思い出と試練
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『ゴチソウ、イッパイ』
『ウデカラタベル? アシカラタベル?』
「こらこら、食べるのは後です。今はお話を聞きたいので地面に潜っててください」
『ワカッタ。ゴシュジン』
『ハヤクヨベヨ』
シューッっと地面に潜っていく翼の生えた目玉たち。
うん、その……なんだ。
「なんかの儀式の生贄にしか見えない!」
俺がそう突っ込むと男達は怯え始めた。
「ひい! やっぱり俺たちは死ぬんだ!」
「リーダー……また一緒に飯が食いたいよ……もう我儘言わねえよ」
誰がどう見ても俺より全員年上の男たち。しかし完全に俺たちが悪役にしか見えない構図。うん、やっぱりあの目玉が全部悪いよ。
「リエン。実際これは誰がどう見ても生贄よ。というか店主殿はそういう術に長けているのかしら?」
母さんの魔術の強さについては俺がよく知っていた。
幼い頃から魔術の『ま』の字から教えてもらい、魔力の流れや魔術の歴史など、時間が許す限り教えてくれた。
魔術以外にもかつて神々が使っていたと言われる『神術』や、邪悪な存在を倒したり傷を癒す『聖術』など、色々な種類があることも簡単に教えてくれた。
だが、唯一母さんの知っている術の中で教えてくれなかった類が先ほどの翼が生えた目玉の『悪魔を操る術』だった。
いや、好きで作りたいとは思わないけど、ピーター君を驚かすには良いかなって思った時期はあったかな。
「この『空腹の小悪魔』は魔術でもなく聖術でもない、ちょっと特殊な術なのです」
「母さんにこの術について聞いたら凄く怒られたことを覚えているよ」
幼い頃、いたずらをすれば現れる怪物。しかし人間成長すれば何かしら仕組みがあると疑い、結果この怪物……いや、悪魔は母さんが召喚していたという事実にたどり着いた。
しかしどういう術なのかを教えてはくれなかった。今でも『見た目がすごく不気味な生き物を召喚できる特別な術を母さんは使える』くらいの認識である。
「はあ、リエンも十六。隠していてもいずれはわかるので簡単に教えます」
そして母さんは自分の手を強く握り、血を出した。
ポタリと落ちた血。それは地面に落ち、そこが不気味に光り出し、やがていつもの『翼が生えた目玉(いつもより小さめ)』が現れた。
「これは……ワタチの血を代償に作り出した『悪魔術』なのです」
「悪魔術……」
悪魔を召喚したということは『悪魔術』の一種かなとは思っていた。
悪魔は契約に厳しく、守らなければ命を簡単に奪う危険な存在。もし簡単な約束だとしても、守らなければ簡単に術者を死に追い込み……って
「え、そんな超危険な術を俺がいたずらをする度に使ってたの?」
「悪さする子には親として全力で怒らなければいけません。ワタチは間違っていませんよ?」
ちょっと待って、そうなると今までの俺の恐ろしくも微笑ましい思い出が一変するんだけど。
☆今までの思い出☆
『こらリエン! また悪さをしましたねー!』
『ウガー』
『わー! また目玉の怪物だー! 逃げろー!』
★事実を知って修正された思い出★
『こらリエン! また悪さをしましたね!』
『ウグウウウオオオオオアアアアアア!(本気で俺を食べる意思がある叫び)』
『わー! また目玉の怪物だー! 逃げろー!』
ってなるんだけど! 俺って今まで実は何度も命の危機に遭遇していた事になるよね!
「リエン、店主殿はきっとリエンの事を思って全力で叱ってくれていたのよ。良い親ね」
「待ってシャルロット! 息子に向かって悪魔を放つ親がいる?! というか、召喚する度に血を出してるんだよ! どう見ても過剰だよ!」
「息子のためならワタチは身を削る覚悟だったのです」
「本当に身を削ってるからね! 『気持ち悪い』とか『不気味』程度で済ませていたあの悪魔も今では『超怖い危険な存在』に格上げだよ!」
『ダイジョウブダイジョウブ。コワクナイ』
「うお! 足元に来るな!」
思わず剣を構えた。
って、さっきの騒動からずっと剣を借りていたのを忘れていた。
「ふむ……リエン、今ここでその子を切ってください」
「え?」
急な注文の上にそれはそれで嫌なんだけど。というか母さんが召喚した悪魔なのに母さんがそれを言って良いの?
そんなことを考えていたら、母さんがため息をついた。
「リエンの剣への憧れは『その程度』だったのですね」
「なっ!」
朝、俺はシャルロットから剣を借りてから少し憧れた。いや、凄く格好良いと思った。
しかし、村を襲った男に向けて剣を振るった時、同時に剣を持つ事に恐怖を覚えた。
今こそ剣を構えているが、振るつもりは全く無い。では何のために剣を構えているかと問われれば、『何も意味はない』。
「リエンには教えられる限りの術は教えました。あとは『実戦経験』だけが足りません。何かきっかけがない限り、これを教えるのは難しいと思いましたが、『ちょうど良い人材』が見つかりました」
「え?」
母さんはシャルロットを見た。
「もしリエンがこの『空腹の小悪魔』を斬ったら、シャルロット様には魔術についての情報を教えます。それと、もしリエンの剣への意思が本物であれば、剣の修行を許します」
「なっ!」
シャルロットは魔術を習いに母さんの元へと来た。俺がこの小さいながらも不気味な悪魔を斬れば、シャルロットの夢が叶う。
さらに俺が杖ではなく剣を使うことを許してくれる……昨日はあんなに即答だったのに、この悪魔を斬れば。
『おい、あの兄ちゃん、剣を使うと思うか?』
『俺は行くと思うぜ? だって姫様の目を見ろよ』
『うわ、すげえ。『早く斬れよ』って目をして首をクイクイ動かしてやがる』
「犯罪者の分際でこそこそ会話しないでよ! 殴るわよ!」
「ぎゃー! 殴りながら言わないで下さ痛てえええええ!」
シャルロットが顔を真っ赤にして捕らわれている男達に殴りかかった。
そうだよな。シャルロットはさっき、村を襲った男を殴った時、力は小さかったけれど魔術を使った。つまり少し希望がある。それを膨張させる可能性が目の前にある。
俺はこの羽の生えた目玉を斬ればシャルロットの夢も叶い、俺が剣を使うことも許される。
ならばやることは一つ!
「うおおおおおおおお!」
俺は思いっきり叫んだ。目の前の悪魔に向けて剣を向けて、そして。
『……イタイ』
翼の端っこを僅かに斬った。もはや斬ったかどうかは近くで見ないとわからない。
『まじかよ。あの男、かなり小心者だぜ?』
『俺ならあんな怪物が目の前にいたら即座に斬ってる。怖いし』
『俺も』
「空気を読みなさい! そもそもあんな気持ち悪い物体を初心者がそう簡単に斬れないわよ!」
「だから姫様の拳は痛いから勘弁してくだぎゃああああああ!」
悪魔より怖い姫の鉄拳により男たちは気絶。いや、だってこいつを真っ二つに斬ったらきっと何か液体的なものがドバっと出てきそうなんだもん。
「ふふ、リエンは優しいのですね。まあ良いです。合格にしておきます」
「母さん!」
「では!」
目にも止まらぬ速さで母さんの所へ駆け込むシャルロット。
「きちんとご家族の了承を得てから、ですが」
シャルロットが地に膝をついて動かなくなった。
「そ、それが一番難しいのだけれど……」