大陸中の目
「服装が?」
「はい。店主殿はいつも私の前では沢山の布をぐるぐる巻いています。そして今も同じように巻いています」
「そうですね」
「ですが、色が違います。これはただのお洒落ですか?」
……全然気が付かなかったよ!
色違かったの!?
「さすがは鋭いですね」
「それに、ミッドガルフ貿易国でガルフ王は言ってました。悪魔術を禁じたのは『ミルダ様』と『魔術研究所の館長』と。その館長である店主殿が悪魔術を使っていることに疑問を覚えます」
「なるほど。確かにワタチが悪魔術の使用を禁じて各地に伝えました」
「最後に、この部屋は完全に密閉。ここから『寒がり店主の休憩所』まで一本道。もう一つ言うとゲイルド魔術国家とミッドガルフ貿易国までも一本道で先日猛吹雪。絶対に途中で出会っているか、気配を察知することは可能」
「……」
「何か隠していませんか?」
鎮まる空気。そして母さんは答えた。
「ふむ。さすがに魔術学校で預かるのに怪しまれては集中できないでしょうし、お話ししましょう。それに、リエンにもいずれ話す内容でしたからね」
「俺に……」
そして母さんは椅子に座った。
「はい。今まで隠していたことでもあり、かなり真剣な話になります」
すると母さんは頭の布を取った。シャルロットと出会ってからはずっと布で隠れていた水色の髪が現れる。
「ワタチはドッペルゲンガーという悪魔です。この大陸には沢山のワタチが存在していて、全てのワタチは記憶を共有しています」
え……たくさんの……母さん?
さすがに笑えないというか……え?
「どういう意味?」
「この国だけは特別で、今リエンやシャルロット様がお話しているワタチと、寒がり店主の休憩所のワタチの二人がいます。そしてミッドガルフ貿易国やガラン王国城下町やタプル村にもそれぞれワタチがいます」
「か……母さんが……いっぱい?」
「それらはすべて記憶を共有しており、今どこで何が起きているか、ワタチがその場にいれば全部のワタチが知ることになります」
「それって……凄いことじゃ……」
三大魔術師の一人、魔術研究所の館長は何かしらの方法を使ってすべての情報を知ることができる。
つまり、いたる場所に存在する母さんが見たことが、すべての母さんに知れ渡るということである。
凄すぎる。
「じゃあ今まで首なしの馬でついてきたという話は?」
「あれは嘘です。今でもそれぞれのワタチが各店で働いています」
「人事異動でその店員があちこち行っている話は?」
「それも嘘です。ワタチがワタチと入れ替わるなんて無駄なことはしません」
「ピーター君がタプル村で手伝っているという話は!?」
「ああ、あれは本当です。明日団体のお客様がいらっしゃるので、今日一日芋の皮むきを手伝ってもらってます」
ピーターくーーーーん!
嘘であってほしかった……。僅かな希望が打ち砕かれてしまったよ。
「悪魔の使用を制限したのは単純に危険だからです。ワタチが自分で使用して危険だと判断し、ミルダ様とお話をして決めました」
「でも禁じてるのに『空腹の小悪魔』とか召喚しているよね?」
「禁じた張本人が使った場合、取り締まる人は誰になるのでしょうか?」
おいこの母親権力を使って悪魔術を使いまくってるぞ!
「ふふ、冗談です。実はきちんと手順を踏めば問題ないようにしています。悪魔術の資格というものをこの魔術研究所で発行しているのですよ」
「なるほど。店主殿はその資格を持っているということですね」
「って事にしないと『とりあえず禁止』ってだけでは反発されてバンバン使われちゃうので、合法の道をとりあえず作ったのです。まあ実際その資格を持っているのはワタチだけですし、ここ近年の合格率はゼロですね」
やっぱり権力悪魔じゃねか!
「……ルールは大事。ミルダがそれぞれの地域に国という制度を設けて、通貨を統一したことで流通が生まれた。その前は強盗が多発していた」
「な……なるほど」
なんか納得してしまったけど、とりあえず母さんの悪魔術に関する情報や母さんが悪魔だったという事実は目を瞑っておこう。
……今夜あたりちょっと考えちゃうかもしれないけど。
「他に質問が無ければ明日に備えて準備等を行ってください。シャルロット様が主役とはいえリエンも学園生活を楽しむことになりますからね」
「わかった」
そう言って魔術研究所の館長の部屋を出た。扉が閉まる音と共に門番の兵士がこちらに向かってきた。
「お待ちしておりました。その……失礼を承知で質問をしても?」
「何?」
「魔術研究所の館長様は……どんな方でしたか?」
あ、本当に見たこと無いんだ。
☆
「ということで入学前のお祝いのゴチソウです! いっぱい食べてください!」
「……! これは、ゲイルド魔術国家限定『パムレット』。さすがフー……リエンママ。気が利く」
周囲にお客さんがいるから咄嗟に言い直したんだろうけど『リエンママ』ってどうよ?
それに、何だろう……。
ここに『三大魔術師』が二人と、ガラン王国の姫がいるんだよなあ。
「どうしましたリエン。体調不良ですか?」
「雪道が続いたし、風邪でもひいたかしら?」
「いや、世間って狭いなあと思って」
「……リエン。世界は広いようで狭い。人間の可能性の方が大きく、ミルダ大陸でできることの方が小さい」
時々パムレから発せられるその『ドヤッ』って感じのセリフは何なのかな?
「それにしても俺は荷が重いよ。周囲に実はすごい人が多くて」
「そう? リエンの思っている凄い人って肩書かしら? それを言うならリエンも肩書は凄いんじゃないかしら?」
「え?」
「店主殿(三大魔術師の一人である魔術研究所の館長)の息子」
「……ああ」
え、なんか今まで周囲が凄い人ばかりだったから自分が小さく思えていたけど、そういえばそうなのかな!
「とは言っても、親の努力のおすそ分けの肩書は私にとって全然凄いとは思わないわよ」
「え? でもシャルロットは」
「シャルね」
おっと。お客さんもいるんだった。
「シャルはその……あれ(姫)じゃん?」
「私もリエンと一緒で偶然そこで生まれただけ。私はまだ何も成し遂げていないの」
「あ……」
「だから私はリエンの事を一度たりとも見下したりしたこと無いわ。むしろ魔術に関しては最初の先生だから尊敬しているのよ? ガラン王国の魔術師には申し訳ないけどね」
何だろう……今まで周囲の圧に押されていた感覚が解けていく感じがした。
「……ん」
ふとパムレを見ると、ふわふわのお菓子を渡してきた。
「……人の価値は人それぞれ。パムレはどんな偉業を成し遂げた人よりも、この『パムレット』を作った人を尊敬する」
「は……はは」
ふわふわのお菓子『パムレット』を受け取り、それを一口。
中からクリームが溶け出して、口の中に甘さが広がる。
「なんとなくだけど、自信がついたよ。俺は俺でシャルはシャル。そういうことだね」
「ふふ。どうやら体調不良は吹き飛んだみたいですね。では、今日の主食のお魚料理を出しますよー!」
「「「(……)おおー!」」」
目の前に出された大きな魚。
それを食べて、明日へ向けて今日は早めに寝ることにした。




