氷の精霊への道のり2
「まさか館長様がこっそりついて来ていたとは思いませんでした。言ってくだされば良いのに」
「あはは。はい、ここでは野草からのお茶しか出せませんが、温まってください」
「恐れ入りますわ」
そう言ってポーラはお茶を飲んだ。
「……ぐー」
寝た!?
「ふう、邪魔者……いえ、ポーラ様は予想以上にお疲れみたいですね。さて本題に入りましょう」
「ちょっと待って母さん! いくら何でも唐突過ぎない!?」
俺のツッコミにも動じない母さん。え、ポーラが正座をしながらも背中を床につけているという一国の姫では考えられない姿を目の当たりに正気を保てないよ!
とりあえずさすがにそのままでは目が覚めた時に体が痛むと思うので、体制を整えて布団をかぶせる。
「店主殿がここにいるのは理由があるのですか?」
「ここは万が一何かあった時に対応できるようにワタチが待機するためだけの場所です」
「万が一?」
「はっきり言います。氷の精霊セルシウス様は強い。そして他人を嫌います」
ごくりと唾をのむ俺とシャルロット。
「いや、正確にはワタチがここにいることで地味に氷の魔力を吸っているので、基本的にはワタチが嫌われているのですが、とばっちりで他の人も嫌いになってます」
「「母さん(店主殿)の所為じゃん!」」
え、何?
母さんがここにいなければ氷の精霊とやらは友好的だったかもしれないの?
「いや、仕方がなかったのですよ? ワタチがここにいなければ今頃ゲイルド魔術国家は氷の世界。ミルダ大陸の半分は凍ってたのです。ワタチが魔力を食べることで世界を保っているのです」
「ふざけたことを言った後に世界を実は救ってたという話をするのやめない? 全然凄さが頭に入ってこないから!」
三大魔術師は謎だらけ。その理由が今理解できた。だって三人とも自由すぎて全然威厳とか無いんだもん。
そりゃ後世に残す内容も書きにくいよね。
「リエンやシャルロット様は『原初の魔力』についてすでに知っていますよね?」
「まあ……リエンと会ってからは少し勉強したし」
「『原初の魔力』は『鉱石』『音』『光』『時間』そして『神』。これらから世界が構成されたと言われた魔力というのは知っての通りですが、そこから派生された『後発精霊の魔力』が沢山存在します」
「それって『火』や『水』の事?」
「大正解です。基本的には魔術で扱える属性の物が当てはまりますが、どうしても魔術的に解明できない魔力が存在します」
魔術的に解明できないもの……魔術が発見されてからかなり経つのに解明できないものというのがあるんだ。
「種類も解明していません。しかし、高位の魔術師が解明難と判断した魔力が『運命』『望遠』、そして『氷』です」
運命? 望遠?
「最初の二つは初めて聞いたよ。どういう魔力なの?」
「ワタチも詳しくはわかりませんが、『運命』は誰かの未来を変えることができる。『望遠』はその場で遠くを見る事ができる。たとえ他の世界でも可能と聞きます」
そんな魔力が存在するって……というか、今更だけどやっぱり母さんって魔力関連では大陸一番の頭脳を持っているんだなーと思った。
「待ってください店主殿。その、『氷』が未解明というのが理解できません。氷って溶ければ水になるので水の魔力なのでは?」
「魔術師も最初はそう思いました。しかし、水を熱するには『火』を使えば良いのですが、冷やすことに関しては自然界ではできないことに気が付きました」
そう……なのかな? いや、単純に話が難しいからついて来れないんだけど。
「今も空から降ってくる雪とはまた違うのですか?」
「はい。日差しの関係や地形によって気温が低い地域は雨が凍ります。しかし、魔術の氷に関しては何もせずに最初から氷なのです。だから氷だけは『未解明魔力』として今でも研究をしているのですよ」
魔術研究所って何をしているのかなーと思っていたけど、そういう研究もしているんだ。剣士は確かに面白いけど、もしシャルロットに出会って無かったらそっちの路線もあったのかな?
「そしてここからが重要です。氷の精霊はこの事をすでに知っており、自身を特別な存在だと思っています」
「特別な存在……」
「ぶっちゃけ、凄くプライドが高いです」
すっごくどうでも良い!
え、なに? 自分が特別だからって他人には興味ないですよーってやつ?
「リエン、なんだか私たちの近くにも傲慢な人がいる気もするけど、気のせいかしら?」
「俺もそう思ったよ。今はもう見てられない姿で寝ているけど」
「くかー」
「「……」」
「こほん。そんなわけで自分が特別だという事を知り大陸を征服しようとしたところに『原理は不明だけど魔力は吸い取れる。原理は不明だけど!』というワタチのような存在が現れて、氷の精霊セルシウスは引きこもりました」
おそらく同じことを二回言った理由は本当に偶然の重なりということを主張したいんだろうなー。
「ということで、今更と言われるかもしれませんが、リエン、そしてシャルロット様……『今からでも引き返しませんか』?」
「「!?」」
意外な言葉だった。
「ずっと考えておりました。マオ様が付いて来れないのはマオ様の魔力の干渉でセルシウス様が強くなってしまう。それは仕方がありません。ですが、それを差し引いても相手は精霊です。ゴルド様の様に友好的な精霊であれば問題ないのですが、敵意を持った精霊は高位な魔術師が数名かかっても倒せるかどうかなのです」
ジッと俺を見つめる母さん。
「母さん。一つ勘違いをしている」
「なんですか?」
「俺は氷の精霊と戦うわけじゃないんだよ?」
「そう……ですけど」
「話し合って無理だったら帰る。もしくは逃げる。約束するよ」
「わかり……ました」
そう言って、母さんは一枚の紙を出した。
「これは?」
「もしもの時はこれに魔力を流してください。『空腹の小悪魔』が一時的に召喚されます」
え、役に立つの?
「まあ良いじゃない。店主殿のお守りならご利益がありそうだし」
「悪魔だけど……まあ、母さんからのお守りだしね。わかった」
「ほっ」
母さんがほっとした瞬間ポーラがむくりと起き上がった。
「あれ、ワタシ寝てた?」
「疲れていたのね。体は温まった?」
「え、ええ。もう歩けますわ」
「じゃあ行こう。母さんありがとう」
「気を付けてくださいね。相手は精霊です」
「わかった」
そして俺は小さな『寒がり店主の休憩所』を出た。
☆
そこから数十分。さらに吹雪が強い中、開けた場所に到着した。中心にはぼんやりと輝く光と、真ん中には……女性?
『人間の魔力が侵入しているのは気が付いていた。我の領域に侵入とは命知らずよ』
直接脳内に声が響いている感覚だ。
「あの、実
ゴッ!
……え?」
鈍い音。
何か固い物体が思いっきり当たった音。
それが隣から聞こえた。
「カハッ!」
隣を見ると、シャルロットの足元に大きな氷の塊りが落ちていた。
「なっ!」
「だ……大丈夫、鋭利じゃなかったから」
「そういう問題じゃない! それ以前の問題! せ、セルシウス様! これは」
『これは? いやいや、我の領域に人間が来ること自体『そういう事』じゃ。お主は部屋に入る虫を無視する愚か者かのう?』
俺はもっと母さんから聞くべきだったのだろうか。
母さんが言いたかったのは、相手が精霊。人間の常識が通用しないということだったのではないだろうか。
「シャルロット。ほら、痛みは治った?」
「ありがとうポーラ」
初めて思い知った。
今までは隣にパムレがいた。もしくは母さんがいた。今は誰もいない。自分たちだけで対応するしかない。
母さんからもらったお守りを使うか? いや、だがそれではポーラの弟が助からない!
「話がしたい!」
『会話? 人間と精霊が会話をしてどうなる。内容が無いような会話であれば貴様らを消す』
「氷の魔力が込められた氷が欲しい。ある人間が魔力を放出し続ける病にかかっているから、それを救うためにも力をかりたい」
『ほう。ならそれなりの高価なものを頂こう。硬貨はいらぬぞ? ウチは人間の住む世界に興味が無い」
それなりの高価なもの……精霊が求めるものは何だ?
命か? 魔力か?
「ねえリエン……さっきから地味に思っていたんだけど」
「何?」
俺の耳元でシャルロットはささやいた。
(何でさっきからセルシウス様は同じ言葉を二回使ってるの? いや、意味は違うんだけど……)
え?
同じ言葉?
『虫を無視』『内容の無いよう』『高価・硬貨』
……。
「それだあああああああああ!」
『な、なんじゃ!?』
「セルシウス様。ここはひとつ勝負をしましょう」
『ほう?』
「俺が小話を一つ。しかもつい先日あった面白い話をします。セルシウス様が面白いと思ったら要求を呑んでください」
『面白い。では負けたら精霊の洗礼を浴びてもらおう』
そして俺はその場に座った。これはつい先日あったお話だ。




