ミッドガルフ貿易国城潜入作戦5
地に落ちたデーモンを囲う俺たち。
翼に大きな穴が空き腕は短剣で刺した切り傷。その所為で相当苦しんでいる。
『人間……ワレは高位な悪魔だ。必要とされ呼ばれ対価を支払われてここにいる。なぜワレを倒す』
その問いに俺は一瞬迷ってしまった。
確か悪魔は代償を支払って願いをかなえる。その代償は理不尽なものも存在するが、願いはどんな方法を用いても叶える。
つまり、このデーモンは人間……つまりミッド王子によって呼ばれた存在なのだ。
「リエン。悪魔の声を真に受けてはいけません」
赤く光る眼で俺を見て話す母さんが、そっと話しかけてきた。
「母さん?」
母さんの背中には大きな触手が二本。先ほど俺とシャルロットを助けたちょっと気味が悪い触手だ。
「ねえリエン、ちょっと店主殿の様子が変じゃない?」
「う……うん」
なんというか……。
本気……というべきか。
『がっ! その触手……『深海の怪物』!? 貴様、どうやって』
「悪魔の貴方がそれを言いますか? 答えは知っているはずですよ」
『だが……その悪魔は……そいつはあああああ』
母さんが右手を前に出して何かをしようとした瞬間だった。
「……『火柱』と『光球』!」
『ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!』
母さんの後ろからパムレがひょこっと現れて、デーモンを燃やして浄化した。
『ぬううう、人間。許さぬ。絶対に……があ』
そしてデーモンはあっさりと消えていった。
「……フーリエ。息子の前で手を汚す必要は無い」
「感謝……します」
その言葉と同時に母さんはその場でパタリと倒れた。
「か、母さん!」
☆
翌日。
ゴルドの話だと命に別状はないということでゴルドが一日看病してくれたところ。
「おはようございます! 昨日は大変でしたね!」
「「すこぶる元気じゃん!」」
確かあの触手を出した翌日は貧血みたいな感じで結構元気が無かったよね?
それにゴルドを見てみると……え、若干痩せてない?
「……ゴルドは精霊、つまり魔力の塊。フーリエは魔力切れで倒れただけで、それを補充すれば元気いっぱい」
「コノカシハオオキイデスヨりえん」
「話し方が完全に『空腹の小悪魔』みたいになってるよ! 今度はゴルドが休んでよ! ありがとう!」
神術の中には『魔力譲渡』というものもあり、足りなくなった魔力を他の人から受け渡すという手段もあるが、それをやっていたのか。
とりあえず投げつけるように感謝を言って、母さんを見る。
「そして母さん!」
「は、はい!?」
「俺からのお願い。あの触手の悪魔術禁止!」
「え! 結構強いのですよ?」
「それで母さんが倒れるのは我慢できないよ!」
「うう、愛する息子の願いなら仕方がないですね。でもあれを出すのは理由があったのですよ?」
「理由?」
「悪魔と言うのは自尊心が高く、相手よりも高位な存在であればあるほど力となります。まずはその自信を削ぐ必要があったのですよ」
え、つまりあの触手って『デーモン』より高位なの?
「……リエン。今思ったことはきっと言葉にしてはいけない。世界の心理は知らない方が長生きできる」
「こんな事実を抱えて生きていくのは重いよ!」
またしても母さんの謎が一つ増えてしまった。
『あー、そろそろ良いかしら?』
と、奥のドアからシャルロットの声が聞こえた。
ガチャリと開いた扉には、いつもの軽装な服装とは違って、簡素ではあるがドレスにも見える服装だった。
白いワンピースに胸元にはリボン。金色の髪がとても輝いて見えて……なんというか。
「シャルロットってそういえば姫だったね」
「『火球』」
「うわぶ!」
最近魔術を比較的簡単に出すコツを取得したのか、容赦なく放ってくる。と言っても、俺までは届かない力だから途中で消えるんだけどね。
「シャル様。いくら最近得意になったとはいえ、ドレスを着ているときに火は禁物っす」
「そうだったわね。さて、この国での最後の役目を果たしましょう」
そう言って、俺とシャルロットとパムレとイガグリさんは外へ出た。向かった先は『ミッドガルフ貿易国城』だ。
☆
謁見の間ではかなりの人数の兵たちが整列していた。正直足の震えが止まらない。
そんな中シャルロットが最前線に立ち、俺とイガグリさんは膝をついて頭を下げている。
パムレは後ろでぼーっと立っている。
『ガルフ王。およびミッド王子の入室!』
ザッと音が鳴り響く。兵たちが一斉に王座へ向いた。
そしてガルフ王とミッド王子が椅子に座る。
「最初の挨拶は省略させてもらうわ。今回の一件でガラン王国に被害が及ぶ可能性についての『言い訳』を聞かせてもらえるかしら?」
ミッド王子が下を向いた。それに対してガルフ王は話し始める。
「これに関しては本人から話させたい。ミッド、話せ」
「ぐっ、あ、悪魔の使役は認めます。しかしそれはこの国の抑止力であり、ガラン王国のシャムロエ様やゲイルド魔術国家の三大魔術師の二人に並ぶ力が必要と思い、あ……悪魔の使役に至りました」
「結果、出店の数を増やして税を取り、そのお金は取引所へ渡されて、採掘された鉱石へ代わり、鉱石は悪魔の食料となる。ずいぶんと考えられているわね」
「それで税を増やすために母さんの店まで狙って」
そもそも移動式の宿屋なんて聞いたことが無い。ただの野宿支援所である。
「だが、他国の戦力を考えるとミッドガルフ貿易国は薄い。悪魔を使役してでも厚くする必要はある!」
「でも!」
シャルロットが何かを反論しようとした時だった。パムレが前に現れて、話し始めた。
「……これ以上の会話は無駄。それよりも気がかりなのはデーモン……『悪魔』へ何を代償に支払ったの?」
「誰だ貴様!」
「……マオ。正直あのデーモン一体くらいはマオだけでも倒せる。その代わり『この国ごと破壊することになる』」
「「!?」」
ミッド王子とガルフ王はパムレの言葉に驚き、口を開けている。
薄々感じていた。
俺とシャルロットがデーモンと戦った際にパムレはあえて援護に回っていた。
はっきり言ってパムレが全力を出せば余裕で勝てる相手だろうとも思った。
それをしなかったのは、あまりにも巨大な力を保持しているため、そうせざるを得なかったからだ。
「馬鹿な! 三大魔術師の一人……しかもあの『マオ様』がこんなところに」
「……事実を受け止められない人が上に立つほどたちの悪いものは無い。実際マオは魔力を感知して『三年前』から異変には気が付いていた」
「なっ!」
三年前からあのデーモンを使役していたということだろうか。
「ミッド……お前、まさか!」
「ああ、そうさ。三年前、俺は巨大な力を使役するために大切なものを失った」
「愚かなことを……一体何を!!」
ミッド王子は頭の王冠を取った。
そこにはきらりと輝く頭が見えた。
……え?
「……髪を」
☆
あー、なんというか、超拍子抜けだったなー。
巨大な力を得るために髪を失った?
はは、悪魔も単純なんだなー。
「リエン。皆様準備している中リエンだけ手が止まっていますよ」
「母さん。悪魔って簡単に使役できるの?」
「いきなり何を言い出すかと思ったら……リエンはやってはいけませんよ?」
「わかってるよ。でも母さんも全力を出して倒しにかかったデーモンを使役するために『髪』を代償にしたんだよ? 命とかじゃなく『髪』って……それだけで国が亡ぶ悪魔を呼び出せるって、この世界はどうなっているんだか」
「ふむ、なかなか興味深い内容ですね。ではここで一つ言葉遊びをしましょう」
言葉遊び?
「これからリエンにワタチの『カミ』を差し上げます。受け取ってください」
え、母さんの髪って……なんの嫌がらせ?
「いやだよ気持ち悪い!」
「気持ち悪い? この『白い紙』のどこが気持ち悪いのですか?」
「へ?」
ペラリと一枚の『紙』を出す母さん。
「きっと偶然の重なりでしょう。デーモンは『髪』と『神』を聞き違えた。デーモンが引き受けたときは『神』を差し出すと言われて契約した瞬間、目の前のミッド王子の『髪』が無くなったのでしょう」
「それってデーモンは騙されたの?」
「ミッド王子は騙したつもりもないでしょう。あの性格ですから自身の大切なものを全力で考えた結果震え声で『カミ(髪)』と言ったのでしょうね」
「でも悪魔ってそんなに簡単に言いくるめられるの?」
「頭の悪い悪魔は簡単です。だから逆に簡単に人の命を奪います。命令も従います。使い方次第ということですね」
「でも、ミルダ大陸で禁止されているよね?」
俺はずっと気になっていた。
悪魔術がミルダ大陸で頂点に立つ『ミルダ様』と『魔術研究所の館長』が禁止しているのに、母さんが使っていることに。
「良いことを教えましょう」
「何?」
「ば……バレなければ良いのですよ」
俺はもしかしたら、今までで一番冷たい視線を母さんに送ったかもしれない。
「ミッドガルフ貿易国城潜入作戦」最後となります。ちょっと長くなりましたが、楽しんでいただければ嬉しいです!




