楽しい学園生活(自宅)3
体のあちこちが痛む今日この頃。
パムレを背負いながら剣術の修行も行い、全身筋肉痛である。
「あら、おはよう」
そして目の前にはポーラ。
「おは」
「せめて『おはよう』! でしょ!? 最近ワタシの扱いがひどくないかしら?」
「ちが……腰が痛くて声が……ごめ」
「あー、理由があったのですね。それは失礼。最近ワタシの立場がどんどん底に落ちてきている気がして、自暴自棄になっていましたわ」
自覚はあるみたい。
「仕方がないですね。ほら、『ライト・ヒール』」
「え?」
治癒術。
それは、ごく一部にしか使うことができない特別な技である。
「お、驚いた。ポーラって『治癒術』を使えるの?」
「ええ。ワタシの家系は代々『治癒術』を扱うことができるのよ。これが唯一ワタシの家系の命綱ね」
「もっとそれを広めれば、変な地位争いもなくなるんじゃ?」
「そうかもしれないわね。でもこの力は有名にしてはいけないの」
「そうなの?」
「『治癒術』と『原初の魔力』は密接な関係があるの。ですから、この力は悪い組織にとっては喉から手が出るほど欲しい存在なのよ」
原初の魔力か……。
そういえばこの魔術学校でも原初の魔力の情報はあるのかな?
俺は剣士志望だからそれほど重要じゃないけど、シャルロットには必要かもしれないよね。シャムロエ様がそもそも原初の魔力を宿しているし。
「へえ、シャルロットの親族に原初の魔力を?」
「なっ! 『心情読破』を?」
「ふふ。剣士志望なら油断してはいけないわよ。まあ今回の事は別に外部へ漏らさないわ」
「信じられない」
「大声で叫ぶわよ?」
完全に状況が不利になってしまった。いや、不利にしちゃった。
「はあ。正直貴方が来てからおかしいことが連続で飽きないわね。三大魔術師のマオ様に、ガラン王国の姫。そして魔術研究所の館長の息子。急遽先生として現れた静寂の鈴の巫女ミルダ様。何の歯車が動いているのかしら?」
「歯車?」
聞きなれない表現だ。
「運命の歯車。まあ、魔術とは似て非なる存在。リエンは『魔法』を知っているかしら?」
『魔法』
まさかここにきてこの単語を聞くとは思わなかった。
魔術とは真逆ともいえる存在で、『魔術』は意図的なモノとか、魔力を操作して操り起こすものに対し、『魔法』は『奇跡』に近いモノ。
魔力を使わずに物体を動かしたり、人の行動を魔力を使わずに操作する。そういう『ありえない』ものをひとくくりに『魔法』と定義する。
って母さんは言っていた。
「『治癒術』は『魔法』に一番近い存在。そして原初の魔力『神』に密接な関係。そんな力をホイホイと使うわけにはいかないのよ」
「それを俺にホイホイと使ったわけだ」
「一人で会話しててもつまらないでしょ?」
「案外ポーラって優しいのかな?」
「気まぐれよ。まあ一つ貸しってことにしてね」
「それが狙いか」
「ふふ。そろそろあの二人がお手洗いから戻る頃かしら。では」
そう言ってポーラは去っていった。
同時にシャルロットとパムレが帰ってきた。
「……ん? リエン、体の調子良い感じ?」
「あ、わかる?」
「……治癒の魔力はわかりやすい。傷が治ったならこの魔力は吹き飛ばすね。えい」
ぶん! と手を横に振るパムレ。
『ああ! げ……げっふげっふ!』
ん? なんか奥でポーラが咳き込んだぞ?
「魔力が見えるってパムレちゃんはやっぱり凄いわね」
「……努力すればシャルロットもできる。これができると自分の魔力を相手に刷り込んで、相手を位置が離れた場所でもわかるようになる」
俺は瞬時にポーラを見た。
ポーラは目をそらした。
「気をつけなさいよリエン。『リエンの母上』は一応誰も見たことが無いんだから、付けられたらバレるわよ」
……やっぱりゲイルド魔術国家の一族はどこか卑怯なのかもしれないなー。
☆
「ふーんふーん」
ご機嫌に前を歩くポーラ。
それについて行く俺とシャルロットとパムレ。
(ねえリエン。本当に店主殿に会わせるの?)
(まあ、相手は一応姫だし。将来的には母さんも会うだろうから大丈夫かなって)
(……パムレ、心配だから転移の魔術を今のうちに生成しておく)
(さらっと凄い魔術を組まないでくれる?)
色々あってポーラを『寒がり店主の休憩所』に招待した。と言っても『母さんに会いたい?』と言って食いついてきただけだから場所は言ってないけどね。
「この大陸の上層の方しか会ったことが無い魔術研究所の館長様。一体どんなお姿を……おっと、取り乱してはいけませんね。リエンさん。案内をお願いしても?」
「はいはい」
「むっ、案内は私がするわ」
そう言ってシャルロットは俺の前に出た。え、なんで?
「……おー、これが修羅場というやつだ」
「何が?」
「……気にしない気にしない。ささ、お店へ行こう」
よくわからないままとりあえず『寒がり店主の休憩所』へ入る。
「あ、リエンお帰りなさい。ご飯を先に食べますか? それともお湯で体を拭きますか? 今日は香りの良い果実が入ったので、それを使って体を洗うととても良い香りになりますよー」
「あー、お客さん……来たよ」
「こほん。いらっしゃいませ『寒がり店主の休憩所』へ。今なら辛いことを忘れる『キオクヲフットバス』という特別サービスを強制的に行っています。いかがですか?」
「なんですかこの物騒な宿は! というか『寒がり店主の休憩所』ですよね! 名前だけは母上から伺ってましたがこんな物騒な宿だとは思わなかったですよ!」
うん。今のは完全に母さんが悪い。
「というかリエンも大概ですね。両手に花とは思っていましたが、とうとう三人女性を連れてきて、さぞ街中では目立ったでしょう」
「好きでやっているわけじゃないよ! シャルロットは護衛だとしてパムレは勝手について来ているだけだからね!」
と言ってもパムレがいるから大陸一安全な旅ができるんだけどね!
「はあ。これは父上にも後程報告かしら。あ、ワタシはゲイルド・ポーラ。名前くらいは聞いたことありますよね?」
その言葉に母さんは周囲を見た。
「あ、姫様でしたか。ワタチは魔術研究所の館長フーリエです。あとリエンの母です」
「そうでしたか。リエンの
えええええ!?」
なるほど。母さんは周囲に他の客がいないことを確認したのか。というかバラして良かったの?
「おおおそそそおおそれいりますが、あああああの魔術研究所の館長様で?」
「はい。いつかご挨拶もする予定でしたが、そちらからいらっしゃって助かりました。あ、リエンがお世話になってます」
「い、いえ。その……先ほどのは冗談で」
「かまいません。商売をしていると恨みつらみはたくさんありますから」
「あ、ありがとうご」
「あ、最近ゲイルド魔術国家の観光客が減ってきて、税金を払うのが少し大変になったような……」
「今すぐ減税の案を父上に渡します」
悪魔だ! いや悪魔なんだけどさ!
「あら、ありがとうございます。あ、今ホットミルクをご用意しますから席に座ってください。何やら事情があるみたいですし」
「お、お構いなくー」
母さんはホットミルクを注ぎに台所へ向かった。
「これが三大魔術師の力ね。権力すら我が手にするとは……私も気を付けないと」
「……三大魔術師って怖いね。パムレは怖くて夜も眠れない」
シャルロットは確かに他人事にはできないだろうけど、パムレはその言葉を言っちゃいけないと思うよ!




