それは悲しい事件だった
とある国のとある王子は力が欲しく、ついには悪魔の力に手を出してしまった
悪魔は契約時に受けた願いは必ずかなえる。その代償として理不尽なモノを要求する。
王子は何を渡せばよいのかわからなかった。
そして混乱した挙句自身の一番大切なモノを差し出した。
『カミを渡します』
悪魔は喜んだ。目の前の人間は『神』を差し出すほどの巨大な力を持っているとも思った。
そして契約は成立。さっそく『カミ』を渡してもらおうと悪魔は王子に触れた。その瞬間。
王子の『髪』は無くなりました。
「「……」」
あー、凄い。シャルロットとポーラの視線が冷たい。
いやシャルロットに関しては展開を知っているでしょうに。
「リエン。その……ワタシが言うのも何ですが、その王子はアホですか?」
「うん……でも同時に悪魔もアホだったのかな……」
「リエン、その……私は今から全力で逃げて良いかしら?」
「待って! シャルロットなら逃げられるかもしれないけど、俺は無理だから!」
そんな会話をしていた瞬間。
『なんだその愉快な話は! 人間、作り話でもなかなか面白いぞ!』
わー。やっぱり。まさかミッドガルフの体験談がここで役に立つとはなー。
「いえ、セルシウス様。これ『実は実話』なんです」
『ぷふっ! ほほう。そんなことが外であったとは』
昔母さんから色々と教えてもらったなー。確か『ダジャレ』というやつで、同じ言葉を使う遊び。よく布団がふっとんだなんて言ってたっけ。
何故だか言った後、体感温度が低くなるんだけど、てっきり魔術的要素だと思ったよ。
「これほど愉快な話は久しぶりだ。お前たちの事は気に入った。亡き者にするには惜しい。どれ、特別に我の友人にしてやろう」
「氷の精霊様とご友人!? ねえ、リエン、シャルロット、これってすごい事よね! 三大魔術師とも知り合いだし、精霊様とも知り合いよ!?」
『そうじゃろうそうじゃろう。誇るがよい!』
へー。そんなに凄い事なの?
「あー、その、鉱石精霊とも知り合いなんですが」
『「は!?」』
氷の精霊が固まった。あとポーラも。
『じょじょじょ冗談を言うな。人間、あの鉱石精霊様が人間なんぞに』
「ほらリエン、短剣見せたら?」
「はい」
そう言って俺はガラン王国の秘宝の短剣を見せた。
『かっ!』
おそらく短剣の魔力を感知したのだろうか、氷の精霊セルシウス様は固まった。
そしてみるみる小さくなって……あれ?
やがてセルシウス様は水色の長い髪をした色白の女性に変わった。
「鉱石精霊様のご友人であれば早く言ってください。あ、寒いですよね。今吹雪止めますね」
「「ええええええ!?」」
☆
氷の精霊はあっという間に氷で作られた小さな家を生成した。
中は寒いかと思ったら、ほのかに温かい。そして氷の暖炉に火がついている。どういう仕組み?
「精霊術と魔術を組み合わせた技です。先に溶けにくい氷を作った後に火を放てばできます。リエン様は精霊術を使えないので、氷の魔術を応用すればできますよ」
「口調や声色まで変わってすごく不気味なんだけど!」
さっきまで『人間? ああ、排除』と言っている感じの精霊が、突然おもてなしをしてきた。
「というかリエン。そしてシャルロット。貴方達は鉱石精霊様と知り合いだったの?」
「そうよ。色々あってとある場所で偶然出会ったの。この短剣がそもそも鉱石精霊の作った短剣だったから話が弾んだわ」
「憎い! いえ、羨ましい! 原初の魔力の中で唯一固体として維持できる鉱石の魔力の精霊と……今度紹介して欲しいですわ」
「え、良いけど」
「え!? 良いの!?」
ポーラは冗談で言ったつもりなのかな。いや、ゴルドさんに紹介するくらいなら全然大丈夫だろうけど。まあ、公には言えないけどね。
「それで、お三方は我にどんな用事を?」
「そうでした。ここからは少し真面目に交渉を」
そう言ってポーラはセルシウス様を見た。
「弟は病にかかっており、体内の魔力が勝手に出て行ってしまう状態となっています。魔力が無くなる前に直接魔力を補給すればと思い、伺いました」
「なるほど。ポーラ様……でしたっけ? その若さでその答えにたどり着くとは思いませんでした」
「でしたら」
「良いですけど、たとえ我が魔力を補給するための氷を生成して飲ませたところでその病とやらは治りません。三日に一度来る必要がありますね」
「なっ!」
そうか。魔力は補給できでも根本的な解決はしない。てっきり魔力を吸収すれば治ると思っていたけど……。
「と言っても、他に方法が無いわけでは無い。二つほど心当たりはある」
「え!」
「一つは人間をやめることですね。例えば我の住処から近いところに『厄介な悪魔』が一人住んでいます。そいつがいるせいで我はここを抜け出せませが、そいつのように人間をやめて悪魔になれば可能性は」
「そんな恐ろしい悪魔がセルシウス様の近くに……許せませんね!」
「そうじゃろう? そうじゃ、もう一つの案じゃが、我をポーラ様の弟の前に連れてってくれ。解決するかは保証できませんが、力にはなれるかと」
「わかりました。ワタシも聖術は使えますので対応しましょう」
うーん? どうしよう。
「ポーラ、ちょっとお花を摘みにいかない? ちょっと私この寒さで」
「え、突然ですわね。まあ良いですわ。セルシウス様、お手洗いはどこかしら?」
「一応我精霊ですよ? あー、少し離れた場所に小屋を生成しましたからそこで」
お手洗いをしない精霊がお手洗いを作る。なんとも滑稽な現場に遭遇。
と思っていたらシャルロットが俺を見てゆっくりと頷いた。
そして部屋を出た。
「ふむ。さすがに二人では話を進めるわけにはいきませんから、リエン様の小話をもう少し聞きたいのですが」
「で、でしたら紹介したい人をもう一人」
「おお、一体誰かのう。音の神エル様かのう? それとも光の神ヒルメ様かのう?」
テンションが上がったのか、口調が元に戻った。こっちが本当の性格なのだろうか。
とりあえず俺は母さんからもらったお守りに魔力を送った。
☆
『お久しぶりですセルシウス様……ギャー』
「あ……う……あ……」
また固まるセルシウス様。
「リエン様? これはどういう」
「あー、確か『空腹の小悪魔』は使用者の目や口にもなるから、この先につながっている人が俺の母さんです」
「リエン様の母上!? あの憎き悪魔が!?」
『あはは、凄い言われ様ですね。さて、ちょっと外に出る準備を……ギャー』
魔力を送ったお守りからは『空腹の小悪魔』が召喚され、そこから母さんの声が聞こえた。正直少し心配だったけど、思った通りで良かった。
「いえ! その、リエン様の母上とは知らず。というか絶対出ないでください! ただでさえ今も目の奥がじんじんと痛むのに!」
あ、そういえば精霊って悪魔の影響を受けるんだっけ。もしかして外に出れない影響ってこれ?
「ねえセルシウス様。もしかして外に出れないのって外に母さんがいるから? ちなみにゲイルド魔術国家にはもう二人ほどいるけど」
「なにその悪魔帝国! そんな悪魔の巣窟に入ったら我が消滅するわ!!」
『そんなこと無いですよ。ちょっと頭痛がひどいだけでワタチは食べたりしませんよ……ギャー』
というかセルシウス様も涙目だし、本当に嫌いなのかな。俺の母さんということもあるし、俺自身も少しショックだけど、魔力的な相性ならしょうがないと思うしかないのかな。
「ねえ母さん。その精霊への影響を抑えることはできない? ゲイルド魔術国家の……ポーラの弟が病気で大変なんだ」
『察するにセルシウス様を領土に入れるのですか? 大丈夫ですか?』
「俺の友達だから。ね? セルシウス様」
「ええ。まさかリエン様の母上だとは思わなかったですが、リエン様には害を与えるつもりはありません」
『信用できません。正直目の前で話しているというだけでワタチは外に出る準備を終えていつでも出撃体制に入ってます……ギャー』
「わかりました。でしたらリエン様。我に名前を付けてください」
『なっ!』
「名前? セルシウスじゃないの?」
「それは我が勝手につけた仮の名前。リエン様が付けてくだされば、今後はそれを真名として名乗ります」
「はあ、それくらいなら」
『待ってリエン。それは』
「じゃあセルシウスだから『セシリー』で」
俺が言った瞬間、セルシウス改めセシリーは光出した。
なんとなく光っただけの様に思えたけど……どうしたのかな?
「リエンの母上様。これで信用をしてください」
『わ……わかりました。精霊の魔力への影響はできる限り抑えます。あとリエン。『後デ説教デス』』
えええええ!?
何で!?
「ふふ、無名の精霊に正式な名前を付ける行為というのは、一種の契約。これからも『末永く』よろしくお願いいたしますね?」
へ?




