親の心
「寒っ……」
夜に目が覚めてしまい、喉も乾いたため台所へ行き貯水樽の中の水を少し飲む。
そして夜風に当たりたくなったから音を立てないように外へ出る。
「雪が凄くきれいに光ってるな」
星明りが反射しているおかげか、夜なのにすごく明るく見える。魔力で光っている不思議な石も所々にあるため十分明るい。
「そういえば小さい頃、夜にピーター君と集まって何かしようと思ったら、すぐに母さんに見つかったんだよな」
「今回もすぐに見つけましたけどね」
「ぬおおおああああ!」
その赤い目をギラギラ輝かせて真後ろに立たないでくれるかな!?
「母さん!?」
「足跡が聞こえたのでお客様かなと思ったらリエンだったので、なんとなくついてきました」
「そ、そう」
……なんというか……今でも信じられない。
俺にとって『三大魔術師』というのは剣士になる前は憧れで、いつかその人物たちを一目見てみたいと思っていた。
それが、実は物心ついたころから一緒にいた『母さん』だとは思わなかった。
何より信じられないのは……。
「母さんは、悪魔なんだよね?」
「はい」
もっと早く気が付けばよかったのだろうか。
なぜか神術である『心情読破』が使えなかったり、聖術は母さんの前では使用禁止など、小さなヒントはあった。
「悪魔のワタチを受け入れられませんか?」
「……そうじゃない」
そう。俺はたとえ母さんがどんな種族でも母さんだと思っている。
確かに禁じられている(禁じたのは母さん自身だけど)悪魔を使って俺に色々と厳しい試練を課したけれど、それは些細なものだ。
一つだけ確かめたいことは『心』……母さんの本心についてだ。
「母さんは俺の事をどう思っているのかなと思って」
「どうって、愛する息子ですよ?」
「その……うまく言えないんだけど、悪魔って心が無いって聞くからさ」
「……そう……ですね」
神術『心情読破』は人の心を読む術。高位な魔術師であれば精霊の考えを読み解くこともできるが、基本的には無理と言われている。
母さんに使っても効かないのは、てっきりその対抗策として『心情偽装』を使っていると思っていたけど違っていた。母さんが悪魔だからである。
そして悪魔は心が無い。だから相手の事を簡単に傷つけることもできる。
「使うなと言ったのは間違いでしたね。調べるな……が正解でしたか」
そう。
俺はこっそり悪魔術について調べていた。悪魔がどういう存在なのか、人に対してどのような影響を与えるのか。
そして、母さんの本心を知りたいために。
「リエンもなかなかに親離れできてないのね」
「なっ!」
背中からシャルロットの声が聞こえた。
「この国は喉が乾くわね。そういう土地なの?」
「ああ、それは寒さが関係しているからですね。台所のお水は好きに飲んでください」
シャルロットも喉が渇いて起きたのか。んで、俺は見つかったと。
俺、気配消すの下手過ぎない? いや、喉が渇いたから……いや、俺そこまで大声で話してないよね?
「それよりシャルロット様。先ほどの言葉は?」
「そのままですよ店主殿。リエンは店主殿を本当に息子と『思って』育てたのかが気になるのよ。親が人間ではなかったというだけでも衝撃なのに、恐れられている『悪魔』なんて言われたら誰でも驚くと思うわね。悪魔も感動とかするのかしら?」
「なるほど。理解しました」
そう言うと母さんは俺をしっかり見た。
「信じてもらえるかわかりませんが、一つお伝えすることはあります」
「何?」
「ワタチがこの大陸中に沢山いることはすでに話しましたよね」
「うん」
「その中に、一人だけ『人間のワタチ』が存在します」
え、何その『一つの大きな絵の中に、動物が一体だけ隠れています』的な本があったけど、母さん自身もそんな感じなの?
「ドッペルゲンガーは元々『自分にそっくりな悪魔を作る』という特殊な術です。そして人間のワタチはそれを使って沢山増やしました」
「何故……」
「大切なモノを守るためです」
赤い目がきらりと輝き、その目に嘘という感情は感じられない。
「……ふぁー。パムレから助言」
「パムレ!?」
とうとう全員集まっちゃったよ! 俺の気配ってそんなにわかりやすかったの!? 泣きたくなってきたよ!
「……『心情読破』は基本的には人間の心しか読めない。でもパムレくらいになると精霊や『悪魔』の考えも読める」
「悪魔の?」
「……フーリエは全部のフーリエと記憶を共有していて、唯一人間であるフーリエの考えも共有されている。リエンがフーリエの心を読めないのは『悪魔のフーリエ』に心情読破を使っているわけで、『人間のフーリエ』には届いていない。そして今フーリエの心はとても震えている」
「母さんの?」
よく見たら震えていた。
「いつかは話そうと思いました。いや、最初から話すべきかとも思いました。ですが、初めて息子という存在を持った時、平和な世界を歩んで欲しいと願い、すべてを隠してしまいました」
「母さん……」
「この償いはいつかします。ですから、どうか……ワタチの前から消えないでください。もう一人は……寂しいのです」
何だろう。こんな弱気の母さんは見たことが無い。
今までが強く、誰よりも頼りになる存在だった。
それが今ではこんなにも小さく感じてしまう。
「あー、えっと、それは……無いと思う。うん」
「本当ですか?」
「悪魔について調べたことは謝るよ。ごめん。でも後悔はしていない。母さんは悪魔だけど人間の母さんともつながっていて、心もある。そして俺を本心から大切に育ててくれた。それがわかったから」
「う、うう……」
キュッと母さんが俺を抱きしめた。
「うう。ありがとうございます。絶対にこれからも守ります」
「はは。俺も男だし、いつまでも守ってもらってばかりじゃ恥ずかしいかな」
「ふふ。じゃあ早く強くなってください。剣士になるなら『三大魔術師』ではリエンの夢も叶いませんから、『三大強者』とか作って母さんを楽させてください」
「うーん、頑張ります」
母さんを楽させるには強い人と同等くらいになる必要があるのかー。
……シャムロエ様とパムレくらい?
「……ん? とりあえずシャムロエと予定あわせてニ対一の手合わせでもする?」
俺の体の灰が残ったら奇跡とも言える提案がパムレから出されてしまった。やらないよそんな手合わせ!




