ミッドガルフ貿易国城潜入作戦1
「ここがミッドガルフ貿易国の城ね。ガラン王国城よりは小さいけれど、立派ね」
「そうだねー」
「それにしてもリエン。よく私について来れるわね。さっきもずいぶん高いところから着地したのに、全然平気そうね」
「痛みすら感じないほど麻痺しているからだよ!」
とても重い足かせの所為で確かに一時的に体は軽い。逆に言えば徐々に体が重く感じつつあり、本当に付け焼刃という感じだろう。
不思議と結構な距離を走ったのに息切れはしていない。まだいける感じもするが油断もできない。
……だって一時的だもんね……。
「ここを抜ければ城の中。準備は良いかしら?」
「ああ。その前にこれを使おう」
俺は不本意ではあるが術を一つ使うことを提案した。
「シャルロットの前で一度見せた『認識阻害』を使えば、さらに見つかりにくくなるよね?」
「良い考えね。じゃあお願い」
「行くよ。『認識阻害』!」
☆
「えー、こほん。リエン。ここはどこか教えてもらえる?」
「多分……馬小屋……かなあ」
「なーにが『認識阻害』を使えばーよ! 思いっきり対策済みじゃない!」
「声大きい! ギリギリ逃げられたんだから!」
『いたか!?』
『いや、こっちも探せ!』
『ったく、こんな時に盗賊とは運がねえな』
タッタッタッタと兵士が去っていく音を聞いて、俺たちは一息ついた。
まさか『認識阻害』を使った瞬間周囲の城壁がぼんやりと光出すとは思っていなかった。その所為で俺たちは見事に見つかってしまい、何とか逃げ切ることができ、かつ城の中に偶然潜入できた。
馬小屋の陰に身を寄せ合って隠れている状態で、若干緊張するものの、それ以上に命の危機の方が勝っていてそれどころじゃない。
「助かったわね。結果的には良かったけど、『認識阻害』が使えないんじゃ簡単には侵入できないわね。そもそも『認識阻害』を使った瞬間周囲の石みたいなやつが光出すなんて聞いて無いわよ」
「うーん、そこなんだけど」
「どうしたの? 何か気になる事でも?」
気になるというか、違和感というか。
最初は城壁の模様かなーくらいな程度に思っていた模様が、まさか『認識阻害』を使った瞬間輝きだした。
光を見た兵士たちは違和感を覚えその周囲を注視し、俺たちが見つかってしまった。
「そもそも『認識阻害』は『神術』という分類に入る術式で、普通の魔術とは異なるんだよ」
「確か神様がかつて使っていた特別な術よね?」
「そう。そして『認識阻害』はあらゆる人から認知されないようにする術なんだ。完全ではないけど」
例えば俺自身を隠すことはできても、足跡までは隠せない。以前シャルロットに見つかったのはそういう別の違和感を察知することができたからだ。いや、実際凄すぎることなんだけどね。
「じゃああの城壁は『認識阻害』を察知する道具……例えば魔力に反応する特殊な石が埋め込まれているのかしら?」
「それも違うと思う。『認識阻害』は自分を隠すことができるけど、それ以上に一番術式に近い『魔力』が隠れる。つまり、魔力に反応することは考えられないんだ」
そもそも魔力に反応するのであれば、近くにいた瞬間俺やシャルロットの魔力に反応するだろうしね。
「じゃあ何故見つかったのかしら?」
「考えられるのは一つ……」
一番考えにくい……けど、『俺だから』知っている方法。そして……えげつない方法。
「おそらくあの城壁には『悪魔』が封印されている」
「悪魔?」
「うん。悪魔は魔力を好物としていて、『認識阻害』が通用しないんだ」
「何故通用しないの?」
「『認識阻害』は人の心に入り込む術。でも悪魔にはその考えたり悩んだりする心が無いから、『認識阻害』を使っても多分通用しない」
以前空腹の小悪魔が怖くて、お手洗いに行くとき『認識阻害』を使って廊下を歩いたら、『空腹の小悪魔』に一瞬で見つかってしまい、その場で『大事件』を発生させてしまったことがある。うん、なんか真面目な話をしていたのに、急に切ない思い出が出てきたぞ?
「悪魔の封印? 一体何をしたいのかしら」
「多分だけど、この国は今見えないところで何かが動いているのだと思うよ。正直それほど乗り気ではないけど、ここまで来たら解決しに行こう」
「そうね。今後のガラン王国とも色々とあるだろうし、まずは捜査ね!」
そう言って馬小屋を出た。
☆
『ふあー、眠いっすね』
『おい、しっかりしろ。兵士があくびなんてみっともない』
『すいやせんー。ですがこう同じ作業が毎日続くと飽きが来ますよ』
『見回りや見張りも仕事だ。国民の税を使っている以上さぼるわけにもいかん。わかったらしっかり立て』
『へーい』
遠くで声が聞こえた。おそらく見張りの兵士だろう。
(多分魔術を使うと見つかるし、神術は前科あるから、こっそり行って気絶かな)
(そうね。でもその前に困ったことが発生したわ)
(何? お手洗い?)
(違うわよ。女性に対して言う言葉? それよりもほら)
「あー、坊主達。念のため言うが、俺たちは自分で言うのも何だが厳しい訓練を乗り越えた精鋭だ。侵入者くらいとっくに気が付いてる」
「そうっすよ。何の用か言ってほしいっすね。あ、言っても牢屋は入ってもらいますけどね」
「くっ!」
瞬時。
シャルロットがすさまじい速さで兵たちに向って走った。
見たところ大きい体格の男と小さい男の二人組。なんとなくガラン王国の兵士の誰かさんと話し方が似ている方が小さい男から聞こえてきた様子を見るに、大きい方が上司であり強いのだろう。
「もらった!」
「むっ?」
ぎいいん!
鳴り響く剣の音。
「ガラン王国剣術……貴様、何者だ」
「やばっ! リエン、こいつ強い。そして色々とやばい!」
「ガラン王国の者が襲撃……貴様、もしそれなりの階級の者ならただ事じゃないぞ!」
それなりの階級……。
ガラン王国の姫。
超それなりの階級じゃん!
「てえい!」
「むう、おい新人。手を貸せ!」
「へーい。じゃあ……」
「おやすみ」
ガン!
鈍い音が鳴り響く。
「がっ。貴様……何を」
「手を貸しただけっすよ。へへ、すみませんが寝ていてください」
バタリと倒れる兵士。え、小さい男が俺たちに手を貸した?
「へへ。口調でわかると思うんすがやっぱり暗いとわかりにくいっすかね?」
「「え……ええええええ!?」」
口調が何となく軽いとは思っていたけど、ガラン王国軍のイガグリさんがミッドガルフ貿易国の兵士にまぎれていたなんて予想していないよ!




