパムレも手を握った。
「……あー、なるほど」
「どうなの?」
「ふむ。結論を言うと、『今が良い状態』というべきじゃな」
「え? この弱りきった状態が?」
「ふむ、我も話を聞いて勘違いをしておった。魔力が流れ出る病気と聞いていたが……これは『わざと流しておる』」
「わざと?」
どういう事だ?
「……魔力は食物や睡眠で回復する。普通なら一定量溜まれば止まるけど、稀にその限界を通り過ぎる人が出てくる」
「通り過ぎるとどうなるの?」
「……ぱーん」
ええ!?
魔力が溜まりすぎて良く無いことってあるの!?
「じゃが、このカッシュとやらの魔力の核にはわざと傷が入っておる。そこから魔力が出てきて今を保っておるが、人間の成長からその傷が治ってきているのう。いや、魔力核が治るって無いのじゃが……」
うーん……と悩むセシリー。そこへポーラが手を挙げた。
「あのー。心配になって治癒術を使ったことがあるのですが、それは関係ありますか?」
「む? お主は治癒術が使えるのだったか。それなら魔力核の傷を治すことは可能かもな」
「そんな。ワタシの行為がカッシュを逆に苦しめていたなんて」
そう言ってポーラはカッシュの手を握る。
「ごめんなさい。苦しませてしまい」
「よくわからないけど、良いんだ姉さん。姉さんは僕のためにやったんでしょ?」
凄い良い弟じゃん!
ポーラやその両親とは全く異なる性格をしているよ!
「おそらく生まれたときに近くにいた先生が気が付いて魔力核に傷をつけたのだろう。人間にはそれが限界じゃからな」
「じゃあどうするの? カッシュ君の魔力核に傷をつけるの?」
「いや、それでは将来いざという時困るからのう。魔力核の傷を癒すほどの力を持つ人間がいるなら、その力を使おうでは無いか」
そう言ってセシリーは一つの提案をした。それはとても優しく、俺たちが望んでいた結果だった。




