楽しい学園生活(自宅)4
「ホットミルクをどうぞ」
「大変恐縮でございます」
ポーラは両手でホットミルクをゆっくり飲む。これほど何かにおびえながらホットミルクを飲む少女を俺は見たことが無い。
「というか母さん、普通にポーラには名乗るんだね」
「さすがにワタチも場をわきまえますよ。誰かがいたら場所を変えますが、一国の姫様の前ではさすがに名乗ります」
「息子には黙ってたのに?」
「とうとうリエンも反抗期になってしまいましたか……およよ……いいでしょう。ワタチも覚悟はできています。これからは影から見守ることに徹し」
「いや、別にそれほど気にしてないから。深く考えないでよ!」
絶対ウソ泣きなんだろうけど 時々母さんの情緒が不安定になるのが不安になるよ!
「それでリエン。どうしてポーラ様を連れて来たんですか? さすがに護衛無しで姫様二人を連れまわすのは危険ですよ?」
何か言葉に悪意を感じられるよ!
「でも、パムレもいるし大丈夫かなと」
「リエン。それは違うわよ」
シャルロットがピシッと指摘する。
「確かにパムレちゃんは強いわ。でも過信してはいけない」
「た……確かに。いざというときもあるし、俺の行動も浅はかだったかな」
「そうよ」
「パムレちゃんの魔術で相手が致命傷で済めば良い方。最悪ゲイルド魔術国家が大陸から消えるのよ?」
あ、そっち!? 人よりも国の存亡の危機の方の心配ね!
いやあり得るけど!
「……シャルロット。それはさすがに……半壊くらいはできるけど」
ふわっと恐ろしいことを言ったぞこの子!
そしてポーラはホットミルクを持ちながらガタガタ震えているよ!
「ふ、ふふ。一国の姫は冷静でなければいけないのよ。ふう。さて、実は今回は相談しに参りました」
「相談?」
「はい。館長様は『蘇生術』をご存じですか?」
「!?」
珍しく母さんが本気で驚いた。
「館長様が禁じている『悪魔術』と同様に禁じている『蘇生術』。術式は一つしか存在しておらず、『悪魔術』と異なってこれは完全に使用してはいけないことになっております」
「はい。それはワタチとミルダで決めました」
蘇生術……それって命を復活させる術のことだろうか?
「一応理由を聞きましょう。どうして『蘇生術』を?」
「ワタシには弟がいます。しかしある病によって今も寝た切りの状態です。医師からはもう間もなくその命を終えるとの事。なので終えた後に蘇生術を使って生き返らせ、病気からも解放したいと存じます」
その目は真剣だった。
そうか、弟がいたんだね。
「わかりました。ですが、教えません」
母さんの答えはあっさりしていた。
「知っているという事ですね。では『心情読破』!」
「無駄です」
「なっ! こ、心が読めない!?」
「ワタチを誰だと思ってますか? 相手から術式を聞き出せなくても頭の中で考えるとでも?」
「ぐううう!」
「……それ以上は危険。えい」
「いたっ!」
ポコリと頭を叩くパムレ。それと同時にポーラの神術は途切れた。
「ポーラ、弟を救いたいのはわかるけど、いくらなんでも店主殿に失礼ではないかしら?」
「くっ! どうしても聞き出して弟を楽に」
「楽を得るために、一生分の苦しみを得たいのなら教えます。もちろんその苦しみと言うのは『死』です。弟が救えれば良いという甘い考えもやめてください。場合によっては弟もその一生分の苦しみを一度に味わいながら『死』を迎えることになります」
母さんが……怒っている?
「館長……様?」
「『蘇生術』は使うと同時に呪いもかかる最上級の悪魔術に等しい術。使うと術者は近い未来『一生分の苦しみを一度に味わい命を落とす』という呪いがかかります」
「なっ!」
「ワタチの知る事例では、過去に蘇生術を使用した母親が愛する娘の前で巨大な悪魔に殺されるというものでした。幸い娘は助かりましたが、母親はー」
「母さん!」
俺は大声を出した。
「リエン?」
「母さん……ごめん。ちょっと怖い」
「はっ。す、すみません。ですが、この術は必ず広めてはいけない類で、安易に使ってほしくないので……その……」
母さんの言い分もわかる。だが、それ以上に目の前のポーラの顔がどんどん青ざめていた。
「そんな……カッシュを助けることができないの?」
ポーラが落ち込んでいると、シャルロットは母さんに話しかけた。
「店主殿。蘇生術以外でポーラの弟を助けることはできないのですか?」
「ちなみに弟様の病状は何ですか?」
「カッシュ……ワタシの弟は『魔力欠乏症』にかかっています」
魔力欠乏症? 初めて聞く単語だ。
「おそらくその医者が仮で付けた名前でしょうか。どういう病ですか?」
「魔力が意図せず体から抜け出す病です。体内の魔力は生命力とつながっているため、無くなれば命を落とします」
「ふむ。魔力濃度が高いゲイルド魔術国家だから今は寝たきり状態ということですね」
そして母さんは少し考えた。
「ふむ、体内で魔力を生成するもの……精霊の魔力を宿した石を摂取すれば可能性は」
「精霊の魔力を宿した石!?」
あれ、おかしいな……精霊という単語に心当たりがあるぞ?
「……なるほど。ゴーレムのウン」
「そっちじゃない! それにゴーレムは倒したからもういない!」
言わせないよ! なに、パムレはその単語を言いたい病にでもかかっているの!?
「鉱石精霊の石なら!」
「ふむ……ワタチも考えましたが、それでは体内に残った後、何かしらの影響が無いかが不安ですね」
「……そりゃ、誰だって食べたくないよね。ウン」
「やめ! じゃあどうするの?」
「そうですね。ワタチも会ったことはありませんが、一つ心当たりがあります」
さすが母さん!
母さんはゲイルド魔術国家の地図を持って、机に広げた。
「現在地がここ。ゲイルド魔術国家の中心ですね。そして、最北端のここに『氷精霊』が住んでいると言われています」
「『氷精霊』?」
これまた初めて聞く単語だな。
「氷の魔力は基本的に人間には扱えません。精霊と妖精だけが扱える特別な魔力となりま
「……『アイス・ボール』」
すが、マオ様は例外なので今のは見なかった事にしてください」
母さんが頭の布の一つを取ってパムレをぐるぐる巻きにした。
「リエン」
「何、シャルロット」
「店主殿の顔がちらちら見えそうなんだけど、見ても大丈夫?」
そうだよね! ずっと隠しているもんね!
何とかギリギリ見えない状態を保っているけど、というかその布って武器にもなるの!?
「全くマオ様は……こほん。氷精霊は原初の魔力である鉱石精霊とは違って独自の生態系を持っています。しかし『氷』という性質を利用すればもしかすれば」
「体内に入れても大丈夫……カッシュが助かる!」
「可能性です」
「そうと決まれば早速準備をします!」
その声にシャルロットが話し出した。
「友人の弟の危機なら私も手伝うわよ。ね、リエン」
「まあそういう流れだよね」
「皆様。ありがとうございます!」
三人揃ってワイワイと話す中、一人だけ静かに話す。
「……パムレ……いや、マオは行かない。いや、正確には行けない」
「え! 一番パムレちゃんが頼みの綱なんだけど!」
「……相手は精霊。ゴルドとは違う。最悪容赦なく命を狙う」
「そうだけど」
そしてパムレ……いや、『三大魔術師の一人マオ』は言った。
「……行くならマオは止める。三人まとめて相手してあげる」




